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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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55 お披露目パーティー

 冬学期が始まってから一週間が経った。学園では『王子の婚約者』となったエステルに嫌がらせをする者はいなくなり、怖いくらい平和な日々を過ごすことができた。

 竜舎に行ってリックにも改めて掃除の手伝いができなくなった理由を話すと、リックは納得すると同時にとても驚いていた。


「そりゃ王子様の婚約者がこんなとこで掃除なんてしてちゃいけないよ。でも本当、びっくりしたよ。学園でも街でも婚約の話で持ちきりだったし、まさかエステルちゃんがって思ったけど、よく考えると今までのことに納得した。殿下がこの竜舎の掃除を手伝ったりとかさ、あれも好きな人と一緒にいたいからってことでしょ? もしくは俺を警戒してたのかな。殿下も可愛いとこあるよね」


 そう言って笑うリックに、エステルは「また来ます」と挨拶をして別れたのだった。


 そして今日、学園の食堂でレクスたちと昼食を食べていた時、とある新聞記事の話になった。

 話を切り出したのはリシェだ。


「そう言えば今日の新聞にエステルの記事が載っていたわね」

「え? そうなのですか? 今日のはまだ読んでいなくて。どんな記事でした?」


 エステルはちょっと怯えながら尋ねる。混血であることや元庶民であること、犯罪者の元養子であったこと、奇妙な髪や目の色と、けなせるところは山ほどあるはずなので、そういう記事が出たのだろうと思ったのだ。

 しかしリシェはこう答えた。


「エステルが街で迷子の子供を助けたって記事よ。本屋の前の通りで」

「ああ、昨日の夕方に本屋に行った帰りの出来事ですね。小さい子が迷子だったので家を探そうとして、でもすぐに近くで買い物していた母親が来たんです。だから助けたってほどではないんですけど、あんなちょっとした出来事が記事になるなんて」


 悪い記事ではなさそうだから良かったが、これからは外を歩く時も常に見られている意識をしないといけないなと思った。


「まぁ、記者は今はエステルの話題なら何でも欲しいだろうからね」

「記事には『庶民に優しい元庶民の妃は、きっと我々の味方になってくれる存在になるだろう』って書かれていたわ」


 ルノーとリシェが順番に言う。


「そういう記事ならいくら出てもいいですね」


 安心してにこっと笑うエステルとは逆に、レクスとルイザは記事の内容を聞いて眉をひそめた。


「でももし私がエステルのことを直接知らなかったら、その記事を読んで嫌な人が妃になるんだなと考えたかもしれないわ」

「え、ど、どうしてですか? 迷子の子を助けたのに?」

「それは別にどうでもいいけど、庶民に優しいということは貴族を敵対視しているんじゃないかと警戒するのよ。この元庶民の婚約者は、いずれ私たち貴族の様々な特権をなくそうとするんじゃないかって」


 するとレクスも続いてこう言う。

 

「ルイザの言う通り、エステルは弱い者に親身であるという記事が出れば庶民はエステルを支持するようになるだろうけど、特権階級の者たちはエステルを警戒し始める。そうなるとその前に何とかしてエステルを潰そうと考える者も出てくるかもしれない」

「つ、潰す? それって暗殺とかですか……?」


 顔を青くして震えるエステルに、レクスは返す。


「そこまで極端な行動を取る者はいないと信じたい。エステルが殺されれば私は血眼になって犯人を探し出すし、犯人を見つけたら……」


 そこで物騒な顔になったレクスに代わって、ルノーが口を開いた。


「王族の番を殺すなんて、爵位や領地の剥奪、極刑と、命も地位も全てを失う可能性があってリスクが高過ぎる。そこまでして実行に移すような馬鹿な貴族はいないと思う。だけど……」

「余計な火種は生みたくない。エステルが庶民に寄り過ぎるのも良くない」


 顔をしかめたままレクスが言い、さらに続ける。


「早めにエステルのお披露目パーティーをしてしまった方がいいな。『将来の王妃は貴族嫌い』なんて勝手な想像をされる前に、エステルの人となりを知っておいてもらおう」

「貴族の中には気難しい人が何人かいるから、頑張れよ、エステル」


 バルトが笑って励まして、リシェは苦笑しながら喋り出す。


「特に扱いに気をつけなきゃいけないのはブラントン公爵かな。御年八十歳のお爺ちゃんで、貴族然としていて扱いにくいけど、権力も影響力もあるのよ。おまけに純血主義者だしね」

「確かに人間や混血を蔑んでいて、けれど王族でも邪険にはできない人だ」


 頷いて同意するレクスに、エステルはあわあわしながら尋ねた。


「そんな方に私はどう接したら……?」

「うーん、礼儀を持ってしっかり挨拶するしかないかな。私もあの御大の攻略法はまだ分かっていない。純血であれば無条件に優しくしてくれるというわけでもないしね。それにプライドが高いけど、あからさまに褒めると『世辞はいらん』と不機嫌になるんだ」

「難しいのよねー! 混血というだけで冷たい態度を取られるだろうけど、心折れないようにね」


 レクスとリシェの話を聞きながら、エステルは「が、頑張ります」と今から冷や汗をかいたのだった。


 

 予習というのは大事だ。

 試験でもそうだが、不安になったり慌てたりしてしまうのは十分に勉強をしてきていないから。逆にちゃんと対策をしてきた自信があれば、何も怖くないし堂々としていられる。

 そんな考えのもと、エステルはお披露目パーティーまでに貴族たちの予習を済ませた。名前と爵位はもちろん、領地の場所や趣味、好きなもの、それに家族の名前や年齢もできる限り覚えた。


「正直、誰に話しかけても話題に困らないです。行儀作法も体に叩き込みましたし、今日は私、自信しかありません」

「エステルが自信満々なのは珍しいね。可愛い」


 レクスは息をするように『可愛い』という言葉を口にしながら、薄桃色のドレスに着替えたエステルを眺めている。

 お披露目パーティー当日、すでに貴族たちは城の大広間に集まっている中、レクスとエステルも準備を済ませて控えの部屋で待機していた。

 今回は夜の早い時間からのパーティーなので、国王夫妻との顔合わせで着たドレスより華やかなドレスをエステルは着ていた。腕も襟元もエステルにしては露出が多めだが、若い娘ならば普通程度で、髪型もアクセサリーもリシェやリシェの母であるリサに任せているので、今日の装いについても自信しかない。地味な素材をこんなに素敵にしてくれるなんて天才だ。


「私、リシェたちに今回も完璧に仕上げてもらったので、どんなご令嬢にも負けませんよ」

「可愛い」


 胸を張るエステルに、もはやレクスは可愛いしか言わなくなった。

 そして執事が呼びに来ると、エステルはレクスと腕を組んで階下の大広間に向かう。ナトナも首にリボンを巻いて、心なし緊張気味に後をついてくる。

 パーティーの主催者である国王夫妻やフェルトゥー夫妻はもちろん、リシェやルノーたち、その他の来賓もすでに大広間に集まっているらしい。主役の二人は一番最後に現れるというわけだ。

 先ほど自信しかないと言っていたエステルも、みんなに注目されている中で大広間に入っていくと思うとさすがに緊張してきた。


(舐められてはいけないけど、元庶民だから庶民の味方をするに違いないと警戒されているから、多少は貴族たちにおもねらないと。国民に嫌われても駄目だし、貴族たちに敬遠されても駄目だし、気を遣う!)


 胃が痛くなってきたが、隣で冷静なレクスを見ると少し心が落ち着いた。


「大丈夫だよ。エステルは可愛いから」

「可愛いだけでは駄目なのですよ……」


 レクスの言葉にそう返しながらも、エステルはしっかり前を見て大広間の扉を見つめる。


「ナトナも胸を張ってね」


 そうしてナトナを伴って綺羅びやかな大広間に入ると、そこにいた人々の視線が一斉にこちらを向く。来賓の年齢は様々で、十代の若者から杖をついたお年寄りまでいる。ただ全員上等な服を身に着け、優雅に自身を飾り立てていて、立ち姿から上品だ。


(眩しい)


 天井のシャンデリアや金色の柱、飾られた花や調度品、貴族たちのアクセサリーやドレス、それにオーラ、全てが華やかで眩しく感じた。

 一瞬気圧されそうになったが、ドレスの内側で何とか足を踏ん張って背筋を伸ばす。値踏みされているような視線もあちこちから感じるが、堂々としておけばいい。


(私はレクス殿下にも、国王夫妻にも認めてもらったんだから)


 ロベリオ、シルヴィーの国王夫妻と、マルクス、ターニャのフェルトゥー夫妻、それにフェルトゥー家の嫡子であるエリオットがいる所まで歩いていくと、エステルは彼らと一緒に、次々にやってくる貴族たちに対応した。

 予習のおかげで、名前さえ聞けばいくらでも話題を振れる。


「エステル、こちらはモンテロイ伯爵と伯爵夫人だ」

「はじめまして、エステル・フェルトゥーです。モンテロイ伯爵家はかつて、イドーレの戦いで活躍された勇敢な一族だとお聞きしました。私、伝記も読んで感銘を受けたのです。戦士ドレイルは伯爵の何代前のご先祖様なのでしょう?」


 レクスの紹介を受けてエステルが言うと、モンテロイ伯爵は意表を突かれた様子でこう返した。


「ドレイルは私の五代前の当主ですが、知っていただいているとは光栄です。活躍したと言っても、他にもっと目立つ成果を上げた者はたくさんいますから」

「けれど戦士ドレイルは知略に富んでいて、リンネ峡での戦いなんてどうしたらあんな作戦思いつくのかと驚きました。それに伯爵も今、事業で成功されていて、聡明な方なのだろうと思っていました。私は貴族社会のことも国政も勉強中の身ですから、何か分からないことがあればお尋ねしてもよろしいでしょうか? どうか色々教えてください」

「もちろんですとも。何でも聞いてください」


 ははは、と笑う伯爵はまんざらでもなさそうな顔をしていた。

 こちらのことを調べて知ってくれていて、さらに敬意も持ってくれている、というのは相手にとって嬉しいことに違いないだろう。

 それにもしかしたら、思ったよりエステルが生意気な人物でないことにホッとして笑顔が出ている部分もあるのかもしれない。


「おかしな髪と目の色をしているけれど……悪い子ではなさそうね」

「元庶民の混血だと聞いたからどんな野暮ったい娘かと思ったが、所作も洗練されている。ぎこちなさがないから、よほど勉強されたのだろう」


 貴族たちとの挨拶が一通り終わった後で、招待客たちがひそひそと話しているのが聞こえてきた。少し話しただけで一気に好きになってもらえるほどの魅力は自分にはないけれど、それでも悪い印象は与えずに済んだのではないかと思う。


(やっぱり事前の準備が全てを救うんだわ。勉強万歳)


 心の中でそんなことを考えて、エステルはレクスたちから離れた。遠くにリシェとバルト、ルノーとルイザの姿を見つけたので、レクスに一言行ってそちらに向かったのだ。何か用事があるのか、レクスは国王夫妻と一緒に先ほど挨拶した親類の貴族にもう一度声をかけに行っているし、マルクスとターニャ、エリオットは別の貴族と話が弾んでいた。


「リシェ、バルトさん、ルノーお兄様、ルイザ様」

「どうして私だけ呼び方に距離があるのよ」


 エステルが四人に呼びかけると、ルイザにキッと睨まれた。


「いえ、だって……ルイザ様は〝ルイザ様〟という感じなので」

「私も呼び捨てでいいわよ」

「えー!? ルイザ様を!?」

「何よ、その反応」


 エステルとルイザのやり取りに他の三人が笑う。初めて会う貴族が多い中で、この四人と一緒にいると緊張が解けた。


「エステル、緊張して喉が渇いたんじゃない?」


 ルノーがそう言いながら使用人を呼び止め、彼の持っていたトレーから飲み物を選んでエステルに手渡してくれた。


「ありがとうございます、お兄様」


 りんごジュースを選んでくれたルノーのお兄ちゃんっぷりに感謝しつつ、やっと一息つけたエステルは大広間を見渡す。

 両親と一緒に来たであろうエステルと同じ年頃の男女もちらほらといて、学園で見た顔もいるが見知らぬ顔もいる。

 学園には庶民の特待生や成金の家の子もいるので、大事な娘に変な虫がつかないよう、女子だと親の方針で学園に通わせない場合もあるらしい。まさに深窓のお嬢様というわけだ。


 実際、そういう子たちにとって混血の元庶民であるエステルは汚らわしい存在なのかもしれない。自分たちを差し置いて王子に選ばれたという嫉妬もあって、こちらを見る目には嫌悪が滲んでいた。


(あそこの一団、ちょっと怖い)


 近くにいる深窓のお嬢様軍団の睨みに耐えきれず、エステルは冷や汗をかく。ルイザやリシェに遠慮しているのか直接エステルに嫌味を言いに来たりはしないが、こっちを見て陰口を叩いているのは分かった。

 ルノーもそれに気づいたのか、エステルを励ますようにそっと言う。


「嫉妬されるのはある程度仕方がない。エステルは胸を張って笑っていればいいんだよ」

「はい」


 ああいう手合は無視するのが一番ということなのだろう。エステルも関わりたくないと思って澄ました顔をしていたが、聞こえてきた陰口は遠慮がないものだった。


「混血の孤児が侯爵家に入り込んで、〝番というだけで〟殿下の婚約者になれるなんて本当に腹が立つ」

「いまいましいわ。あんなのが番だなんて殿下もお可哀想」


 これにはリシェたちも黙っていられなくなったのか、特にルノーとルイザが真っ先にお嬢様軍団に向かって行ったが、エステルは慌ててそれを止めた。


「ま、待ってください! 私なら大丈夫です」


 ここでの言い争いはただの喧嘩では済まないかもしれないのだ。家と家との関係もあるし、自分のせいでルイザたちにも迷惑をかけたら申し訳ないと思った。


(それに毎回毎回私の代わりに怒ってもらうわけにはいかないし、自分で平和的に何とかしないと)


 実はエステルもちょっとカチンときていたが、怒りは収めて――でも少しだけ好戦的な気持ちは残しながら――お嬢様軍団の方へ歩いていった。


「エステル?」


 ルノーが後ろから心配そうに名前を呼んできたが、エステルは止まらなかった。今やり合っておかないとこの先ずっと陰口を叩かれ続けるだろう。

 それにエステルはもう誰にも愛されていない混血の養子じゃないのだ。家族も友人も番もいる、周囲の人に愛されている存在なのだ。それだけで強くなれるし、勇気が湧いてくる。


「ごきげんよう、私に何か言いたいことがあるのですね」


 強気なエステルの態度は令嬢たちの癇に障ったらしく、より強く睨まれた。


「殿下が自分の味方だからって図に乗って……」


 エステルは彼女たちの気持ちも理解できた。どこの馬の骨かも分からない元庶民が、運良く王子の番だったという、ただそれだけで大きな顔をして自分たちの上に立っている。そんなふうに感じているのだろう。

 エステルは穏やかに言う。


「番というだけで、ってきっと多くの人が私のことを思っていると思います。たまたま殿下の番だっただけで、私自身には何の魅力も才能もないのに、どうして貴族の自分たちを差し置いて威張っているのかって」


 エステルとしては威張っているつもりはないが、堂々としようとすると、周りからはそう見えることもあるだろう。

 エステルはそこで、これ以上なく真剣な顔をして言う。


「――けれど、私以上に殿下のことを愛している方はここにいるでしょうか? 私が世界で一番レクス殿下のことを愛している。その一点において、私は確かにちょっと威張っているかもしれません」


 しんとしてしまったお嬢様軍団にエステルは尚も言う。自分の胸に手を当て、力説した。


「殿下を思って夜も眠れない、胸が苦しくてのたうち回るような思いをしたことがありますか? 毎日毎日殿下を夢に見ていますか? 好き過ぎて、思わず号泣しながら告白しちゃったことありますか? ……もしもいるなら、その方だけは私に文句を言ってもらって構いません。どうしてあなたが選ばれたの? と」


 反論できないのか引いているのか分からないが、相手は何も言い返してこないので、エステルは最後にこう言った。


「番という本能に一番抵抗してきたのはきっと私と殿下です。抵抗してきた上で、番ということを抜きにしても相手のことを一番愛しているのです。それに私は番という立場に安座するのではなく、努力したいと思っています。きっとあなた方にも認められるような妃になります」


 すると少なくともこのお嬢様軍団の中には、ここでエステルに言い返せるほど大きなレクスへの愛を抱いている人物はいないようで、面白くない顔をしながらもすごすごと逃げるようにエステルから離れていったのだった。

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