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49 決意

 レクスと両想いになったことも、レクスが混血のエステルの存在を丸ごと受け入れてくれたことも、全てが夢のようだ。

 ナトナは婚約という意味も分かっていないだろうが、エステルが幸せそうだからかずっと満足そうな顔をしている。


 そしてエステルの部屋でしばらく二人で話した後、レクスは楽しげに言う。


「私たちのことをさっそくフェルトゥー夫妻に伝えに行こうか。ルノーにもね」


 ふわふわした気持ちのままのエステルを連れて、レクスは一階に下りていく。ナトナも後をついてきた。

 ちょうどフェルトゥー家にいるので報告することにしたのだろうが、展開が早過ぎてエステルはいまいちついて行けてない。今も恋人みたいにレクスが手を握っているのが信じられなかった。


(恋人……。恋人になったのよね、私たち)


 両想い、番、婚約者、恋人。どれも自分にはもったいない言葉で、のみ込むにはまだ時間がかかりそうだ。

 夢見心地でぼーっとしているエステルとは違って、レクスは何だか生き生きしている。エステルを振り返って目が合うとほほ笑んでみたりして、足取りも軽い。

 

(殿下にこんな言葉使うのは失礼かもしれないけれど……まるではしゃいでいるよう)


 そう思うとレクスが可愛く見える。いつもは冷たい雰囲気すらまとっているレクスと、しっぽを振るナトナが重なって見える時が来るとは思わなかった。

 一階に着くと、家族みんなで団らんする時に使う私室には、マルクスとターニャ、ルノーがまだ残っていた。三人はエステルたちが来たのに気づくとサッとこちらを見る。

 そしてしっかりと繫がれた手とレクスの表情を見て察したのか、安堵したようにほほ笑んだ。


「もしかして、色々と良い方向に進んだのかな?」

「やっとか」


 マルクスとルノーが順番に言う。

 するとレクスは表情を引き締めて、いつも通りの冷静な調子で話し出した。


「私とエステルは番でした。それを確認してお互いの気持ちを確かめ合ったので、ゆくゆくはエステルと結婚したいと思っています」

「まぁそうなるでしょうね」


 マルクスは驚くことなく、突然の婚約宣言を受け入れた。


「お許しいただけるでしょうか?」

「もちろん。うちから王家に嫁ぐ者が出るのは名誉なことです。それに何よりエステルにとって、番という大切な人と一緒になることは一番の幸せでしょう。エステルが望むなら、我々は反対することはありません」

「はい……、あの、私もレクス殿下をお支えしたいです」


 エステルはおずおずと、けれどはっきり自分の気持ちを口にした。

 ルノーは息を吐くと、安心したように笑って言う。


「とにかく良かったよ。丸く収まって。これでレクスの精神状態も安定する。一時期はどうなることかと思ったけど」

「……迷惑をかけたな」


 レクスはぼそっと返した。


「迷惑なんかじゃないさ。面白かったよ」


 そう言うルノーをひと睨みすると、レクスはマルクスとターニャに話しかける。


「父と母には今日にでも私から話をして、近いうちにエステルとも会ってもらいます。婚約の発表はその後に」

「分かりました」


 マルクスが頷くと、ターニャが立ち上がってこちらにやって来る。そして感慨深げに目を細めて言った。


「良かったわね、エステル。あなたはこれからもっと幸せになれる」

「ありがとうございます。お母様ったら、もう泣きそう」

「年を取ると涙脆くなるのよ」


 ターニャは瞳を潤ませながら返したが、マルクスから「君は若い頃からそうだったよ」と言われていた。

 光の精霊のハーキュラにも一応ルノーがエステルたちの婚約を伝えてくれたが、「そうか」というあっさりした返事で、全く興味がないわけでもないがあるわけでもないといった様子だ。モネに至っては寝ているので一切状況を把握していないが、起きていたとしても反応は薄かっただろう。


「早く帰って色々とやりたいことがあるので、今日はこれで失礼します」


 そうして一旦報告が終わると、レクスはマルクスたちに挨拶をして部屋を出た。フェルトゥー家の馬車で城まで送ってもらうようだ。


(もう帰ってしまわれるのね)


 エステルはしょんぼりしながらレクスについて廊下を歩く。せっかく想いが通じ合ったのだからもう少し一緒にいたいが、レクスも両親と話をしたり忙しいだろうしわがままは言えない。

 すると前からフッと笑い声が聞こえてきて、顔を上げるとレクスがこちらを見てほほ笑んでいた。


「エステルが何を考えているか分かるよ。私も同じ気持ちだ」


 レクスに優しく手を引かれ、自然と胸の中に収まる。抱きしめられて緊張もするが、自分のいるべき場所にちゃんといる感覚がして安心もした。

 エステルはぎゅっと目をつぶって言う。


「レクス殿下がナトナのような姿をしておられたら良かったのに。そうしたら抱っこしていつも一緒にいられます」


 両想いだと分かっているので、エステルはいつもより素直に自分の願望を口にした。するとレクスはその願望を笑った後でこう言う。


「それも分かるよ。私も思う。鳥かごで鳥を飼うように、エステルを私の部屋に閉じ込めておけたらなと」

「閉じ込め……?」


 願望が若干物騒だったがそれ以上追及しないことにして、エステルはそっとレクスに身を預けた。こうしていると肌寒さが随分ましになる。

 喋らないでいても変に焦ることはなく、穏やかな時間が流れていく。ナトナはルノーたちと部屋に残ったのだろうか、透明になって近くにいる様子はない。

 

(レクス殿下はやっぱり良い匂いがするわ)


 エステルがそんなのんきなことを考えていると、レクスは静かに口を開いた。


「婚約発表後はナトナにはずっと姿を現していてもらおう。ナトナは子犬のような姿をしているとはいえ、精霊が側にいるだけで多少の抑止力にはなる。これからエステルを狙う者が出てこないとも限らないから、一応ね」

「分かりました」

「精霊魔法が使えるということももっと広く周知させるんだ」


 まだ両想いになった余韻に浸っているエステルとは違って、レクスは先のことを色々考えているようだ。

 

「それから……ダードンたちの事件についてだけど」


 少し言いにくそうにしながらレクスが続ける。エステルの元義父であるダードンは貴族を騙して違法な薬を売っていて、元義母のマリエナもそれに協力していた。


「ダードンたちの罪を暴いたのはエステルだということにしよう。被害を受けていた貴族たちを救ったということにするんだ。新聞の記事にすれば貴族や国民からエステルへの好感度が上がるし、そうすればエステルが余計な中傷を受けることもないだろう」


 レクスはエステルのことを心配しているのだろう。王子の婚約者となり注目の的になれば、エステルの過去も暴かれ、蔑まれたりする可能性がある。それでエステルが傷つくことを恐れているのだ。

 だから用意周到に、多少の嘘をついてでもエステルを守ろうとしてくれている。

 その意図は理解しつつも、エステルはレクスから少し体を離して言う。


「いいえ、私は義父たちの行いに気づけなかったんです。誰のことも救っていません」

「嘘でもいいんだよ。エステルの身を守るためには作り話も大事だ」

「でも自分を英雄のように語るなんて……。それなら周囲から蔑まれていた方がマシです」


 最後の言葉は、エステルにしては力強い声音で言った。

 金色の丸い瞳でじっと見上げると、レクスは驚いたように僅かに目を見開いた後、困ったような顔をする。


「エステルは意外と頑固だね。人を頼らないし、いじめられてた時とかも……本当に私がどれだけ……」


 独り言のように呟く。この話を広げると責められそうなので、エステルは「すみません」とだけ返して流した。

 レクスは最後に軽く笑みを漏らすと、エステルの手を引いて玄関へ向かう。


「それが良いところでもあるけどね。ところでエステルが私の両親に会うのは、一週間くらい先になりそうかな。父も母も忙しいし。それにリシェがエステルのために新しいドレスを作りたがるだろうから、その後で」

「た、確かに国王夫妻にお会いするなんて何を着ていけばいいのか……」

「何を着ても似合うと思うけど、まぁリシェに任せておけばいいよ」


 さらっと褒められたが、確かにリシェに任せるのが一番だ。


(国王夫妻ってどんな方たちかしら。優しい方だと良いけど……)


 エステルは国王や王妃の顔も知らないし、もちろん一度も会ったことはなかった。ただ国王は人格者で、王妃はとても美しい女性だという噂は聞いたことがある。


(レクス殿下は王妃様に似たのかしら)


 そう考えてほほ笑ましい気持ちになる。そして王妃という言葉から、改めて自分の置かれた現状を考えた。


(順調に行けば、私もいずれ王妃になるなんて本当に信じられないわ。だって王妃よ? 王の妃なのよ? 国に一人しかいない、すごい人なんだから)


 エステルが今考えたことを声に出して言っていたら、きっとレクスに笑われていただろう。

 高ぶっていた気持ちが収まり冷静になると、エステルは段々と怖くなってきた。

 

(レクス殿下と無事に結婚できたとして、国を代表するような立場、私に務まるのかしら? 殿下を好きという気持ちだけで突き進んでしまって良いの?)


 レクスに「私なんかと言わないで」と言われたのであまり自分を卑下するつもりはないが、それでも世間知らずの自分に王妃が務まるとは思えなかった。


(どうしよう。何か他に道はないかしら? 私が王妃にならずに、レクス殿下とも一緒にいられる道が……)


 落ち着いて考えるほど怖気づいてしまう。人には持って生まれた素質があると思うが、自分には王妃になれる素質はない。魅力的な外見や性格など、人を惹きつけられるものを持っていないし、度胸もなければ度量もない。

 おまけに混血だから、混血の王妃に反対する国民たちに暴動を起こされてもおかしくない。そうなればレクスにも大きな迷惑がかかる。


(結婚は止めにして、恋人同士でずっと側にいませんか? って言ってみようか……。私は国政に関わったり、公務をこなせるような立派な女性じゃないんですって)


 弱気になったエステルが頭の中で悶々と悩んでいるうちに玄関に着いた。ちょうど執事と御者が馬車の準備を整えている。

 レクスはそこで改めてエステルに向き直ると、普段の少し冷たい雰囲気を全て消し去って、幼くも見える純粋な笑顔を咲かせる。


「さっき、エステルは私を支えると言ってくれたね。想いが通じたことも嬉しいが、自分の味方となってくれる存在ができたことも嬉しい。重圧の多い立場で、王になることを少し怖いと思う時もあった。でも君が隣で一緒に歩いてくれるなら、もう何も怖くない」


 レクスは心から喜んでいて幸せそうだ。そしてその姿を見たエステルには、きゅんとするを通り越して胸を撃ち抜かれたかのような衝撃が走った。


(少し恥ずかしそうな少年みたいな笑顔っ……! 可愛い!)


 レクスという存在は、恋心だけでなく母性本能みたいなものまで刺激してくるらしい。


「うぅ……」

「どうした? エステル」


 苦しげに胸を押さえるエステルを、レクスが心配そうに覗き込む。


(そうか、殿下も怖かったんだ)


 エステルは心臓を押さえつつ考えた。レクスは自分に自信を持っていて、恐れなんて感じていないと思っていたけど、それは勘違いだった。


(自分だけ重圧のある立場から逃げようとしていたのが恥ずかしいわ。殿下の側にはいたいけど、王妃になるのは嫌だなんて)


 エステルは顔を上げると、レクスの両手を自分の両手で握って力強く言う。


「私、レクス殿下をお守りしたいです。役に立ちたいし、お支えしたいです」


 これまでは自分が愛してもらえるかどうかを一番気にしていたが、今、レクスを愛して守りたいという強い想いが溢れ出てきた。レクスのこの笑顔をずっと見ていたい。


「レクス殿下を好きだという強い気持ちが確かにあることはもう分かっていますから。この気持ちがあれば殿下を支えられると思うんです。きっと殿下を幸せにしてみせます!」


 王妃になる素質なんて知らない。足りないところは死ぬ気で勉強して努力して補って、誰が何と言おうとレクスを支える。

 レクスの笑顔を見ただけで、迷っていた気持ちが一気に固まった。


「ありがとう」


 さっきよりもっと恥ずかしそうに、レクスは緩く笑う。珍しく頬が僅かに赤くなっていた。

 不安など簡単に吹っ飛ばしてしまう番の存在は良いのか悪いのか……。それは分からないけれど、エステルはレクスの妻となって生涯支える覚悟をはっきりと決めたのだった。

 

第二章終わり!

まだ続きます。

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