笑顔を知らない魔女
私のお師匠様は、少し、変わった方でした。
全てを退屈と言う人でした。
世界を無意味で無価値で馬鹿馬鹿しいものだと言い、その癖、ほんの僅かに期待をしているようにも見えたのです。
私を拾ったのは、『コネクト・ヒアリアス』という、お師匠様曰く……
ーーー自分勝手で無遠慮で無神経で吐き気を催すほど下らない最期を迎えた女
らしいのです。
私は、その方に会った記憶がございませんが…
お師匠様のお考えでは、
___「あまりにもショックな出来事だったから、記憶を封じ込めたんだろ」
だと言うのです。
どうやら、ヒアリアス様の死を誰よりも近くで見たのは、私らしかったのです。
そして、誰よりも懐いていたのも、また私らしかったのです。
だからこその、自己防衛機能が働いた結果……と、お師匠様は仰っておりました。
お師匠様は、とても厳しい方でした。
でも、優しかったようにも思えます。
ご自身では、優しさなど知らぬと言っておられましたが、私は……その手の温もりが、今でも忘れられません。
お師匠様は、笑わない方でした。
怒ることも、泣くことも、叫ぶこともなく、ただ、淡々と生きておられました。
けれど、誰よりも、命を粗末に扱わない方でした。
私が熱を出したときも、
外で傷を作って帰ったときも、
何も言わずに、ただ手当てをしてくれました。
私は、お師匠様のようになりたいと思いました。
でも、お師匠様は言いました。
__「やめておけ。私みたいになっても、何も面白くない。退屈で、全てが無色になる。黒も白もない。」
私は、何も言えませんでした。
けれど、あの時の背中が、ほんの少しだけ震えていたのを、私は見逃しませんでした。
それが、風のせいだったのか。
寒さのせいだったのか。
私がお師匠様のようになることを恐れていたのか。
それとも、何かを思い出したせいだったのかは、今でもわかりません。
でも、私は、お師匠様のことが、大好きでした。
笑わなくても、泣かなくても、何も感じていないように見えても。
それでも私は、
お師匠様の隣にいられることが、嬉しかったのです。
されど、私はお師匠様の名を知りません。
また、お師匠様は私の名を呼んだこともありません。
そもそも、私に名があるのかさえ、わかりません。
ーーーそれでも、良いのです。
名を呼ばれることが、全てではございません。
頭を撫でられ、褒められることだけが愛ではございません。
目尻を和らげ、私のことを見てくださらなくても、
なんの温度のない声で、「おい」と、私を呼ぶことも、
不意に、何かに思い耽るような表情を見せる姿も、
ーーー確かな、愛があるように感じられるのです。
けれど、私はお師匠様を「退屈」から救うことはできません。
私は、お師匠様の人生を彩らせることはできません。
私は、お師匠様の一番にもなれない。
それでも、いいえ。それが良いのです。
それこそが、私のお師匠様なのですから。
――――
冬先にて、お師匠様は風に体温を奪われて、亡くなりました。