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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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 アウェーサムの王子ルファールは魔法を使ってここから去ってしまったが、炎の精霊ヴェーダはまだ残っていた。


「あれをどうにかしないと……」


 ドラゴンのような姿をしているがそれより巨体なヴェーダを見上げてレクスが呟く。レクスの魔力特性を使い威圧して、さらにここにいるドラゴンや騎士たちみんなで攻撃して何とか倒せるだろうかという手強い相手だ。


 しかしヴェーダは主人であるルファールが魔法陣を使って逃げたのを見ると、自分も大きな翼を広げて飛び立った。一瞬ルファールを追ってアウェーサムに向かうのかと思ったが、それとは反対――西の方角に飛んでいく。


「どこに行くつもりでしょう?」

「分からないが……今、西の方では精霊に町が襲われている。そこに向かおうとしているのかもしれない」

「向かって何をするつもりですか?」


 エステルは青ざめつつ尋ねたが、答えを待たずに続けた。


「レクス殿下、さっきルファール殿下は手持ちの精霊を全て西へ送ったというようなことを言っていました。ヴェーダもそこに加わって町を破壊するつもりだと思います。ルファール殿下は自分が無事に国境を越えるため、追手を東から遠ざけたいのです」

「そのようだな。どの道ルファールの方はもう間に合わない。私たちも西へ向かう」


 レクスはすぐに決断すると騎士たちにも指示を出した。ドラゴンに騎乗した騎士たちが次々に空に飛び立っていく中、エステルもドラゴンの背に乗りレクスの前に横向きに座る。


「空は寒いから、これを」


 レクスは制服の上に外套を着ていたが、それをエステルに渡してくれた。襟にふわふわの毛皮がついた白い外套で暖かい。

 レクスは残っていた護衛の騎士から外套を渡され、それを着る。


「鞍に捕まって」


 リテアラス学園でもドラゴンの飛行訓練をするのは騎士志望の男子くらいで、他の生徒は地上にいるドラゴンの背に座る体験をする程度だ。エステルもドラゴンに乗って飛んだことなどなかったが、怖がっている暇はない。

 レクスが後ろから腰に手を回してくれたが、エステルも片手で鞍を掴んだ。そうしてもう片方の手でナトナを抱きしめたところで、レクスの青いドラゴンが飛翔する。翼が起こす風で髪が乱れ、スカートがひらめいたが、ほとんどは足の下敷きにして押さえられていた。


「まずは城までエステルを送るから、そこで待機していてほしい」


 そう言われてエステルは少し考える。実際西は危険な状況だろうし、足手まといになるのは避けたい。

 だが安全な城で待機しているなんてできそうもない。レクスや騎士たちが心配だし、町の人たちも助けたい。そして暴れている精霊たちのことも気にかかる。


「私はナトナに守ってもらうので大丈夫です。どうか一緒に連れて行ってください。レクス殿下が危険な場所にいるのに、私一人残るのは耐えられません。この気持ち、分かってもらえるでしょう? それにナトナの力はきっと役に立ちます。ベールの下に入れば安全ですから」


 ドラゴンの飛行が安定していたので、エステルはナトナを一瞬膝に乗せてレクスの服の胸元をぎゅっと掴んだ。


「お願いします」


 真剣な瞳で見つめて言うと、レクスは降参して言う。


「分かった。正直、私も今エステルとは離れたくない。一時も目を離したくないんだ」

「私はどこにも行きませんよ」

「分かってる。ルファールとのこと、疑って悪かった」


 申し訳無さそうに言うと、レクスはエステルのこめかみにキスをした後、睨みつけるように西の方角に視線を向けたのだった。



 

「さ、寒い……」


 飛行を初めて三十分も経つと、レクスの大きな外套に包まれているエステルもガタガタと震え始めた。馬車より速いスピードで飛ぶドラゴンに乗れば冬の冷たい空気は凶器になるし、特にスカートとタイツだけの足元は心底冷えてきている。


「大丈夫? 一旦降りて民家で暖炉でも借りよう」

「いえ、へ、平気です。時間がもったいない……。レクス殿下は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だよ。エステルを抱いていると暖かいし。それよりやっと私も頭が冷えてきた。一度はエステルに捨てられたのだと思ったからね、まだ心臓は恐怖で強く脈打っているが……」


 そう言うと、レクスはエステルの耳を自分の胸にそっと押し付けた。風の音で鼓動はよく聞こえなかったが、レクスの体はいつもより熱い気がする。


「改めて、さっきはすまない。エステルの気持ちを疑ったり、私の魔力特性を使って怖がらせたりして……」

「怖がらせたことは許しますけど、私の愛を疑ったのはまだ許しません」


 少しすねて言うと、レクスは「ごめん」と今度は頭にキスをしてくる。


「キスなんかじゃ誤魔化されません!」

「そうか。なら許してもらえるまで何でもするよ。何かプレゼントを贈ろうか? それか気の済むまで私をこき使ってくれればいい。エステルの部屋の掃除でもやろうかな」

「や、やめてください、そんな! とんでもないです」


 結局許さざるを得ない雰囲気になってしまい、エステルはむくれながらもこう言った。


「……私も悪かったんです。レクス殿下にもっと愛を示していれば、駆け落ちしたなんて誤解を生まずに済んだかもしれません」

「いや、エステルに悪いところなんてないよ」

「いいえ! この件が無事に終わったら、行動で分かりやすく愛を伝えるよう努力します」


 決意を込めてエステルが言うと、レクスはふっと笑って「それは楽しみだな」と返したのだった。

 そしてしばらく会話が途切れた後、レクスは話題を変えて尋ねてくる。


「ところでエステルの先祖の話だけど、さっきアウェーサムで王族に仕えていたと言っていたね?」

「はい」


 レクスはその時色々混乱していただろうが、ちゃんと聞き取っていたようだ。

 

「そしてルファールがエステルを狙ったのは、魔力特性が目当てだった」

「そうです。私の魔力特性は『精霊を作り出せる』というものらしく、一族に代々受け継げれる力のようです。一方でルファール殿下たち王族は『精霊を支配する』力を持っていて、私の先祖が作り出した精霊たちを支配し強力な力を得てきたようです。私の一族はサーフィアといって――」


 エステルは、自分も今日知った事実を一からレクスに説明していく。

 そして最後まで話し終えると、レクスも今まで不明だったエステルの魔力特性に納得したようだった。


「『精霊を作り出せる力』か、なるほど。エステルがナトナを生み出したなら、ナトナが幼い姿をしているのも契約なしでエステルの側にいるのも頷ける。しかしそんな一族がいたなんて全く知らなかったな」

「アウェーサムでも知っている人は少ないようです。王族が力を独り占めするために存在を隠していたようですから」


 と、そこまで話したところで、空気を震わせながら遠くから破壊音が響いてきた。何かがぶつかり、建物が崩れるような音だ。


「レクス殿下」

「ああ、前方に精霊らしき姿が見えてきた。最初に被害に遭ったのはルメルの町だと聞いたが、そこを破壊し尽くしたのか、今は隣町に移動してきたようだな」


 確かに前方では茶色い粉塵が舞っていて、そこに精霊たちが十体以上群がっている。赤いドラゴンのような姿をしたヴェーダもいるし、ヴェーダに負けず劣らず大きい青色の大蛇もいれば赤色の巨鳥もいる。もう少し現場に近づけば、青色の大蛇より一回り小さな水色のヘビやトカゲも見えるし、燃えるような赤い被毛のクマやトラ、それに炎をまとった馬のような精霊もいた。

 ルファールの一族がサーフィアの一族に作らせた精霊は火や水が多いと言っていたが、まさに火や水を使って攻撃している精霊がほとんどのようだ。


「少し離れたところに一旦降りよう」


 こじんまりとした家々が並ぶ町の端にレクスがドラゴンを着陸させると、周りを飛んでいた護衛の騎士たちもすぐ側に降り立った。

 すでにここに到着していた騎士たちは、ドラゴンに乗って何とか精霊を止めようと攻撃しているが、近づいて剣で切ったところで大したダメージにはなっていなさそうだ。宮廷魔法使いたちも来ているようだが、巨大な精霊相手に苦戦している。


「住民は?」

「全員避難して無事です」


 レクスが訊くと騎士が簡潔に答えた。家屋の被害は酷く、めちゃくちゃになっているが、人に被害はないと知ってエステルもひとまず安堵する。


「レクス、エステル、ナトナ」


 するとそこで、まるで瞬間移動してきたかのようにいつの間にか目の前に立っていたのは、ルノーと契約している光の精霊ハーキュラだった。

 白鷲の仮面をつけた金髪の少年は、背中に生えている白い翼をばさりと羽ばたかせながら突然現れ、エステルたちに話しかけてきた。


「ハーキュラ様、何故ここに?」


 驚いて尋ねるエステルに、ハーキュラは淡々と返事をする。


「レクスに頼まれて精霊を倒しに来た。ルノーはまだ到着していないが、私だけ先に飛んできたのだ。宮廷魔法使いたちと力を合わせてすでに四体倒したが……」


 そこでハーキュラは振り返り、民家の陰に横たわっているヘビやクマの姿をした精霊に目をやる。

 エステルは恐る恐る訊いた。


「死んでいるのですか?」

「いや、精霊に死はない。彼らは魔力を使い果たして動けなくなっているだけで、その隙に魔法使いたちが封印術をかけようとしている」

「もうすぐ魔法使いの応援も来るはずだが、それでここにいる精霊たち全員倒せるだろうか?」


 今度訊いたのはレクスだ。しかしハーキュラは冷静な声で否定する。


「いや、優秀な魔法使いがまだかなりの人数必要だがそんなには来ないのだろう? 私以外に強力な精霊もいないし、私の魔力も半分を切っている。それで後、残り十二体の強い精霊を倒さなければならない。国中の騎士やドラゴンも集めて、とにかく数を揃えて攻撃し続けなければ」

「……全ての戦力をここに集めるとなると、エステルはやはり城に置いてこなくて良かったかもしれないな。ルファールが隙を突いて戻って来る可能性もある」


 レクスはまだルファールを警戒しているようで、独り言のように言った。そして周りにいる騎士に増援の指示を出した後、すぐ近くに精霊が壊した家の瓦礫が飛んできたのを見て厳しい顔をする。


「ここも危険か。あっという間に向こうの家々を破壊し尽くしてしまった。とりあえずナトナはベールを張ってエステルを守ってくれ」


 レクスが頼むと、ナトナは言われた通りに黒いベールを張った。あまり大きなものは作れないのか、エステルとレクス、それにレクスの青いドラゴンの半身を入れるので精一杯のようだ。


「エステルさえ守ってくれれば十分だ」


 みんなを入れられなくてしょんぼりしているナトナの頭をレクスが撫でる。

 このベールは黒色の薄い霧のようなものでできているので外の様子は見にくくなってしまったが、破壊音は相変わらず辺りに響き渡っていた。

 レクスは暴れ続ける精霊を見て言う。


「私の魔力特性で精霊を支配できないかやってみよう。全員は難しいだろうが、近づけばおそらく何体かの動きは止められる」

「ですが危険です」


 エステルが止める前に護衛の騎士が言うが、レクスはこう返した。


「精霊たちの様子を見るに、攻撃の対象は基本的に建物のようだ。人から攻撃されれば反撃しているが、深追いはしていない」

「確かに、だからこそ住民たちも避難できたのでしょうが……」

「攻撃をしないようにしながらドラゴンに乗って近づけばおそらく大丈夫だろう。私が精霊を支配して、その間に封印術をかけ、また数体支配して封印する。それを繰り返すのが一番こちらの人的被害も出にくい」

「ですが……」

「無理はしない。私も命は落としたくない」


 レクスがベールの外に出ていこうとしたので、エステルはそっと手を掴んで呟く。


「レクス殿下……」


 行かないでほしいが、レクスの力がなければ他の多くの騎士たちが怪我をするかもしれない。レクスが提案したのは一番平和的な方法に思えた。

 ナトナを一緒に連れていけばベールで身を守れるのではと思ったが、周囲が見にくくなって逆に危険かもしれない。


「私もお力になれれば良かったのに。何のお役にも立てず……」


 精霊をいくら作り出したところで、みんな赤ちゃんだ。それをあの百年以上は生きている大きな精霊たちと戦わせたって意味はない。

 レクスはエステルの手をぎゅっと握り返してから、ほほ笑んで言う。


「気にしないで。エステルはここで待っていて」


 そうして外に出ていくと、ドラゴンに乗って飛び立つ。護衛のために騎士たちも周りを固めて一緒に飛んでいった。


「私も攻撃を続けるか」


 ハーキュラも瞬間移動をして一瞬でいなくなり、精霊に光の矢のようなものを打ち込み始める。けれどそうやって矢で射られても精霊の体からは血が流れず、効いているのかどうか分かりにくかった。相手が倒れるまでどれくらい攻撃を続けなければならないのだろう?

 一体倒すだけでも魔法使いは魔力切れになり、騎士やドラゴンは体力の限界が来るに違いないし、かなり骨が折れそうだ。


「エステル様、もっと後ろに下がりましょう」

「ええ、分かりました」


 エステルの護衛のために残ってくれていた騎士から声をかけられ、素直に頷いた。ナトナのベールがあっても巨大な精霊たちが暴れている近くにいるのは怖かったし、何より戦ってもいない自分が怪我をして余計な問題を起こしたくない。


 エステルは炎の精霊ヴェーダに近づいていくレクスから目を離し、後退するために体を反転させた。

 が、その瞬間に背後で耳をつんざく衝撃音が轟いた。

 ハッとして振り向いた時には事は終わっていたが、どうやらヴェーダが長い尾を使ってレンガの小屋を破壊した音だったらしい。無惨に屋根や壁が吹っ飛び、中身が見えている小屋の残骸が目に入った。


 けれども壊れたのは人のいないただの小屋だけ。そう思ってエステルが胸を撫で下ろしたところで、ヴェーダの近くを飛ぶ騎士たちの焦ったような叫び声が耳に入る。


「殿下ッ!」

「レクス殿下!」


 エステルは胸騒ぎと共に視線を動かし、レクスの姿を捉える。周りを騎士に囲まれていて見にくかったが、レクスは青色のドラゴンに乗って飛んだまま、その背の上で前のめりに体勢を崩しているようだった。


「一体何が……。ナトナ、一度このベールを解いてくれる?」


 黒いベールがなくなり視界がはっきりする。青いドラゴンはゆっくりと降下していき、その途中でレクスの脇腹の辺りが真っ赤に染まっているのが見えた。


「レクス殿下……!」


 一気に血の気が引いていく感覚がし、頭はパニックになりながらも、エステルは急いでレクスの元に走る。

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