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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第三章

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54 冬学期

「ありがとう」


 レクスは嬉しそうに言って穏やかな笑顔を見せた後、話を戻して続ける。


「そう言えば『番とは何か』という話だったね。実は……」


 レクスはそこでエステルを膝からそっと降ろすと、立ち上がって部屋に置いてある本棚に向かった。一時も離れたくないというように、エステルの手を繋いで一緒に連れて行きながら。


「番とは何なのかということは、私もエステルに出会ってから調べたりしたよ。強烈な恋心に混乱していたからね、自分を冷静に保つためにも情報が欲しくて」


 本を選びながらレクスは続ける。


「だけど番に関する研究は、実はほとんどされていないようだ。番に興味を持つのはほとんど女性だけど、女性の研究者っていうのはそもそもあまりいないし、男はロマンチックな運命の人の研究なんて格好悪いとやりたがらないから。あと実際に番を得た者は、男女問わず満足してしまってそれ以上詳しく調べようと思わないのかもしれない」

「研究を進めても誰も大きな得をしなければ損もしない分野ですし、損得抜きで調べようという意欲のある人がいなかったんですね」


 エステルたちのように身分差が大きかったりして、どうして番がこの人なんだろう? と不思議に思わなければ普通は調べもしないのだろう。


「番に関することが書いてあったのは、この辺りの本だよ。どれも大したことは書いてないけど」


 レクスは分厚い本を五冊ほど取り出すと、片手でそれを抱えながら最後にもう一冊手に取った。


「あとはこれも。『ジェリー・ブラントンの研究日誌』。番に憧れがあったけど自分に番はいなくて、どうしていないのかってところから研究を始めたらしい女性研究者の本だよ。文章がこう……話好きの御婦人みたいにあっちこっち脱線して私は半分もいかないうちに脱落したけど、同じ女性が読んだらもしかしたら面白いかもしれない」

「ありがとうございます」


 番に関する本はどんなものでも読みたかったので、エステルは有り難く借りることにした。


「帰るまでまだ時間がある。本はここに置いておこう」


 レクスはテーブルに本を置くと、今度は窓辺にエステルを連れて行く。窓からは城の裏庭が見え、季節的に花はほとんど咲いていないが、芝生は綺麗な緑色に保たれている。上から見下ろすと、レンガが敷かれた曲線の小道や剪定された庭木が作り出す模様が美しい。

 と、そこを文官のような格好をした若い男性が二人、大きな巻紙を抱えて歩いていくのが見えた。向こうにある倉庫のような建物に持っていくのかもしれない。


(文官……)


 エステルの夢は、城で働く文官になることだ。絶対に文官になりたい! というわけではないが、貧しい庶民向けの図書館や学校を作るためには文官になるのが手っ取り早いと考えていた。


「レクス殿下、殿下の妃になると文官にはなれないでしょうか?」

「そういえばエステルは文官になりたいと言っていたね。まぁ正直、なれないと思う」


 レクスは少し申し訳なさそうに答える。


「前例がないし、王太子妃が文官として働いていれば周りも気を遣う。妃としての公務もあるからどちらも中途半端になるよ。無理をして体を壊すのも心配だ」

「そうですよね……」


 がっかりしながら言うエステルに、レクスは続けた。


「というか、王太子妃になれば一介の文官よりずっと権力はあるから、図書館や学校を作るのがエステルの目標であれば、別に文官にならなくてもいいんだよ。私の母も個人的に孤児院を作って運営に携わっている。国民からの好感度も上がるし、エステルが図書館や学校を作ることに反対する臣下はいないだろう」

「なるほど! 確かに私のやりたいことって文官でなくてもできるかもしれません」


 エステルはポンと手を打って納得する。


「でも殿下と結婚した方が夢も叶いやすくなるなんて、全てが上手く行き過ぎて逆に戸惑ってしまいます。私は自分の夢まで手に入れていいのでしょうか」

「またそんなことを……。私たちはお互い、相手が自己卑下しないように努めなければいけないな」


 レクスは困ったように眉を下げて笑った。


「私の番には世界一幸せになってもらうつもりなんだから、それくらいで怖気づかないで」


 そう言うと引き出しのついた机に移動して、そこから四角い紺色の箱を取り出し、持ってくる。


「これから贈り物も遠慮なくするからね。慣れてほしい」


 レクスが箱を開けると、そこにはダイヤが輝く美しいネックレスが入っていた。


「これは、私にですか?」

「もちろんそうだよ。婚約した証みたいなものかな。大きなダイヤの付いた指輪を贈るのが上流階級の流行りではあるけど、それはエステルはあまり喜ばなさそうというか、指輪は邪魔だと思うタイプかなと」

「じゃ、邪魔だなんて思いませんよ……」


 と言いつつ、確かに勉強している時に視界で指輪にキラキラ輝かれると邪魔かもしれない、と思ってしまった。


「ありがとうございます、こんな良い物」


 エステルは恐縮しながらネックレスを受け取った。持っているだけでもちょっと緊張してしまう。

 レクスはエステルの反応を観察して、自分の顎に手を当てながら言う。


「ネックレスもそんなに好きじゃないんだね。私の番は難しいな。宝飾品全般、興味ない?」

「いえ、綺麗なものは好きですよ! このネックレスも本当に嬉しいですし!」

「無理しなくていいよ。エステルは本以外で何を貰ったら嬉しい? 今後の参考にさせて」

「本以外ですか? うーん」

「最近貰ったもので何か嬉しかったものはある?」


 そう質問されて、エステルは真面目に考えた。フェルトゥー家の養子になってから、家族に色々と買ってもらう機会は多い。どれも嬉しくて有り難かったし、一番を決めるのは難しい。

 と思ったが、ふと思いついてエステルは弾んだ声を上げる。


「そういえば、大きなぬいぐるみをエリオットお兄様がプレゼントしてくださったんです。すごく可愛くてお気に入りなんですよ。寝る時は寝室に連れて行ってます」

「ぬいぐるみね、なるほど。思いつかなかったな」


 子供のように喜んでいるエステルを見て、レクスは少しだけ悔しげだった。


 そしてその翌日、レクスはさっそく大きなうさぎのぬいぐるみを馬車に乗せ、フェルトゥー家までやって来た。エリオットがくれたものより、さらに大きなぬいぐるみだ。


「これをエステルに。喜んでくれるかな?」

「もちろんです! ありがとうございます。可愛いし、とっても嬉しいです! ……でもあの、ぬいぐるみはもう大丈夫ですからね? これ以上大きな子が増えたらベッドが埋まっちゃいます」


 エステルは喜びつつも、限度を知らなそうなレクスに一応念を押しておいたのだった。



 国王夫妻から結婚の承諾を貰い、エステルたちは無事に婚約を周囲に発表できる状況になった。大々的に国民に伝えるわけではないが、レクスは懇意の貴族や臣下に直接、あるいは手紙を送って伝えたようだ。

 そうして一部の人に伝えただけでも、噂というものはあっという間に広まり、冬季休暇中に新聞の記事にもなった。


 レクスや父のマルクス、兄のルノーはエステルに新聞記事を見せたがらなかったが、こっそり自室に新聞を持っていって読んでみると、やはりエステルのことは好意的には書かれていなかった。


(覚悟はしていたけれど)


 エステルは椅子に座ってじっくりと『レクス王子、婚約』の記事を眺めた。

 エステルが混血の元庶民で、犯罪者の養子だったことも書かれてある。王家やフェルトゥー家に気を遣ってか、真面目で成績優秀だと一応褒めてくれてもいるが、混血や犯罪者の養子という言葉の衝撃が強過ぎて、ほとんどの人は目に入っていないかもしれない。


(国民はきっと不安だろうな。こんな人が将来の王妃で大丈夫かって)


 だが、国民の中にはエステルを支持してくれる者もいるだろう。元庶民の妃ならばきっと自分たちの味方になってくれるだろうと期待もするはずだから。

 問題なのは貴族や役人たちだ。貴族の生まれではないエステルに反発する者は絶対に出てくるだろうと予想できる。自分が嫌われるだけならいいが、レクスにも敵を作ってしまうのは嫌だった。


(怖いけど、これからは積極的に社交界に顔を出すようにしないと。混血だとか犯罪者の養子だったとか、そういう断片的な情報じゃなく、私自身を知ってもらわないといけない。その上で貴族たちに嫌われるならしょうがないわ)


 レクスから冬の間にエステルのお披露目パーティーみたいなものを開くと聞いているし、そういう場でできるだけ好印象を与えたいと思った。


「好印象を与えるには、行儀作法やマナーをしっかりするのが大前提。ドレスとか外見のことはリシェたちに任せれば完璧にしてもらえるし、となると後は予習ね。貴族たちの情報を頭に叩き込まないと」


 暗記は得意だし、勉強に近いことをするとなると意欲も出る。貴族たちの名前と爵位、領地の名前や位置、家族構成に家族の名前、これまでの功績ややっている事業――覚えることが多く普通ならうんざりするところだが、勉強が好きなエステルはわくわくしながらレクスやマルクスたちに話を聞きに行ったのだった。



 そしてほぼ毎日レクスと一緒に過ごした冬季休暇が終わると、リテアラス学園の冬学期が始まった。

 エステルの警護は以前に比べると厳重になり、行き帰りの馬車には城から派遣された騎士が二人付き、変に目立たぬよう御者として変装して馬を操っている。


「どうもありがとう」

「お気をつけて」


 御者になりきっている騎士たちに声をかけ、ルノーとナトナと一緒に校舎に入る。生徒たちはみんな婚約のことを知っているらしく、エステルはフェルトゥー家の養子になった時以上に注目された。


「来たわ、彼女よ」

「以前からレクス殿下たちとよく一緒にいたものね。番だったなら納得だわ」

「王子の番だったなんて本当に運が良いわよね。羨ましい」


 ひそひそと聞こえてくる話し声や眼差しからは、羨望の気持ちが読み取れた。妬みも少しあるだろうが、思ったほど悪い感情は向けられていない。それはきっと、エステルが王子の婚約者という手の届かぬ場所にいるからだ。ここまで来るとただ羨ましいだけで、悪口を言って貶めてやろうという気持ちは起きないのだろう。

 

「きっと教室に着くまでも大変だよ。上手く躱して」


 ルノーはフッと笑ってそう言うと、自分の教室に向かった。どういうことだろう? と疑問に思いながらエステルは歩き出したが、すぐに答えは分かった。


「おはようございます、エステル様」

「ご婚約おめでとうございます」


 クラスメイトどころか顔もよく知らない生徒まで、次から次へと挨拶してくるのだ。


「え? あ、おはようございます、ありがとう……」


 エステルも困惑したが、ナトナも生徒たちに囲まれてびっくりしている。これではなかなか教室に着きそうにない、と笑顔で対応しつつも早足で廊下を進んでいると、人垣を抜けた先でふと窓の外に目が行った。

 中庭の木の枝に、カラフルな異国の鳥が止まっているのが見えたのだ。


(宮廷魔法使いが操っている鳥ね。今日からまた学園内を見守ってくれるんだわ)


 レクスも引き続き学園の中では鳥を使った警備を続けると言っていた。

 と、エステルが立ち止まって鳥に向かって軽く会釈していると、後ろからレクスに声をかけられた。


「何を見ているの? ああ、あの鳥か」


 レクスは後ろから軽く抱擁するようにして片手をエステルの腹部に回し、顔を近づけて言う。その途端、周囲の女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。

 エステルも赤面しながら振り返り、距離の近い婚約者を見上げ、とりあえず「おはようございます」と挨拶をする。


「でも殿下、どうしてここに? 三年の教室は向こうでは……」

「エステルの顔を見るために来たんだ。玄関で会えなかったからね。これからは我慢しなくていいんだから、エステルに会いたいと思ったら会いに来るよ」


 好きなようにする宣言をしながらレクスは甘くほほ笑み、周りの女子たちからは再び悲鳴が上がって謎に盛り上がっている。


「レクス殿下ってあんなに甘いお顔もされるのね」

「それにあんなに優しいお声で話をされて、驚いたわ」

「関係ないのに私ったらドキドキしちゃって……」


 普段ちょっと冷たく見える分、番を溺愛するレクスの態度は破壊力が高いのかもしれない。エステルも未だ慣れずにいちいち動揺してしまうのだ。


「あの子……エステル様も何だか雰囲気が変わったわよね。堂々としたと言うか」

「そりゃレクス殿下に選ばれたのよ? 胸を張りたい気持ちにもなるわよ」


 そんな囁きも聞こえてきた。確かに以前と比べれば、自分の背筋も伸びてきちんと前を向けていると感じる。


(誰かに大事にされるというだけで、自分に自信がつくのよね)


 例えレクスがごく普通の庶民であっても、他人から愛されるというだけで自己肯定感は上がっただろう。


「殿下……」


 他の生徒もいるというのに、レクスはエステルを後ろから抱きしめながら頭に自分の顎を乗せ、落ち着いてしまった。

 予鈴が鳴るまで動かないかもしれない、と思ったエステルは、教室に行くのを諦めて世間話をする。


「そう言えば冬季休暇中にお借りした本、ありがとうございました。また返しに伺いますね」

「もう全部読んだの? どうだった? それほど面白いことは書いてなかっただろう?」

「いえ、面白かったですよ。特に『ジェリー・ブラントンの研究日誌』なんて」


 エステルがそう答えると、後ろでレクスが不可解そうに眉根を寄せたのが分かった。


「あれはほとんど日記だったよね? 最初の方はなぜこんな素晴らしい自分に番がいないのかって延々と愚痴が書かれていたし」

「ええ、確かに」


 エステルはそこで笑ってから続ける。


「愚痴以外にも脱線が多くて、隙あらばジェリーの身の上話が紛れ込んでくるのですが、中盤以降はちゃんと調査結果などが書かれていましたよ。自分には縁のなかった番、その番を得た者たちが不幸になっていたらちょっとは救われる、という不純な動機からではありますが、割としっかり研究していました」


 彼女は貴族の生まれでお金も時間もあったらしく、番のいる竜人たちにとにかく会ってデータを取っていた。過去に遡って調査もしているし、番に関する情報を十分得て、最終的に『番とは何なのか』を自分なりに考察していたのだ。

 その考察がエステルとしては他の本に書いてることよりしっくりきた。


「ジェリーの考えでは――」


 と、そこで予鈴が鳴ったので、お喋りはまた今度にして、エステルは地味に抵抗するレクスを何とか自分から引き剥がした。


「殿下、またお昼にお会いしましょうね」


 別れを渋るレクスに手を振って、エステルは教室に入った。レクスとお喋りするのも楽しいが、授業もきっちり受けたいので仕方がない。

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