空っぽな魔女を見つめるのも、また魔女である
その女には、名前がない。
その女には、宝物がない。
その女には、人生の彩りがない。
その女には、一本の真っ赤な薔薇が深々と突き刺さっていた。
女の周りには、無数の穢い真っ赤な彼岸花がそこかしこに咲いていた。
女の、我を忘れて荒れ狂った後である。
女は、自分の手の中で息絶える少女を、ただ放心状態で、ただ抱きしめていた。
ーーー茫然自失
その言葉が、脳裏を過ぎった。
「死ぬなよ、女」
氷のように酷く冷たい声を、女に浴びせた。
女は、何も感じない瞳を、俺に向けた。
何も無い。空虚で真っ黒な瞳だった。
女の唇が、微かに動いた。
俺は、女に耳を近ずけて、その声を聞いた。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる皆殺しにしてやる許さない許さない許さない許さないあの人を奪っておいてまた私から奪うのか燃やしてやる燃やして壊して埋めてやる」
ブツブツと壊れた人形のように、繰り返しそう言っていた。
俺は、女を白い目で見下ろした。
そして、女の額に指先を当て、詠唱する。
ーーーThe magic that takes everything away...
女の体がグラりと傾いて、そのまま地面に伏せた。
哀れに思った。正しく泣くことすらも出来ぬまま、女は殺された。
……一輪の、薔薇によって。
女を、女たらしめるダムは決壊し、女の心は水に流され、残ったのはただの器。
俺は、女を抱き抱え、乱れ咲く薔薇と彼岸花を焼き払った。
パチパチ、ゴーゴーと燃え盛る炎を見つめながら、俺は家路に着く。
どうか、願わくば。
お前は誰にも知られぬまま枯れてしまえ。
―――
目が覚めた女も、やはり空っぽであった。
何も理解しようとしない。何も見ようとしない。
何も感じようとしない。生きることすらも儘ならない、ただの人形と化した。
何も聞こえない振りをして、右目どころか、左目も自分で潰していた。
女は、記憶を奪っても尚、壊れ続けていた。
可哀想で、ただひたすらに嫌悪した。
目を背けたところで、少女は薔薇に成り、女に深く突き刺さったまま、死んだ。
「惨めだな、お前」
女は、俺を見向きもしない。空虚を見つめてばかりだった。
ーー「スラギッシュ」
女の肩が微かに揺れ、俺の方を見た。
口角が上がる。女は、ソレを受け入れたのだ。
「スラギッシュ。命令だ。」
目の前の女が、息を呑み、呼吸を止めた。いやだいやだと首を横に振りながら、耳を抑えた。
「死ぬことは許さない、生きろ。」
女は、発狂した。
―――
アイツは、どこまでも空っぽな女のままだった。
何を与えても、何をしてやっても、空虚のままだった。
薔薇は、確かに女に根付き、いっそ忌々しいほど綺麗に咲いていた。
……まるで、女の感情を糧に咲いているようだった。
女は、いつまで経っても感情の起伏がなかった。
女は、いつまで経っても空虚に縋って、ただの無価値で無意味な存在に成り下がった。
ーーあの、退屈で死んだ魔女が一番嫌う人種になったのだ。
ああ、なんて可哀想んだろうか!
だから俺は今日も、耳元で歌ってあげるんだ。
名も無き魔女への子守唄を。
壊れた女の弔いを兼ねた、優しい歌を。
―――
女は、俺に跨り、俺を見下ろしていた。
その手に、刃を持って。刃先を俺に向け、焦点の定まらない瞳で、譫言のように「お師匠様」と呟きながら。
ああ、なんだ。
期待外れにも程がある。
俺は、あの退屈に好かれた女がどんな子供を弟子にとったのか気になったから、救ってやったのに。
女は、いつまで経っても死んだままだった。
あーぁ、見込み違いだったか。
俺も見る目が落ちたな。
あの日と同じように、俺は指先を女の額に当てた。
ーーーThe magic that ends all pain
その刹那、女の口角が微かに動きーー笑った。
してやったり、と言わんばかりの顔で。
首から真っ赤なカンガルーポーを咲かせた。
俺の頬に、細長い赤が付着した。クソ女の自慢げな顔が何故か脳裏を過ぎった。
「ふ…」
「ふははは、あーーっっはっはっはっ!!!」
やられた、やられたやられた!!!なんて女だ!!
最高に面白いじゃぁないか!!
こんなに愉快な女は久し振りだ!!
あのクソ女が気に入るわけだ!!
ーーああ、本当に勿体ないことをした。
スラギッシュなんて名前は似合わない!!
ああ、ああ!!逃がしてなるものか。
ーーーmagic that touches the soul!!
逃がさない、こんな面白い人材を逃がすはずがないだろ?
俺をもっと楽しませてくれ!!
なぁ、俺の『ファニー』!!!