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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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 ナトナの姿が見えなくなった翌日、夕方まで待っても黒い仔狼はエステルの元に戻って来なかった。

 フェルトゥー家の広い私室では家族が集まり、嘆くエステルを慰めてくれる。


「ちょっと散歩しているだけだよ。きっとすぐに戻って来る」

「ええ、きっとそうよ。あまり心配し過ぎないようにね」


 ルノーとターニャが順番に言う。今日は父のマルクスと長兄のエリオットは領地に行っていていない。


「はい……」


 エステルは元気なく頷く。レクスもエステルを心配して学園帰りにフェルトゥー家に来ていて、隣で励ますように背中を撫でてくれていた。

 そしてルノーと契約している光の精霊のハーキュラも、今は姿を現して冷静に口を開く。


「精霊は気まぐれだ。特にナトナは幼いし、人の側にいることに飽きてしまったのかもしれない」

「ハーキュラ! ごめん、エステル。精霊は率直にものを言うから」


 ルノーが謝ったが、ハーキュラは淡々と言う。


「事実を話しているだけだ。だがまたふらりと戻ってくることもあるかもしれない。まだいなくなって一日しか経っていないのだろう?」

「それはそうなのですが、丸一日いなくなるということが今までなかったので心配で……」


 ハーキュラに城やフェルトゥー家を探してもらったが、気配は感じなかったらしい。

 ナトナとエステルは契約しているわけではなく、ただナトナが懐いて側にいてくれたというだけの関係だ。だから確かに飽きて急にいなくなるということもあるのかもしれない。

 悲しむエステルを見て、レクスもその痛みを感じているかのように僅かに顔を歪めながらも、こう言ってエステルを励ました。


「ナトナはエステルを慕っていたし、必ず戻ってくるよ。勝手にいなくなるとは思えない」


 けれど結局その日の夜も、ナトナが帰ってきてエステルの寝ているベッドに潜り込んでくることはなかったのだった。


 

 次の日も気持ちが沈んだまま学園に行ったエステルだが、結果的に言うとナトナとの再会は意外と早く叶った。

 二限目の歴史の授業を受けている最中に女性の教師がやって来ると、エステルを廊下に呼び出して言うのだ。


「エステルさん、校門のところまで来てもらっていいかしら? あなたに会いたいという方がいらしているの」


 教師の言い方的に、その人物は貴族か何かなのだろうと思った。王子の婚約者という立場になった今では、そういう地位のある人物が自分を訪ねてくる可能性は十分ある。

 ただ、エステルに会いたいなら何故フェルトゥー家やレクスに話をするのではなく、学園に来たのだろうと少し不思議には思った。


「一体どなたで、どんなご用件ですか?」

「さぁ、私も詳しくは聞いていないのだけど、身なりからして身分の高い方だと思うわ。どうも困ってらっしゃるようだから、どうしても協力して差し上げたくて」

「どういうことです?」


 教師の話はよく分からず困惑したが、続けられた言葉がエステルを迷わず校門に向かわせた。


「そういえばあなたの精霊、黒い子犬みたいな姿をしていたでしょ? その精霊が一緒に馬車に乗っていたから、あの方もあなたの知り合いじゃないかしら? 心当たりはない?」


 馬車に乗ってやって来る人物に心当たりはなかったが、ナトナが一緒にいるのならとエステルは足早に校舎を出た。


(もしかして、行方不明だったナトナを見つけて私のところへ届けてくれたのかしら。だとしたら校門にいるのは一応、私の知り合いのはず)


 身分の高い知り合いというと、リシェの母だろうか? それともお披露目パーティーで挨拶をした貴族の誰かだろうか? フェルトゥー家の養子になって以降、ナトナの存在を周知させてきたから、黒い仔狼がエステルの精霊だと知っている者は大勢いる。

 だから予想は難しかったが、とにかくそこに行けば分かると、エステルは校門の外に停まっていた黒い馬車に教師と一緒に近づく。

 するとエステルたちに気づいた御者が扉を開け、その途端、一番最初にナトナがぴょんと飛び出してきた。


「ナトナ! あなたどこにいたの!?」


 エステルは安堵と嬉しさで泣きそうになりながら、ナトナを抱き上げた。


「心配したんだから」


 ぎゅっと抱きしめると、ナトナは弱気な声でクゥンと鳴く。心配をかけたことを後ろめたく思っているのだろうと、元気のないナトナのその態度にエステルは違和感を持てなかった。

 エステルはナトナを見つけてくれた相手に礼を言おうと馬車の中を見る。するとそこに座っていたのは、一昨日初めて顔を合わせた相手――隣国の王子ルファールだった。


「ル、ルファール殿下!」


 エステルは驚いて声を上げた後、慌てて礼をとり、その後で尋ねる。


「ルファール殿下がどうしてここにいらっしゃるのですか? どうしてナトナを……」


 言いながら、頭の中で考察を巡らせる。ルファールが自国に帰るのは今日だったはずなので、この時刻にまだドラクルスにいるのはおかしなことではない。

 黒髪の王子ルファールは爽やかな表情で言う。


「一昨日ぶりですね、エステル様。その精霊のことは少し後回しにして、私の話を聞いてくれませんか? 実は今、とても困っていまして……。あなたにしか頼めないんです。どうかお願いです」


 軽く眉尻を下げてルファールが言うと、何故だかエステルは彼にひどく同情した。


(困っておられるなんて……可哀想。私で力になれるなら協力したいわ)


 エステルの表情の変化を見てだろうか、ルファールは目を細めてほほ笑むと、一旦馬車を降りてきて言う。


「レクス殿下より私を選んでくださいますね?」


 どうして急にそんな話になるのか理解できなかったし、レクスを選ぶに決まっている。ただルファールが困っているなら助けたい。助けなければいけないし、そのために一時的にルファールを選ばなくてはいけないのなら、そうするべきなのかもと思った。


(私……どうして?)


 自分の思考に疑問を持ちつつも、エステルは「はい」と返事をして、差し出されたルファールの手を取った。

 そしてルファール、ナトナと共に馬車に乗り込むと――その瞬間、後ろの方で悲鳴のような甲高い鳥の鳴き声がした。振り返ると、赤や黄色、緑が混ざった派手な体色の鳥が地上に落ちてくるところだった。まるで飛んでいる時に何者かに攻撃されたみたいだ。


「あの鳥……大丈夫かしら?」


 エステルはふと正気に戻って呟く。あのカラフルな鳥は宮廷魔法使いの操る鳥で、エステルのことを見張ってくれていたはずだ。

 助けに行こうとしたが、ルファールに強く手を引かれ、その勢いのまま馬車の椅子に座ってしまう。


「行かなくて良い。私の精霊に攻撃されただけですから。それより私に協力を」

「何があったのですか?」

「馬車を走らせながら話をしましょう。――その前にこれを」


 最後の言葉は一緒に来ていた女性教師に向けて言うと、ルファールは彼女に二つ折りにした紙を渡した。


「それをレクス殿下に渡してくれ」


 そうして扉を閉めると、教師を残して馬車は早急に走り出す。


「手紙ですか? レクス殿下に?」


 王族が他国の王族に送るものにしては、封筒にも入っていなければ封蝋もしていない雑なものだったので疑問に思った。が、ルファールはこう答えた。


「そう、置き手紙ですね。私からではなく、あなたからレクス殿下への」

「私からの?」

「ええ、あなたの筆跡を真似て書かせた手紙です」

「何のために……?」


 頭に疑問がたくさん浮かび、困惑する。学園の角を曲がるとアウェーサムの騎士たちが隊列を組んで待っていて、馬車の前後を警護のために囲んだ。

 

(私……、このまま行っていいのかしら?)


 困っているらしいルファールを助けたい気持ちは、何故かとても強い。

 だがその気持ちに押し潰されてはいるものの、危機感や不安といった感情も確かにあった。


(怖い。このまま行けば、やっと手に入れた幸せを全て失ってしまう予感がする。学園から……レクス殿下から離れたくない。でも可哀想なルファール殿下に協力しないと)


 自分の気持が分からず、混乱して、ひとりでに涙が零れて頬を伝う。

 するとそんなエステルを見てルファールが言う。


「泣いているの?」


 心配してくれているのかと思ったが、ルファールの方を見ればこちらを愉快そうに眺めているだけだった。エステルが心の奥で葛藤している様子を楽しんでいるみたいに。

 エステルは涙を手で拭いて尋ねる。


「ルファール殿下は何に困っておられるんですか?」

「ああ、それはもう大丈夫だよ。君を無事に連れ出せるか心配していたんだけど、こうやって学園を離れられた。レクスもまだのんきに授業を受けているだろうね」


 ルファールは砕けた話し方をしながら、一応といった感じで小窓の外を警戒して視線をやった。


「君の監視についていたのはあの鳥だけかな。ドラクルスの国内情勢は落ち着いているとはいえ、王族やその婚約者が普通に学校に通っているなんて平和なんだな」

「私、どうして……」


 ルファールの話を聞きながら、エステルは自分の心が分からなくなっていた。何故彼の力になりたいと思ってしまうのか、何故助けたいと思ってしまうのか、混乱する。

 そうしてふと、膝の上に乗ってこちらを弱々しく見つめているナトナに意識が向いた。


「ナトナ……、まさかナトナの力なの?」


 ナトナが力を使って、エステルにルファールに対する同情心を起こさせているのだ。一度気づくとそうとしか考えられなかった。


「ナトナ、やめて。どうして」

「無駄だよ」


 ナトナを説得しようとしていると、ルファールが冷たい目をしてこちらを見た。


「その精霊はもう君の言うことは聞かない。今は私に従っているんだ」

「ナトナと契約したんですか?」

「契約? 違う。嫌がる精霊と無理矢理契約を交わすことはできないし、交わせたとして強制的に力を使わせることは出来ないからね。契約なんてそんな万能なものじゃないんだ。だけど私は――私の一族はもっと素晴らしい力を持っている」


 答えを待って黙るエステルに、ルファールは言う。


「アウェーサムの王族には、よく強い魔力特性を持つ者が生まれてくる。その魔力特性とは、『精霊を支配できる力』だ。契約しなくても精霊を自分に従わせることが可能なんだよ。君の精霊も、幼いこともあって一昨日少し言葉を交わしただけで簡単に支配できた」


 そう言われて、エステルは一昨日のことを頭の中で思い返した。帰る時にルファールがナトナを抱きしめていたが、あの時に小声で何かナトナに命令していたのだろうか? それでナトナはエステルの側からいなくなって……。

 エステルは顔をしかめて言う。


「私の家族――フェルトゥー家に生まれてくるような、精霊に好かれる力とは全く別の魔力特性だったんですね」


 てっきりルファールも精霊に好かれやすく、合意の元で彼らと契約しているのだと思っていた。けれど実際はただ支配していただけ。


「そうさ。それよりもっと便利な魔力特性だ」


 自分の意志ではなく命令されて能力を使っているからだろうか、ナトナの力には手加減がなく、抗えそうになかった。

 エステルのかつての義姉ロメナはナトナの力に抵抗していた気がするが、きっとそれはナトナが全力で心を操ろうとしていなかったからなのだろう。あんな相手でも一応は手加減をしてあげるくらい、本当はナトナは優しいのだ。


(そのナトナを支配して、力を使わせるなんて。ナトナにこんな顔をさせるなんて)


 ナトナは悲しげな顔をしていて、瞳があったら涙を零していそうな雰囲気だった。エステルに対して申し訳なさそうに耳を下げ、しっぽを垂らしている。

 今すぐナトナを連れて馬車から飛び降りたいと思うのに、ルファールの力にならなくてはという強烈な同情心のせいで実行に移せない。

 一方でルファールは、足を組んで余裕の態度を見せながら話を続ける。


「我々の一族は長い間、代替わりするたびに精霊たちを受け継いできた。だから私の手持ちの精霊に弱いものはいない。百年を超えて支配してきた精霊ばかりだ。私の父には力はないが、祖父が支配している精霊も長く生きた強い精霊のみ」

「それなら城で見せてもらったあの赤いドラゴンのような炎の精霊も、ずっとあなたたち一族に支配されてきた子なんですね」


 言われてみれば、確かに炎の精霊に表情はなく、感情のようなものが読み取れなかった。ナトナのようにしっぽを振ったり、モネのようにくつろいだり、ハーキュラのようにお喋りができる様子もなかった。ただルファールに従ってそこにいるだけだったのだ。

 そう思うと悲しいような悔しいような気持ちになる。何故純粋な精霊たちが長い間支配され、働かされ続けなければならないのか。きっと戦争などに駆り出され、人を殺せというような命令も受けてきたのではないだろうか。

 エステルは拳をぎゅっと握りながら、ルファールに尋ねる。

 

「それで私に何の用ですか? どこへ連れて行くんです?」

「まぁ、それはこれからゆっくり話してあげるよ。国境を越えるまでまだ時間はある」

「ということは、このままアウェーサムに向かうつもりなんですね?」

「そういうことだ」


 ルファールはそれを認めると、薄くほほ笑んでこう言ったのだった。


「だが何も心配はいらない。アウェーサムは君の故郷なんだから」

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