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9 魔力特性

 竜舎の掃除をするレクスにエステルがキュンキュンしている時、開放されたままの扉の方から物音が聞こえてきた。

 大きな生き物の羽音と、足音だ。

 生き物は扉のところでぴたりと止まり、それと同時にエステルやレクス、ドラゴンの鞍を磨いていたリックがそちらを振り返る。

 そこにいたのは赤いドラゴンだった。


「あれ、アリシャじゃないか。もう帰ってきたのか」


 リックが声をかけると、アリシャという名の赤いドラゴンはチラッと馴染みの調教師に目を向けた。しかし視線はすぐにエステルとレクスに戻る。自分の寝床に見慣れぬ人間がいるので警戒しているのだろう。


「赤いドラゴン……。ということはあの子が妊娠中の」

「妊娠? 確かに腹が少し大きいか」


 エステルとレクスもアリシャを見つめて言う。

 一方、アリシャは目をつり上げてグルグル唸り始めた。


「授業でこの赤いドラゴンにも騎乗したことがあるが、かなり大人しい個体だったはずだ」

「妊娠中で気が立っているんです」


 リックが慌ててやって来て言う。


「お腹が重くて機嫌が悪いのと、産卵に向けてよく知らない者への警戒心が高まっているんでしょう。産卵時や抱卵時は無防備になりますから、他人を排除したいという本能が出てくるんです」

「私たちは竜舎を出た方がいいでしょうか?」


 こちらを警戒して唸っているアリシャを見てエステルが言う。ドラゴンは体高二メートル半ほどで、馬鹿みたいに大きいというわけではない。光沢のある鱗に包まれていて角があり、首は短く顔は大きめで愛嬌がある。

 けれど睨まれて唸られるとやはり恐ろしいし、迫力があった。アリシャが太いしっぽをイライラと地面に叩きつけるたび、大きな音が耳をつんざく。

 リックはレクスとエステルの前に立って言う。


「いや、エステルちゃんはこれからも竜舎に来るわけだし、アリシャには慣れてもらわないと。でも思ったより興奮してるし、今日はこうやって離れたまま姿を見せるだけに――」


 リックが話している途中で、レクスがスタスタとアリシャに近づいていった。リックは慌て、アリシャは牙を見せて吠える。そしてエステルは何かあった時にレクスの盾になれるよう、とっさに彼に続いて駆け出していた。


 が、次の瞬間――竜舎全体の重力が増したように空気が重くなり、エステルは全身に鳥肌を立てた。

 震えながらレクスを見ると、彼は堂々と胸を張ってアリシャの前に立っている。自分より大きなドラゴン相手に少しも怯むことなく、薄いブルーの瞳を真っ直ぐアリシャに向けていた。


「伏せろ」


 レクスが短く命令すると、アリシャは小さな耳をぺたんと閉じ、大人しくその場に伏せをした。顔を下げ、顎まで地面につけて上目遣いでレクスをうかがうように見ており、完全に服従の態度を表している。


「え?」


 調教師のリックが驚いているのは、アリシャの警戒心を解くには時間がかかると予想していたからだろう。それなのにレクスは一瞬で彼女を服従させた。


「すごい、ドラゴンも王族には従うんですか? そういうような話を聞いたことありますけど本当に……」

「全ての王族に従うわけではない。ただ、王族の中には他者を従わせることのできる力を持った者が時々生まれる。そういう魔力特性がある」


 レクスはそこまで話すとエステルの方を振り返る。レクスから感じていた圧力のようなものは消え、エステルはやっとまともに呼吸ができるようになった。

 レクスはエステルに「すまない」と謝り、続ける。


「エステルを襲わないよう、少し手荒な方法をとった。……まぁエステルに限らず人を襲えば、このドラゴンにとっても都合が悪いだろう。最悪殺処分だ」

「一体どうやってアリシャを手懐けたのですか? 魔法を使われたようには見えませんでしたが」


 エステルは先ほどの緊張感を残しつつも、興味を持って尋ねた。魔法を使うには詠唱が必要だが、レクスが呪文を唱えている様子はなかった。

 レクスは面倒臭がることなく質問に答えてくれる。


「魔力特性というものを知ってるかな?」

「いえ……」

「人が生まれつき持っている魔力の特性のことだよ。水の魔法が得意とか、治癒魔法の成功率が高いとか、人は誰もが魔力に何らかの特性を持っていると言われている」


 エステルは真剣な顔で頷いて話を聞いた。レクスはその真面目な表情にくすりと笑みを漏らしながら続ける。


「そしてたまに強力で珍しい魔力特性を持つ者もいる。例えば私の魔力には『他者を従わせる』という特性がある。魅了して従わせるというより、畏怖の気持ちを起こさせて支配する感じだ」


 そう説明されて、エステルは自分が感じた圧に納得がいった。この人には勝てそうもないと感じて思わず膝を折りたくなるような感じだった。得体の知れない化け物や凶悪な犯罪者に感じる嫌悪を含めた恐怖ではなく、神を前にしたかのような畏敬の念を覚えるのだ。


「魔力特性をより強く発揮させようとするなら普通の魔法と同じく詠唱が必要になる場合もあるが、基本的には呪文などいらない。私の場合、魔力を大きく膨らませるイメージをするだけで相手に影響を与えられる。やったことはないが数百人程度なら一度に従わせられると思う」

「す、すごいですね」


 驚愕して呟いたのはリックだった。


「調教師としては羨ましい能力です」

「まぁ実際、どうしても言うことを聞かない動物相手にたまに使うくらいでちょうどいい。怖がらせて従わせるなんてことは、私はできればしたくない」


 義家族に暴力と恐怖で支配されてきたエステルにとって、レクスのその言葉は輝いて聞こえた。こういう考えの人が義家族の中に一人でもいてくれたら、エステルは多少穏やかな生活を送れていただろう。


「さぁ、もういいぞ。いつまでも伏せをしていなくても」


 レクスはまだ伏せをしていたアリシャに近づいて額を撫でた。


「だがまだお前の部屋の掃除が終わっていないから、ここで待っていろ」


 レクスに言われると、アリシャは小さく鳴いて従った。

 レクスは今度はエステルとリックに向けて言う。


「魔力特性の発揮をやめても、動物は私に従い続けることが多い。一度強者だと認めた者へは尊敬の念を持ち続けるんだろう」

「勉強になります」

「面白い感想だね」


 真剣な顔をしているエステルにレクスは笑い、砕けた口調で言った。親しみやすい笑顔に見とれてしまう。

 エステルは顔を赤らめながら恥ずかしがって返す。


「いえ、魔力特性のこと、よく知らなかったので……」

「学園でも何度も詳しく教えたりはしないからね」

「そうなんですね」


 そんな話をしていると、竜舎の入り口に今度は二体のドラゴンが現れた。青と黄色のドラゴンだ。


「お前たちももう帰ってきたのか?」


 リックは、同時に竜舎の中に入ろうとして入り口でつっかえている二体のドラゴンをエステルたちに紹介した。


「青い方はアストロ、オスでアリシャのつがいです。アリシャのお腹の子の父親ですね。本人はまだ父親という自覚がなさそうですけど、アリシャにはいつも優しく接しています」


 アストロは何とか竜舎に入ると、近くにいたアリシャにまずは近寄って様子をうかがうように鼻先をくっつけた。アリシャも嫌がらず受け入れている。


「黄色い方はドク。オスで、この中では一番年下です。まだヤンチャなところがあるので目下調教中です」


 ドクも見慣れないエステルとレクスが気になるようで、ノシノシと早足でこちらに歩いてきた。他の二頭よりも丸くて幼い顔立ちをしていて、目は興味津々といった感じでキラキラ光っている。


「『遊んでくれるの?』って感じですね」


 しっぽを振っているドクを見てエステルは笑った。ドクは体こそ大きいが、仔狼の姿をしているナトナと中身は変わらない気がした。

 リックは苦笑しつつも、万が一にもドクがレクスに飛びつかないように手で牽制しながら続ける。


「おそらく先に戻ったアリシャを気にしてアストロも早めに戻ってきたんだな。で、みんないなくなっちゃったからドクも一緒に帰ってきた」

「竜人の番だけじゃなく、ドラゴンの番も仲良しなんですね」


 ほほ笑ましく思ったエステルがそう言うと、隣でレクスがビクッと肩を揺らす。


「?」


 不思議に思ってレクスを見ると、彼は前を向いたまま緊張しているような顔をしていたが、気のせいかもしれない。

 そうしてその日は特に何事もなく、レクスに掃除を手伝ってもらって全ての仕事を終えたのだった。



 そしてレクスはその後も竜舎の掃除をほぼ毎日手伝ってくれた。公務などで来れない日はわざわざそう伝えに来てくれたりもして、エステルの中でレクスへの好感度は上がり続けている。

 最初から恋心は持っていたものの、レクスを知るほど中身も素敵だとさらに好きになっていくのだ。


 レクスと仲良くなっていく一方で、エステルはドラゴンたちとも仲を深めていた。アストロとドクはフレンドリーで人を警戒していないし、アリシャも元々は攻撃的な性格ではないので、焦らず距離を縮めていくとやがて心を許してくれた。今では鼻先や額を撫でさせてくれたりもする。


 ちなみに掃除の時に着ている体操服は一セットしか持っていなかったので、義父に頼んでもう一セット買ってもらった。エステルの欲しい物を義父が素直に与えてくれるのは初めてだったが、竜舎の掃除係になったと説明すると、「お前に似合いの仕事だな。頑張るんだぞ」とすんなり買ってもらえたのだ。


 義家族にとってエステルがドラゴンのフンを掃除しているという事実はかなり愉快なことらしく、毎日そのことでからかわれるが、何を言われても今回エステルは傷つかなかった。

 なぜならレクスも同じ仕事を手伝ってくれているからだ。ドラゴンのフンを掃除していてもレクスは気高いし上品だ。だから自分も義家族の言うように「惨めで憐れ」ではないのだと気持ちを強く持てる。


 一方、闇の精霊のナトナは最近機嫌が悪い。エステルが毎日ドラゴンの匂いをつけて帰ってくるからだ。


「そんなにすねないで」


 お風呂に入って匂いを落とした後、エステルは苦笑して言った。エステルの部屋で、ナトナはベッドに座ってこちらに背を向けている。しかし耳は後ろを気にしていた。

 

「ほら、たくさん撫で撫でしてあげるから」


 エステルが後ろから頭を撫でると、ナトナはすぐに振り向いてエステルの手をペロペロ舐めた後、ごろんとお腹を見せて転がった。


「許すのが早いわね」


 しっぽを揺らしているナトナを見てほほ笑みながらエステルはお腹を撫でる。


「でもこれからも毎日嫉妬されたら大変。いっそナトナもドラゴンたちとお友達になったらいいのに。一度竜舎に来てみたら?」


 そう尋ねると、ナトナは小首を傾げて考えた後で、元気よくキャンと鳴いたのだった。

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