『面白い』を愛す魔女
私、『コネクト・ヒアリアス』は『面白い』を心の底から愛している!
最早、その言葉で私という生命体が構築されていると言っても過言ではない。
だからこそ、桜に取り憑かれた魔女ーー『グレイ・セストウィズ』こと、お師匠さんに着いて行ったんだ。
だって、『面白い』に取り憑かれた私と、似ていたからね!
…『グレイ』という桜しか描かない画家を知ったのは、私がまだ片手で歳を数えられる時だった。
当時の私は、寒いのか、暑いのか。それすらも判断ができないほどに傷を負い、お腹を空かせ、愛を欲する子供であった。
いつものように、行先もなく、だからと言って帰る場所もなかった私は、自分が赴くままに街を歩いていた。
__小銭が落ちていたら、ちょーラッキー
__残飯や、食べ物が落ちていれば、ハッピーガール
__今日も私は、幸福なガール!
そう、心の中で唱えながら、睨むように辺りをじっくりと観察しつつ、今日も生き長らえようとしていた。
そんな時だった、私に人生の転機が訪れたのは。
突然の強風が、私を襲った。
目を開けることも儘ならなくて、目をぎゅっと瞑って、風が止むのを待っていた時だった。
微かに目を開けた時、不意に、視界の端に見たことがない色が使われた絵が見えた。
まるで、私の持つ『魔力』に共鳴するように、強く惹き付けられた。
操り人形になってしまったかの如く、私は風に攫われた絵を追いかけた。
曲がりくねった道を、木の棒のように細くて、体力もろくに無く、野良の動物よりも力も無い私は、絵を見失わないように必死に追い掛けた。
途中、何度も何度も、胃酸を吐いて、転んで。
遂には、初めに着ていた服が見る影もなく泥だけになっても、足がちぎれそうな程パンパンになっても、走り続けていた。
なぜ、こんなにも必死になって”ただの絵”を追いかけているのか、私にもわからなかった。
でも、私の中の『魔力』はーー私の中に確かに存在する『核』が、強くその絵に惹き付けられた、という確信があった。
人目見ただけで、私の全ては、その絵の虜になったんだ!
それは、街にいる商人や、旅人が度々口にする、『桜』という木の特徴にそっくりな絵だった。
その桜は、凍え死にそうな程に冷たく、寒い真っ白な何か、に突き刺さっていた。
その白い何かは、血の色を薄めたような色に染まっていた。
私の知らない物ばかりが描いてある絵だった。
しかし、私の魂は、桜が描かれたその絵に『恋』をしたんだ。
きっとそれは恋だったんだ。
――――――
走って、走って、走った先の先。
帰り道すらもとうの昔に分からなくなった頃、漸く絵が、まるで羽を失った鳥のように地面に落ちた。
私の知らないモノばかりで彩られたその絵を拾い上げる。
綺麗だとか、美しいだとか。そんな簡単な、賞賛の言葉よりも先に
(あ、死んでるんだな)
なんて、失礼なことを漠然と思い、そして理解した。
この絵を描いた人は、とうの昔に死んでいるのだと。
この桜の絵は、亡霊が描いた、執着心そのもの。
そう理解した時、生まれて初めて、腹がよじれ、涙が出るほど声を上げて笑った。
口が裂け、ダラりと血が垂れたのに、ちっとも気にならなかったし、痛みも感じなかった。
それは、確かな執着心であり、ただの愛であった。
頭が可笑しい。それは馬鹿にしているように聞こえるかもしれない。
気が狂っている。それは、失礼な言葉かもしれない。
けれど、その言葉たちは、絵を描いた本人に対する、最大の敬意である。
涙を、雑に手で拭いながら、一歩先に足を動かした。
不意に、風が止んだ。
思わず足を止めて、瞬きひとつできず。呼吸の仕方も、忘れてしまったというのに、私の瞳は、ある一点に釘付けになってしまった。
気が狂ったように、一心不乱に桜を描き続ける女がいた。
____あの人が、この絵を描いた人だ。
人目見ただけで、察してしまった。わかってしまった。
深く、深く理解してしまった。
あれは、亡霊である。
桜の木を守り続ける、全てを取られてしまった、哀れな女。
だか、その事実にも気が付かずに、幸せそうに絵を描き続ける、可哀想な女だった。
私は、その女目掛けて走り出す。
「ねぇ、おねーさん!私を弟子にしてよ!」
彼女の手を取った時、酷く暑い日だと言うのに、異様に冷たかったのを私は生涯、忘れないだろう。
―――――――
狂った女が死んでから数年が経った。
あの絵のように、辺り一面が真っ白な季節のことだった。
_____「ねぇ、そこのお嬢さんや」
とある路地にて、ボロボロのボロ雑巾のように汚い子供を見つけた。
私は、その子供に手を差し伸べた。
_____「行くとこないなら、うちに来なよ」
君は、私を楽しませれそうだからね!