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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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 ドラクルスの王城にやって来た隣国アウェーサムの王子ルファール。

 エステルはそのルファールをレクスと一緒に国王夫妻の元に連れていき、全員で一緒に昼食を取って歓談した。

 そしてその後、ルファールだけを別の迎賓室に案内した。

 ドラクルスの騎士や使用人、ルファールの護衛なども控えている中、エステルとレクス、ナトナ、そしてルファールはソファーに座って、若者だけでいくらか気軽に話をする。


「レクス王子とエステル様は番同士なのですよね? 人間にはない本能で興味深いです。ひと目見て番だと分かるものなのですか?」

「ええ。強烈な一目惚れみたいなものです」


 ルファールは詳しく聞きたそうだったが、レクスはエステルとのことをあまりべらべら喋りたくないのか簡潔に答えた。

 

「番が番を裏切ることは絶対にないのでしょうね。確実に信頼できる者がたった一人でもいるというのは羨ましいことです。我々王族に近づく人間は、味方の顔をしていても敵だということがありますから」

「おっしゃっていることは分かります。簡単に他人に心を許してはいけない中で、エステルは私の救いです」


 レクスとルファールは、同じ王子という立場にいるために共感できることも多いようだった。二人の話は和やかに続き、エステルも時々ルファールに精霊に関する質問をしながら、楽しい時間は過ぎていく。ドラゴンの三倍はあるという炎の精霊も迎賓室の側まで連れてきてもらって見たが、確かに首を長くした大きな赤いドラゴンという感じで迫力があった。ナトナは怯えてソファーに隠れてしまったほどだ。

 そうして時間が来ると、ルファールを見送るためレクスとエステル、ナトナも玄関まで一緒に向かう。


「アウェーサムに帰られるのは明後日でしたね」

「ええ、明日はレピス湖を中心に少し案内してもらえるようなので、ゆっくり観光させてもらおうかと」

「美しいところですよ。是非楽しんでください」


 レクスとそんな会話をした後、ルファールは馬車に乗り込む前にナトナの方に歩いていって、唐突にその小さな体を抱きしめた。

 突然のことでエステルはちょっとびっくりしたし、ナトナも身を固めていたけれど、どうやらルファールは幼く可愛い精霊と離れがたかっただけらしい。


「最後に抱きしめさせてくれ。うちのはみんな長生きだから、こんなに幼い精霊を見たのは初めてなんだ」


 そう言ってナトナのふわふわの黒い毛に顔を埋めて、しばらくぎゅーっと抱きしめていた。ナトナはされるがままで、時々ピクピクと耳を動かしている。


「ありがとう。じゃあまた」


 やがてナトナを離すと、レクスに「それでは」と挨拶した後、エステルに向かってまた目を細めてほほ笑みかけてから馬車に乗り込んだ。


(ルファール殿下のほほ笑みって何だか不思議だわ。とても綺麗な笑みで見とれてしまうけど、どこか……)


 去っていく馬車をいつまでも見ていると、ふとレクスに睨まれていることに気づいた。すねているような、ジトッとした視線だ。


「え? な、何か……?」

「別に」

「まさかヤキモチとかそういう……」

「何でもない」


 レクスはスッと視線をそらして前を見た。明らかにすねているが、レクスに限ってルファールにヤキモチだなんて、そんな子供っぽいことしないだろうとも思う。


「何でもないならいいのですが……ところで透明で見えませんが、炎の精霊もちゃんとルファール殿下の後をついて行ってるんですよね?」


 話を変えてエステルは言う。レクスも空を見上げて答えた。


「翼もあったし、空を飛んでいるんじゃないか? 一応もうすぐハーキュラが来て、城に不審な精霊の気配がないか調べてくれるよ。精霊は透明になって潜めるから、ルファールの一族が来た時に限らず、定期的に城を調べてもらっているんだ」

「そうなんですね。ナトナにもそういうお仕事ができるかしら? ねぇ、ナトナ?」


 声をかけたが、ナトナは馬車が去っていった方を眺めたまま振り向かなかった。聞こえていないのかも、とエステルはもう一度話しかけようとしたが、その前にレクスが真面目な顔をして言う。


「しかし改めて長く生きた強い精霊というのは脅威だ。他国から見ればドラゴンを飼育しているドラクルスも恐ろしいだろうが、そのドラゴンが何頭いればあの炎の精霊に勝てるのか」


 顎に手を当て、真剣な様子だ。あの炎の精霊を倒すにはどうすれば良いのかを本気で考えている。レクスはルファールとは友好的に話をしていたけれど、国を背負う立場にいると、つい戦争が起きた時のことを考えてしまうのかもしれない。


「でも確かに敵になると思うと恐ろしいですよね。透明になられたらどうしようもないですし、そもそもどこまで攻撃が効くのか」

「精霊に対抗するには、結局こちらも精霊を使うのが一番だ。そういう意味でも、精霊魔法を使える者は貴重なんだよ。強力な精霊を使うアウェーサムの脅威がすぐ隣にあるドラクルスで、フェルトゥー家が力を持ってきたのもそういう貴重な人材を輩出してきたからだ」

「なるほど」


 幼いナトナを戦わせることはしたくないが、精霊に関する何らかの魔力特性があるかもしれない自分がドラクルスの役に立てないだろうか、とエステルは思ったのだった。



 その後、エステルはすぐにフェルトゥー家には帰らず、レクスの部屋で時間を過ごした。どれだけ長くいてもまだ一緒にいたいと思うのだから不思議だ。

 ソファーに座って本を読むエステルの隣でレクスも同じ本を眺めたり、かと思えば飽きてエステルの髪をいじり始めたり、エステルも本を読むのは諦めて二人でお喋りをしたり、のんびりと番との時間を満喫した。

 そして話の流れでルファールの話題になり、エステルは思いついたことを口にする。


「ルファール殿下は婚約者はいらっしゃるのでしょうか? 人間は途中で番が現れるという心配もないですし、もしかしたら小さな頃から許婚が決まっているかもしれませんね」


 単なる好奇心でその話題を出したのだが、レクスから返事が返ってこないのでエステルはふとそちらを見る。

 するとレクスはルファールを見送った時のようなすねた顔をして、ちょっと不機嫌そうにしていた。


「ルファールに婚約者がいるかどうか気になるのか?」

「いえ、えっと……」


 エステルがあやふやな返事をしていると、顔がよく見えるようにレクスはエステルの横髪を耳にかけて言う。


「エステルは、実のご両親を除けば人間と会うのは初めてだったんじゃないか?」

「そうですね、少なくとも物心ついてからは初めてです」

「なら、初めて人間に会ってどう思った? エステルは竜人よりも人間に近いから、人間の方が親近感が湧くんじゃないか? 一緒にいて安心するとか楽しいとか感じた?」


 そこでエステルの顎に手を添え、自分の方を向かせると、レクスはほほ笑みながら尋ねてくる。


「――奴に好印象を持った?」


 笑顔なのに笑っていないし、圧がある。

 さすがのエステルもここは何が何でも否定しておかなければと思い、慌てて弁明する。


「そんな! まさか……! 特別な感情なんて持っていません! それよりレクス殿下ったらやっぱりルファール殿下にヤキモチを焼いておられたんですね」


 さっきは「別に」とか「何でもない」と言っていたが、やはり何でもなくはなかった。


「私たちは番ですよ。レクス殿下以外の人を私が好きになるわけないです」

「だがエステルは竜人の血が薄いから……。心配なんだ」

「そんな心配、必要ないです」


 打って変わって弱気な様子を見せるレクスに、エステルはそっと抱きついた。

 レクスも大人しく抱擁を受け入れた後、静かに言う。


「エステルにいつかもし他に好きな男ができて、そいつの元に行きたくなったら行っても構わない。それでエステルが幸せならね。番だからといって私はエステルの自由を奪いたくないんだ」

「あの……」


 言葉とは裏腹に、レクスはがっちりエステルの腰に手を回して拘束している。体を引こうとしてもピクリとも動かなかった。

 けれどレクスからの想いを感じたエステルはちょっと調子に乗って、柄にもなく挑発をする。


「もし私が去ろうとしたら、レクス殿下はご自身の魔力特性を使われたらいいのでは? 私を恐怖で支配するんです」

「そんなことしたくない」


 レクスはすぐにそう答えたが、数秒置いてこう続けた。


「……とは思っている」


 エステルが誰か他の男と去っていく場面を想像したのだろうか、レクスの瞳がスッと鋭くなり、顔に影ができる。

 その物騒な表情を見て、エステルは『私が他の誰かを好きになっただなんて、勘違いでも殿下に思わせないようにしなくちゃ』と冷や汗をかきながら肝に銘じたのだった。


「ところで」


 レクスはエステルの腰に回していた腕の力を緩めると、少し体を離してから話題を変える。


「次から次へとイベントがあって申し訳ないんだが、八日後には国民へエステルのお披露目をしたいと思っている。もう新聞なんかで知られてはいるが、一応ちゃんとお披露目という形式は取っておきたいから」

「分かりました。でも何をするんでしょう?」

「当日は王城の前庭を開放して、そこに国民たちが入れるようにする。私たち王族とエステルはバルコニーに立ち、彼らに手を振る。そしてエステルはそこで国民に声をかけてほしい。短くてもいいから、自分の決意のようなものをみんなに伝えてほしいんだ」

「スピーチですか」


 緊張しているような声で言うエステルに、レクスは口角を上げて返す。


「得意だろう? スピーチは」


 きっとリテアラス学園で春にあった弁論大会のことを思い出して言っているのだろう。エステルがスピーチした経験などあれしかない。

 

「得意というわけでは……」

「いや、上手だったよ。私のスピーチよりよほど出来が良かった」


 単純だが、そうやって褒められると国民へのスピーチも頑張ろうかなという気になってしまう。


「じゃあ喋ることを考えておきます」


 これもまた準備が大切だ。しっかり話すことを考えて、スピーチの練習をしておけば何も怖いことはない。

 そこでエステルは立ち上がり、レクスに向かって言う。


「では今日はもう失礼しますね。スピーチの内容をさっそく考えたいので」

「まだ八日あるのに?」


 レクスはソファーに座ったまま不満そうにエステルを見上げ、手を掴んでいた。まだ帰るなと言いたいらしい。

 しかし真面目で心配性なエステルは、やんわりとレクスの手を解いて言う。


「明日から急に忙しくなって、今日しかスピーチを考える時間が取れなくなるかもしれませんし」


 そうして部屋を見回し、ナトナを探した。


「ナトナ! 帰りましょう」


 声をかけたがナトナは現れない。透明の姿でいるわけでもなく、本当にこの部屋にはいないらしい。


「あら? 玄関からこの部屋までは一緒に来たと思っていたけど……いつの間にかどこかへ行ってしまったのね」

「庭で遊んでいるのかもしれないね」


 エステルが本を読んだり、レクスといちゃついたり、ナトナにとってはつまらない時間だったかもしれない。それでどこかへ遊びに行ったのだろうと考えた。


「探しに行こうか」


 レクスも立ち上がり、二人で部屋を出る。

 しかしその日、城のどこを探してもナトナはいなかった。広い城を全て捜索したわけではないが、ナトナがいそうな場所に姿はなかったのだ。


「もしかしたら先に家に帰ってハーキュラたちと一緒にいるのかもしれません」


 そう思ってエステルもレクスと別れ、フェルトゥー家の屋敷に帰ったが、そこにもナトナはいなかった。

 日が暮れても、真夜中になってエステルがベッドに入っても一向に帰ってこない。


(昼間、好きなところへ遊びに行って姿が見えない時はあるけれど、夜には必ず私のところへ帰って来ていたのに)


 ナトナは幼いと言えど精霊で、人の幼児とは違って不審者からは逃げられるはずだ。


(だけどベルナの時のように、精霊にも効果がある拘束魔法をかけられたら捕まってしまうわ。ただ、ナトナを捕まえたってどうしようもないと思うんだけど)


 精霊と無理矢理契約するというのはできないはずだし、言うことを聞かないナトナを拘束し続け、ただ魔力を消費したいという者がいるとは思えない。第一、城の中にそんな不審者が入り込んでいるはずもない。


(なら、自分の意志で戻ってきていないということ? たまたま今日は夜も遊びたい気分だったのかしら)


 そんなふうに考えながらも、何かあったのではと心配する気持ちも大きい。

 ナトナが帰ってこない、という今までなかった事態に、エステルは不安を感じながら眠れない夜を過ごしたのだった。

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