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 期末試験が始まり、ルノーたちと別れて一人になったエステルは、すぐにまた別の人物と出くわすことになった。


「いたいた! エステル!」

「ベルナ」


 振り向くと、ベルナがこちらに駆け寄ってきていた。今日はベルナも髪をハーフアップにしていて、長さや色こそ違うもののエステルとお揃いの髪型だ。


「調子はどう? 魔法は習得できた?」

「いえ、それが……」


 まだ習得できていないと話すと、ベルナははしゃいでいるような態度で返す。


「えー? コツを教えてあげたのに成功しなかったの? 本当に才能がないのね」


 けらけらと笑って言われてエステルは軽くショックを受けた。もう少し優しい言葉をかけてもらえると勝手に期待していた。

 けれどエステルと二人でいる時のこれが素のベルナなのだろう。


「ね、それじゃあ私と一緒に行かない? 私が動物を二匹捕まえて、一匹はエステルにあげてもいいしさ」

「ズルはしたくないの。それにそんなことしても先生に気づかれるわ。動物を拘束している『エルァロランゼ』の魔力を調べられるから」

「なんだ、知ってるのね」


 ベルナは肩をすくめて言った。


「ねぇ、一緒に行きましょうよ。何か私に手伝えることがあるかもしれないし」

「ごめんなさい、集中したいから一人になりたいの」


 エステルには珍しくはっきりと拒否をして、逃げるようにベルナから離れた。校舎に入り、廊下に一人になったところで考える。


(思えば、ベルナも私がフェルトゥー家の養子になった後で急に態度を変えてきた一人なのよね。それまで話しかけられたことがなかったのに、急に親しげに声をかけてきた)


 そう考えるとベルナは信用するべきではないのかもしれない。

 彼女がお金持ちの養子になりたいと思っていることも、そのためにエステルの真似をすることも、別に悪いことではないはずだ。目的のために努力しているだけ。エステルに大きな迷惑がかかっているわけでもないし、真似をしてくるからなんて理由で嫌うことはしたくなかった。


 けれどエステルの身分や立場の変化によって態度を変えてくる人というのは信頼できない。この先またエステルが庶民に戻るようなことがあれば、ベルナはきっと話しかけてこなくなると思うのだ。


(そんな人のアドバイス、聞くべきかしら……?)


 ちょうどその時、エステルのそばを茶色い猫が通り過ぎていった。どこか存在感がおぼろなその猫は、まるで『捕まえてごらん』と言うかのようにエステルをちらりと見上げた後、さっと走って階段を上り、かと思うと途中で止まってこちらを振り返る。


「ナトナ、駄目よ。良い子にしてて」


 透明の姿のナトナが興奮気味に小さくわふわふ鳴いている声が聞こえたので、慌てて制した。

 そして冷静になると、ベルナに言われたコツを一旦全て忘れて、エステルがより信頼している人たちのアドバイスを思い出す。


(呪文は正確に、落ち着いて、魔力を青い鋼鉄に変えるイメージで……)


 まだ立ち止まってくれている猫を見つめながら、かざした手のひらにサァーっと静かに魔力を集める。そうして発音にも気をつけながら呪文を唱えると、あまり意気込まず、スッと自然に魔力を放った。

 するとその魔力は猫を捕らえ、青く発光する光の輪になる。鋼鉄のように頑丈な輪だ。

 座っている猫の前足と胴体をまとめて拘束しただけだが、魔法の効果で力が入らなくなるのか、猫はその場でこてんと横になった。


「せ……成功した!?」


 一発で上手くいったことに驚いて声が裏返る。けれど、今まではまるで何かにせき止められていたかのように動かなかった魔力が、今回は滞りなく流れていった感じがした。魔力の核のようなものを何とか掴んで放てた感覚だ。


「やったわ。良かった……」


 きょとんとした顔で動かない猫を抱き上げると、魔法実技の教室で待機している教師たちのもとへ急ぐ。


「リシェ様の言うサァーってやってスッというイメージも分かるけど、私の場合スゥーってやってパッて感じの方がより上手くいく気がする。そしてレクス殿下が言ってくださった青い鋼鉄のイメージは、私にすごく合っていたわ。助言をもらえて良かった」


 独り言を言いながら実技教室に向かい、そこで捕らえた猫を教師に渡した。ちょうど二年の魔法実技担当のおじいちゃん先生がいて、彼は少しびっくりして言う。


「なんとエステル君か。君は苦戦するんじゃないかと思っていたが、ちゃんと今日までに『エルァロランゼ』を練習してきたようだね。まだ試験は始まったばかりだというのに早速捕まえてくるとは驚いた。合格だ」

「ありがとうございます!」


 嬉しくなって、エステルは笑顔で返した。努力したことがちゃんと成功すると爽快な気分になる。


(でも一人じゃ無理だった。みんなにアドバイスを貰ったおかげね。後でまたお礼を言わなくちゃ)


 早々に合格したので今日はもう帰ってもいいのだが、エステルは『エルァロランゼ』のコツを忘れたくなかったので、引き続き幻影動物を探すことにした。教師が魔法で作った幻影動物は生徒の数以上いると言っていたので、エステルがもう一匹余分に捕まえても支障はないだろう。


「合格は貰えたけれど、さっきの『エルァロランゼ』は私の魔法が未熟なせいで弱々しい拘束に見えたから、次は完璧に発動させたいわ」


 一度成功したことで楽しくなってきて、足取り軽く校舎を歩く。廊下や教室にはちらほらと生徒や幻影動物たちがいて、各自必死に捕獲しようとしていた。

 エステルは人が少ないところを探して食堂まで来たが、そこにも七人の男女のグループがいて、食堂の中を飛び回る色とりどりの鳥たちを拘束しようとしていた。


(ここはいっぱいね)


 鳥と生徒の数が同数に見えたので、踵を返して他へ行こうとする。

 が、そこで一人の男子生徒が独り言のように愚痴を言った。


「あー、もう。全然上手くいかねぇじゃん!」


 ふと彼らの様子を見てみれば、みんな『エルァロランゼ』を成功させられていない。鳥に向かって呪文を唱えるものの、魔法は発動していなかったのだ。


(あの人たち……)


 食堂にいたのはみんな二年生で、エステルと同じクラスの生徒もいる。全員知っている顔だ。

 彼らは下級貴族や役人の子で、この学園の中では上でも下でもない半端な地位にいる。だからなのか、自分たちより下だと思った者は徹底的にけなして馬鹿にする傾向があった。上に強く出られない分、下を攻撃するのだ。

 実際エステルも、通り過ぎざまに彼らに混血であることを罵られたりした記憶がある。そして教科書に落書きをしたり、密かに嫌がらせを続けていた者の中にも、主犯かどうかは分からないが彼らがいたかもしれないと思っている。以前、エステルに自作の魔法薬を無理やり飲ませようとしてきた女子生徒二人とはまた別の生徒たちだが、いずれにせよエステルとしては避けたい相手だ。

 声をかけるのも怖いし、自分が今は侯爵令嬢で彼らより強い立場になったと言えど、ビクビクしてしまう。


「何で発動しないの? 今回こそちゃんとしないとお父様に叱られてしまうわ」


 一人の女子生徒がため息をついて言うと、隣の男子生徒もうんざりした様子で口を開く。


「うちもいい加減しっかり勉強しろってさ。学園に通わせるのにも金がかかってるんだぞって」

「親が見栄張って通わせたくせにね」

「あー、成績なんてどうでもいいくらい権力のある家に生まれたかった!」


 文句を言いながら、彼らは何度も『エルァロランゼ』に挑戦しては失敗していた。


「このままじゃ本当にやばい。うち弟が優秀だからさ、また比べられる」

「私は医者の息子との婚約話が無しになるかも! 賢い嫁が欲しいらしくて」


 愚痴は嘆きになり、みんな必死に魔力を放とうとしている。しかしどれも上手く魔法の形にはなっていない。そもそもかざした手からちゃんと魔力が放出されていないように見えた。


(まるで私みたいな失敗の仕方。呪文は間違っていないようだけど……。それにしても、彼らは以前の私からすれば十分裕福で、好き勝手して幸せそうに見えたけれど、色々苦労はあるのね)


 エステルは五分ほどその場に留まり、悩んで迷った末に彼らに声をかけることにした。怖くて声は震えてしまったけれど、勇気を出して言う。


「ねぇ、あの、良ければコツを教えるわ。と言っても私もまだ完璧に『エルァロランゼ』ができるわけじゃないんだけど……」

「え……? 何て言った?」


 エステルの声が小さ過ぎたのもあるが、向こうも意外な人物から話しかけられてびっくりしたのか、耳に届いていなかったようだ。

 エステルは緊張しながら、『お前に教わることなんかない』と断られる覚悟で改めて言う。


「私も上手くできるわけじゃないけど、良ければ発動のコツを教えられるわ」


 今度は声が届いたらしく、七人は怪訝な顔をしながらお互いの顔をうかがった。

 数秒の沈黙にいたたまれなくなったエステルは、相手の答えを待たずに話を続ける。


「私も他の人からコツを聞いて、それでやっと成功したのよ。人によって魔力を操ったり魔法を発動する時の感覚は違うようだけど、あなたたちに合うものがあればきっと上手くいくわ」


 別に何も焦ることはないのだが、相手の反応が怖くてエステルは早口で喋り続けた。

 

「手のひらに静かに魔力を集めて、スッと自然に放つ感覚でやってみたらどうかしら? 魔力は青い鋼鉄に変えるイメージで、落ち着いて、呪文は正確にね」

「適当なこと言ってない?」


 すると黒髪の女子生徒が疑わしそうに片眉を上げて返してきた。エステルが侯爵令嬢になってしまったから強い口調で詰められないと思っているらしく、冷たいけれどキツすぎない微妙な声の調子で。

 少し太った男子生徒と茶色い髪の女子生徒も順番にも言う。


「俺たちももうコツは知ってるんだよ。他の優秀なやつに聞いたから。でもお前の言ってるコツって、そいつが言ってることとと全然違うんだけど」

「私たちが悪い成績を取ればいいと思って嘘を言ってるんでしょ。今までの仕返しをしようっていうのね」

「ち、違うわ……!」


 エステルは慌てて否定し、続ける。


「嘘は言ってないし、あなたたちに仕返しをするつもりもない。と言うか、仕返しされると思っているなんて、悪いことをしていた自覚はあるのね」


 少しチクリと言いたくなって指摘すると、七人はそれぞれ視線をそらし後ろめたそうな顔をした。

 しかしエステルはそれ以上責めることはせずに言う。


「いえ……こんな話をしたいんじゃないのよ。私は仕返しをしたいんじゃないわ」

「じゃあどうしてコツなんて教えてくれるのよ。教えたってあなたに利点はないじゃない」

「でも教えることで私に不利な点もないの。別に今回の試験は人数制限がないから合格する人が増えたっていいし、それならみんなで成功した方がいいじゃない。そもそも私はもう合格したし、余裕があるからコツでも教えてあげようかなっていうだけ」


 侯爵令嬢になって自分は調子に乗っているのかもしれない。ちょっと強気に言い返してしまった。でも弱気なままじゃ、彼らは素直に聞いてくれないと思ったのだ。

 エステルは強気に出ることができた自分を内心ちょっと褒めて、フッと笑顔を見せた。そしていじめっ子たちに臆することなく言う。


「さぁ、コツを頭に置きながらやってみて」


 すると何人かは何故混血なんかにアドバイスをされなければいけないのかと面白くなさそうな表情をしていたけれど、残りの二人は鳥に向かって手をかざし始めた。


「まぁ……最初に聞いたコツで上手くできてなかったんだから、他のコツも試してみてもいいかもな」

「なりふりかまってられないしね。えっと、落ち着いて静かにやる感じね。青い鋼鉄のイメージ……」

「あ、ちょっと! 自分たちだけ成功させようとして」


 面白くなさそうな顔をしていた生徒たちも、置いてけぼりになるのが嫌なのか挑戦を続ける。


「静かな感じよ。私にムカムカしているでしょうけど、心を落ち着かせて」

「わ、分かってるわよ!」


 エステルも遠慮なくアドバイスする。嫌われたって別に構わないと思ったら緊張も消えた。


「魔力のイメージは青。あと『サァーってやってスッ』とか、『スゥーってやってパッ』って感じ」

「何言ってんの?」


 感覚的な言葉には首を捻られたものの、七人はエステルの教えたコツを自分なりに落とし込んで『エルァロランゼ』を試す。

 一度ではなかなか上手くいかなかったが、みんなきっとエステルに比べれば魔法の才能があるのだろう、それほど長い時間はかからずに全員成功できた。


「やった! 上手くいったぞ!」

「私も!」


 彼らはこれまで真面目に授業を受けて勉強してきたとは思えないが、この一週間は割と真剣に『エルァロランゼ』の練習をしていたのではないだろうか。だから自分に合うコツを掴んだらすんなりと成功することができた。


「良かった!」


 エステルも嬉しくなり、手を叩いて喜ぶ。食堂は一時、みんなで盛り上がった。

 そして成功の興奮が落ち着くと、一人の生徒がエステルに向かって唐突にこう言う。


「二組のさ、ベルナってやつ知ってるか? 特待生の」

「ベルナ? ええ、知っているわ」

「俺たちは最初、あいつに『エルァロランゼ』のコツを聞いたんだ。けどお前が教えてくれたのとは正反対のことを言ってきて……。あいつ、絶対に嘘を教えたんだ。俺たちをはめようとしてさ」

「……私もベルナからのアドバイスは役に立たなかったけれど、わざとかどうかは分からないわ。ベルナはそれで成功したのかもしれないし」


 エステルもベルナのことをあまり信用できないと思い始めていたところだったので、中途半端にしか擁護できなかった。

 男子生徒は続けて言う。


「庇う必要ないって。ベルナには気をつけた方がいい。あいつ最近、俺たちから魔力を集めたり、金を集めて魔力石を買ったりしてたんだ。エステルが気に入らないなら協力しろって言ってさ」

「え?」

「何か企んでるんだよ」


 戸惑うエステルに、七人は申し訳なさそうに白状する。


「ごめん、私たちベルナにお金をあげちゃったのよ」

「あなたが侯爵家の養子になったのが気に入らなくて、私も魔力を分けたわ。うちにある魔力石もあげちゃった」

「ベルナが何を企んでるのかは知らないけど、エステルが嫌な目に遭えばいいと思っちゃってさ……」


 後ろめたそうにボソボソと言い、そして続ける。


「それからこれも謝らないと。教科書に落書きしたりして、お前に嫌がらせしてたの……俺たちなんだ」

「他にもやってた生徒はたくさんいたけど、私たちも面白がってやってしまったわ」

「ごめんなさい。謝っても許してもらえないかもしれないけど……」

「ごめん」

「ごめんなさい」


 人に頭を下げることに慣れていないせいで、ぶっきらぼうな謝罪ではあった。人によってはそんな態度では許さないという者もいるだろう。

 けれどエステルは彼らが後ろめたそうにしているのに希望を持った。やはり悪いことをしていた自覚はあったのだ。混血であるエステルを人と思わず、いじめても罪悪感を全く持っていなかったわけではないのだ。

 正直しっかりとした反省はまだしていないと思えたが、それでも許そうと思った。エステルは今、新しい家族を得て幸せだから許せる。


「いいのよ、とは言えないけれど、謝罪は受け入れるわ」

「別にあなたが侯爵家の養子になったから謝ることにした訳じゃないのよ。ただ今日こうやって話してみて、申し訳ない気持ちになったから」


 神妙な顔で言う黒髪の女子生徒に、エステルはすっきりとした笑顔で返した。


「話をするのは大事ね。私も今日、みんなと話せて良かったわ」

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