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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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「エステル……」


 レクスは暗い瞳でエステルを見た。

 物騒で殺伐としていて、けれど深い愛と執着が複雑に絡み合っているような、そんな感情をレクスから感じてエステルは焦る。


(まずい、まずいわ……! レクス殿下ったら、完全に勘違いされているわ!)


 エステルがルファールを選んで駆け落ちするだなんて誰が信じるのかと思ったが、レクスのあの顔を見るに完全に信じている。


「どうして……」


 エステルはレクスに問うように呟く。ルファールは精霊を支配できる、つまりナトナを支配してエステルを操っていると分からなくても、エステルはルファールに脅されて付いていくしかなかったのでは? とか、ルファールも実は闇の精霊と契約していてその精霊にエステルの心を操らせたのでは? とか色々他の可能性が見つかるはずだ。

 普段の冷静なレクスならちゃんとそうやって考えるはず。


(でもレクス殿下は私とルファール殿下が初めて会った時もヤキモチを焼いておられたし、すでにそうやって嫉妬している状況で置き手紙なんて見せられたら、冷静に考えられなくなってしまったのかも。ここは私が落ち着いて説明をしないと)


 ルファールに同情してしまっている状況でも説明くらいはできるだろう、とエステルは口を開く。


「レクス殿下、あのですね」


 しかしそこでレクスがつかつかと歩いて距離を詰めてきた。唸っている炎の精霊のヴェーダのことも、「殿下、危険です!」と制止の声を上げる騎士たちのことも気にせずに、エステルだけを見て。


「帰ろう、エステル」


 そう言ってエステルの手を奪うように握った。

 さっきまで恐ろしい雰囲気を醸し出していたのに、今、レクスはわがままを言う幼子を前にした親みたいに眉を下げて優しい声を出した。

 それが逆に怖いのは、エステルの手を握る力はしっかりと強いからだ。有無を言わさぬ感じがする。


「で、殿下、話を聞いてください」

「聞かなくても分かっている。やはり君はルファールに惹かれていたんだね。エステルは竜人の血が薄いから、私から心変わりすることもあるのだろう」

「違います……!」

「君が混血であることを、私はある意味ずっと気にしていた。……エステルが私と同じ純血で、私がエステルを愛するのと同じくらい私のことを愛してくれたらどんなに良かったか。番に対する愛の重さは、やはり血の濃さに比例するのだな」


 氷のように冷えてもいるが、愛と憎悪が渦巻く熱もある。そんな声音なのに、異常に穏やかにレクスは話す。


「八分の一入っている竜人の血が悪さをして番の本能など呼び起こさなければ、君は人間らしく、ルファールと穏やかで真っ当な恋をできたのにね。ルファールに出会うより先に私に見つかってしまって可哀想に」

「なっ……、何を仰っているのですか! 『真っ当な恋』って何ですか!? 番同士の恋は真っ当な恋ではないのですか? 私は――」

「エステル」


 そこに割って入ってきたのはルファールだ。エステルをじっと見て真剣な調子で言う。


「さっきも話したが、私にはエステルが必要だ。君がいなければ私はどうなるか……。どうか私を助けると思って一緒に来てほしい」


 そんなふうに言われると、この黒髪の王子を助けなければいけない気持ちがまた強くなってしまう。


(協力しないと……。助けないと)


 ふらりとエステルの足がルファールに一歩近づく。ルファールの背後ではまだ長い呪文を唱え続けている魔法使いと、剣を手に臨戦態勢のアウェーサムの騎士たちもいる。

 リボンを使って作られた魔法陣の中に入ってルファールと一緒に行かなければ……と、エステルがさらにもう一歩踏み出そうとした時だった。


 風に撫でられた肌が切れそうなほど、その場の空気が急激にひりつき、重くなる。それと同時に氷水を頭からかけられたかのように心臓がぎゅっと縮み、全身に鳥肌が立った。

 ――これは恐怖だ。恐怖を感じて体が硬直する。

 猛獣か悪魔か得体の知れぬ神か、とにかく自分ではとても敵わない相手がすぐ後ろにいる気がして、エステルはぎこちなく振り向いた。

 しかしそこにいたのはレクスで、普段は彼を見たら大好きだとか格好良いとかいう気持ちしか湧かないのに、今はただ足がすくむ。


「あ……」


 膝が震えて、立っているのもやっとになる。言葉を紡ごうにも喉さえ震えて機能しない。

 腕に抱えているナトナも隣りにいるルファールも同じような反応をしていて、恐怖に毛を逆立てたり目を見開いたりしてレクスを見ていた。周りにいる騎士たちも、精霊のヴェーダでさえ圧倒されている様子で唸るのを止め、離れた位置にいる魔法使いだけは身をすくめながらも何とか詠唱を続けていた。

 一方、当のレクスは穏やかな表情をしてエステルの頭を優しく撫でてくる。


「ごめん、怖いね」


 とても甘くて、恐ろしい声音だった。

 そしてレクスはそこでほほ笑みを消し、低い声でこう続ける。


「でも離れようとするなら、私の魔力特性を使って抵抗できなくしてでも連れ帰る。連れ帰った後、もう一度好きになってもらえるように頑張るよ。怖い思いをさせるのは今だけだ。こんなの本望じゃないけど、君が離れていくのは耐えられない」


 レクスの暗い瞳は、真っ直ぐにこちらを見ていた。


「おかしいな。エステルのことを本当に愛しているなら、君が他の男を選んでも身を引けると思っていたんだが。エステルの幸せを一番に考えられると思っていたのに」


 自分に失望しているような言い方をして、泣きそうになっているレクスを見て、エステルを支配する恐怖の感情がわずかに緩む。

 涙こそ流していないけれど、レクスは今、ぐちゃぐちゃになった感情を抱えて泣いているように見えた。

 

「君を鎖で繋ぐようなことはしたくない」


 言いながら、鱗がある左手の甲にキスをする。


「だからどこへ行っても分かるよう、逃げても居場所が分かる魔法をかけようか。そんな魔法、君は嫌がるだろうけど……」


 迷子になった子供みたいに、レクスは顔を伏せて寂しそうな表情をする。心細くて悲しくて、今にも消えてしまいそうなほどだった。


(そんな顔させたくない)


 炎が灯るように、エステルの心に強い気持ちが一瞬湧き上がる。


(この人を今すぐ抱きしめて安心させてあげないと。私は殿下のこと大好きですって、絶対に離れませんって伝えないと!)


 いつも冷静で完璧に見えるけれど、レクスはエステルが番だと分かっても強引な行動を取れなかったり、父親にコンプレックスがあったり、結構繊細な面もあるのだ。

 今だってエステルが自分から離れてしまうかもというだけで理性を失って、ちゃんとものを考えられなくなっている。

 でも、レクスのそんな弱さもエステルは受け入れていた。受け入れて、支えたいと思っている。


(レクス殿下を幸せにするのは私なんだから!)


 心の中で叫んで、ナトナの魔力を跳ね除けるようにレクスへの愛を膨らませた。

 そして一時的にかもしれないが、ルファールへの同情心を外に追いやることに成功する。


「レクス殿下」


 エステルはナトナを片腕で抱えたまま、悲しげな顔をしているレクスに歩み寄り、そっと抱きしめた。


「鎖で繋ぐのも、逃げられないよう魔法をかけるのも私は嫌がりません。そうすればレクス殿下から離れずに済みますし、危ない状況になってもこうやってレクス殿下が助けに来てくださるのでしょう? なら、喜んで受け入れます」

「エステル……?」


 きょとんとするレクスを見上げると、エステルは少し怒って続ける。

 

「大体、殿下ったらあんな手紙を信じるなんて! 偽物に決まっているじゃないですか。番なら私の筆跡も完璧に覚えていてください!」

「……偽物?」

「そうですよ! 私がレクス殿下を置いてルファール殿下と駆け落ちなんてするわけありません。ルファール殿下は精霊を支配できる魔力特性を持っていて、その力でナトナが支配されてしまったんです。それで私はナトナに心を操られて、ルファール殿下を拒否できずにここまで来てしまっただけで」


 正気に戻っている内にと、エステルは急いで説明した。


「私もナトナも操られたり支配されたりしているだけなんです! そうじゃなければルファール殿下と一緒になんて行きません。それを私が心変わりしたなんて……混血だって番を愛する気持ちは絶対なんですから! さっきのはとんでもない侮辱ですよ!」


 眉をキッと吊り上げて、ちょっと本気で怒りながら言う。自分の愛が信頼されていないなんて、こんなに悲しいことはない。


「私が好きなのはレクス殿下だけです。当たり前でしょう? 離れたりしません」

 

 最後は少し照れながらレクスを真っ直ぐ見上げて言った。

 レクスは数秒ぽかんとしていたものの、エステルの純粋な好意を目にして自分の勘違いを理解したらしく、憑き物が取れたかのように目に光が戻っていく。

 

「エステル……本当に?」

「本当です! それより今はここから離れないと。ルファール殿下は危険で――」


 一度支配されてしまったら距離を取ったって意味はないのかもしれないが、エステルはとにかくルファールから離れたかった。

 しかしそんなエステルの腕をルファールが後ろから引っ掴む。


「駄目だ! お前だけは絶対に連れて行く……!」


 ルファールはまだレクスの魔力特性の影響を受けながらも、血走った目でエステルを見て荒々しく言った。

 冷静さを取り戻したレクスも、エステルの手を握りながらルファールを見下ろす。


「竜人が番に対して持つものと同じくらいの執着だ。人間にも運命の相手がいるのか? それがエステルならば、悪いが譲れない」

「運命の相手? そんなものよりよほど重要な存在だよ。彼女は我が国に大きな利益をもたらす」


 ルファールは運命の相手という言葉を鼻で笑いながら言う。

 彼に愛などないのだと、エステルは急いでレクスに説明した。

 

「違うんです、レクス殿下。ルファール殿下は私のことを好きになったわけではなく、私の魔力特性を利用するためにアウェーサムに連れて行こうとしているのです。私の先祖はアウェーサムにいたらしく、昔は王族に仕えていたようで、えっと……」


 焦って上手く説明できなかったが、レクスは『ルファールはエステルを愛していない』ということだけ知れたら良かったようだ。


「大体分かったよ。ルファールがエステルを好きだったなら気の毒な気持ちもあったが、別に遠慮しなくていいということも分かった。まずは――その手を離せ」


 レクスが相手を睨みつけながら凄むと、魔力特性の効果もあって、ルファールは思わずといった様子でエステルから手を離して後ろに下がる。

 エステルもレクスの力の影響を受けてまた震えそうになったが、先程よりいくらか恐怖の感情は薄かった。きっとレクスの鋭い視線はルファールに向かっているからだろう。

 

「人の心を操るナトナ。そのナトナを支配できるルファール殿下。そして他人に恐れを抱かせることができる私。この場を支配できるのは誰か試してみてもいい。いや、もう答えは出ているか」


 慌てて言ったエステルの短い説明でもレクスはルファールの魔力特性について理解をしたらしく、冷たい口調で要求した。


「まずはナトナの解放を」

 

 ルファールは葛藤しているような、起死回生の一手はないかと探っているような顔をしながらも、強まるレクスの圧に負けて最終的にナトナの支配を解いたようだった。

 元気のなかったナトナの耳と尻尾がピンと上を向き、エステルの心にしつこく張り付いていたルファールへの同情心が消えていく。

 エステルはハッとして言う。


「殿下、大丈夫です。ナトナは解放されたと思います」

「分かった。じゃあ次だ」


 前半はエステルに、後半はルファールに向かって言うと、レクスは続ける。


「ルファール殿下、あなたをこのままアウェーサムに帰すことはできなくなりました。私の婚約者を誘拐しようとした罪を償ってもらわねばならないし、ドラクルスの西で謎の精霊たちに町が襲われているという、先程城に緊急連絡がきた件についても話を聞きたい」

「精霊に襲われている? さて何のことだか」


 冷や汗をかきながらも口角を上げて笑うと、ルファールは素早く炎の精霊ヴェーダを見上げて大声で命令する。


「ヴェーダ! 命令通りに!」


 そして自分は魔法陣の中に撤退すると、騎士たちにも自分を守らせた。ナトナやエステルを手放したとしても、自分の身だけは何が何でも守りたかったのだろう、その気持ちの強さでレクスの支配を跳ね除けて行動した。


「待て!」


 レクスやドラクルスの騎士たちはルファールを捕まえようとするが、ヴェーダが炎を吐いてそれを阻止する。


「きゃあ!」


 あっという間にこちらに迫ってくる赤い炎に対してエステルは悲鳴を上げることしかできなかったが、レクスは素早くエステルを抱き込んで盾になった。

 しかしナトナがさらに二人を守って半球状の黒いベールを出現させる。おそらく防御魔法の一種で、エステルが以前魔法使いの男に攫われそうになった時にも使った力だ。

 赤い炎は一瞬完全に黒いベールをのみ込んだが、中にいるエステルたちは全く熱さを感じなかった。


「ナトナ! 助かったわ、ありがとう」


 エステルが抱きしめると、ナトナは得意げに舌を出して笑う。

 しかしそうこうしている内にアウェーサムの魔法使いが呪文を唱え終わったようで、馬車とルファールを中央に入れた魔法陣が光を放つ。

 魔法使いとアウェーサムの騎士たちも急いで魔法陣の中に入っていくが、ドラクルスの騎士たちはヴェーダの炎に阻まれて動けない。エステルがやけどをしないようレクスも下手に動かず、ナトナのベールの下に留まった。


 ルファールは最後にこちらを見て悔しそうな顔をしながら、黄色い光に包まれて消えていく。

 レクスはルファールを睨みつけながらエステルを片腕で力強く抱きしめていて、エステルももう離れないで済むようにレクスにぴったりとくっついたのだった。

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