月に焦がれた魔女
ーー西の魔女が死んだ。
名を、『ビアンヴニュ』。そして、彼女の友人である『ルック』が寿命で死んだらしい、というのを風の噂で聞いた。
魔女の寿命は短い。長くても五十年ほどしか生きられない者が殆どである。
…古来より存在する魔女は、不死に近い。
ただし、不老というわけではない。
体は老い続ける。しわくちゃになって、赤子よりも弱々しくなる。そして、肉体だけが腐って、死ぬ。
肉が腐り落ち、骨だけに、いいや。骨すら無くなったとしても、有り続ける。姿形が見えなくても、確かに存在する。
誰でもわかるという訳では無い。魔力探知が優れた者にしか、わからないのである。
私たちとは全く違う形をした、魔力の塊。
私たちはそれを「元来の魔女」と呼び、慕っている。
下手に刺激をすると、どうなるのかわからないから、というのもある。
太陽の魔女ーー従来より、元来の魔女に産み落とされた、太陽の元で生きる魔女。
月を知らない、太陽の下でしか生きられない、魔女である。
月の出と共に、その命が潰える。
説明は非常に難しい。夜が来れば生き物たちが眠りにつくように、また太陽の魔女も眠り着く、とはをわけが違う。
簡潔に言えば、太陽の魔女は、月が昇れば死ぬ。
そして、体を生かし続ける。
太陽の魔女は、死んだら全てがリセットされるのだ。
たった数時間の生きた分の時間が、リセットされ、また一からになる。
数時間分の老いが、月が昇ることによってなかったことになる。といえば、わかりやすいだろうか?
肉体は老いを忘れたように生き続けるが、記憶はリセットされることはない。
記憶は残り続ける。
それが、どれ程の狂気かを、誰も理解知り得ることはない。
古来より人類が追い求めてきた”不老不死”を、魔女の遊びによって実現させた、成功例のひとつ。
老いが無くなるーーそれは、究極体であり、哀れである。
しかし、果たしてそれは幸福であると言えるのだろうか?
ひとりだけ、生き続ける。
誰が死のうが、生きようが、ただ呼吸し、ただ死に続ける。
毎日、毎日、毎日、毎日、死んで、生き返って、また死ぬ。
不死に限りなく近いゆえに、死んでも死ねない。
多少の傷で死ぬことはなく、不治の病に犯されたとしても、夜が来ない限りはその息が止まることがない。
何百年も病に蝕まれ続けることになる。
ーー体は、ただ老いを忘れているだけだから。
果たして、それは”生き物”だと呼べるのだろうか。
▷▶▷▶
「……我ながら、よくもまぁ、こんな化け物を産んだもんだ。」
太陽の魔女は、独りごちた。
それは、私の苦笑混じりの第一声だった。
産声と言っても良い。
なぜならば、死んだので。
布団から鉛のように重たい体を起こしたのと同時に、酷い咳が喉を焼く。
鉄と、喉を焼くような酸っぱい味が口の中全体に広がり、気分が悪くなる。
布団に垂れ落ちた金髪の髪が、柔らかな朝日に照らされて、絵本で読んだ星のようにキラキラと淡い輝きを放っていた。
寝起きの私の目には、あまり優しくはなかった。
不意に、ただの木の棒だと錯覚しそうな己の右腕が目に入る。
骨のように細い腕は、まだ生きていた。
太陽の魔女ーー『メーゼ』は真っ白で、所々に赤黒いシミがある布団に視線を落とした。
目を閉じる。己の首に手を添え、微かに残った跡を指先で撫でた。
深呼吸をひとつすれば、深海のように静かな瞳を開けた。
そして、視線をゆっくりと隣に移す。
「おはよう…私の、一番弟子」
飴を煮詰めたような、甘ったるい声だった。
月の魔女ーー『ソレイユ』。
私の唯一の弟子にして、同じ魔女が産んだ妹でもある。
私が太陽の元でしか生きられないように、ソレイユもまた、月の元でしか生きられなかった。
……私は、ソレイユの声も、目の色も、何も知らない。
ソレイユが普段、どんな風に月の下で生きているのか……私は知らない。
今後も、きっと知ることはないのだろう。
なぜならば、私は「太陽の魔女」。太陽の元で生き、太陽の下でしか生きられない。
祝福を与えられし、唯一無二の魔女なのだから。
細い腕をソレイユに伸ばし、雪みたいに冷たい頬に触れる。
「愛しているよ」
ソレイユの額にキスを落とす。
___キラキラと反射する鏡の中には、死人よりも酷い顔をしながら、静かに笑う、太陽の魔女の姿が映し出されていた。




