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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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42 寂しい夜

 その日、学園に行くと廊下に中間試験の結果が張り出されていた。春学期と同じく、座学試験の総合成績の上位者が順番通りに記されている。


「やった! 一位だわ!」


 ちょうど周りに誰もいなかったので、エステルは結果を見るなり小さく拍手して喜んだ。努力した成果が出るのはとても嬉しい。


(お父様たちもきっと褒めてくださるわ)


 少しわくわくした気持ちになりつつ教室に戻ろうとしたところで、後ろから急に声をかけられた。


「あなたって本当にすごいわね!」


 驚いて振り向くと、そこには黒髪の女子生徒がいた。とっさに名前を思い出せずにエステルは呟く。


「確か隣のクラスの……」

「二組のベルナよ。あなたと同じ特待生」


 ベルナはエステルより背が高い細身の女の子で、あっさりした顔立ちとそばかすが特徴的な生徒だった。

 黒髪は肩より少し長く、毛先が外にはねている。一見目立たない感じであるけれど、声や表情からは明るい印象を受けた。

 エステルはちょっと人見知りしながら言う。


「あ、知ってます。魔法実技の授業の時、いつもすごいなって思って見てました」

「ありがと。私、あなたとは逆で実は座学はあまり優秀じゃないの。実技の方は成績が良いから何とか特待生でいられるんだけどね」

「そうなんですね」


 特待生ということは貴族などではないのだろう、ベルナは気さくな感じがした。

 そしてベルナは自分の胸に片手を当てて言う。


「エステルって人間の血が混じっているのよね? 噂で聞いたわ。実は私も混血なのよ。十六分の一だったかそれくらい人間の血が入ってるみたいで」

「そうなんですか」


 なんと返事をしていいか分からず、とりあえず相槌を打った。エステルは竜人の血が八分の一しか入っていないが、ベルナは人間の血が十六分の一だけ入っているという。それはつまりほぼ竜人で混血というほどではないのではないかと思ったが、少数者の仲間が学園にいたのは嬉しいことでもあった。

 ベルナも笑顔で言う。


「私たち、仲間ね」

「ええ」


 ほほ笑むエステルに、ベルナはこそこそと尋ねてきた。


「ねぇ、勉強ってどうやってるの? どうしたら一位なんて取れるの?」

「うーん、勉強はひたすら問題を解いたり暗記したりするしかないわ。時間をかけてやるしか」


 ベルナにつられてエステルの口調も気軽なものになった。答えを聞いたベルナは、面白くなさそうに肩をすくめる。


「実技の方はセンスとか生まれ持った才能があればいいから、簡単なんだけどね。時間をかけて努力するって一番苦手よ」

「でもあなたは魔法で特待生になれるくらいなんだから、そっちは本当に優秀なのね。私は実技は全然だから羨ましいわ」

「確かエステルは精霊魔法が使えるのよね。そういう魔力特性がある人は、代わりに他の魔法の才能は持ってないみたいね」


 エステルが精霊魔法を使えることは、今では学園の多くの生徒が知っている。エステルがフェルトゥー家の養子になったのはそういう特別な才能を持っていたためでもあると、エステルが変な嫉妬を受けないようにルノーが広めたからだ。

 ベルナは笑って言う。


「私は魔力特性はないけど、その代わり色々な魔法が使えるわ。一点特化の魔力特性って、ある方が大変よね。私はなくて良かった。でも侯爵令嬢になれるのなら、やっぱりあった方が良かったのかしら」


 そこでエステルと目を合わせると、ベルナはずいっと距離を詰めてくる。


「ね、どうやって気に入られたの? 特待生を維持するのって大変だし、私も貴族の養子になれたらって思うんだけど」

「いえ、私に聞かれても……」


 エステルは困って眉を下げた。未だにフェルトゥー家の一員になれたことが信じられないのに、貴族の養子になるためのアドバイスなんて自分にできるはずがない。


「あれかな。エステルのその素朴で控えめな感じが良いのかな」

「分からないわ……」


 エステルは困った顔をしたまま、ベルナに「じゃあ私はそろそろ教室に」と断りを入れると、逃げるように教室に戻った。

 混血の仲間ができたと思ったが、どうやらベルナはエステル自身にはあまり興味はなさそうだ。


 しかしそれからというもの、ベルナはよくエステルに話しかけてくるようになった。そうして話をしていると、彼女の興味はやはり『いかにしてお金持ちの養子になるか』という一点のみなのだろうと感じる。

「エステルはどうしてフェルトゥー家と知り合えたの?」「というか、そもそも以前からレクス殿下たちと食事を一緒に取ったりしていたわよね」「どうして彼らと仲良くなったの?」「どういうきっかけで気に入られたの?」と、ベルナの話はそればかりだ。


「レクス殿下とお話するようになったのは、弁論大会がきっかけだと思うわ。そこで私がスピーチしたから、殿下は私のことを認識してくださったんだと思う」


 エステルはなるべく誠実に答えてあげたいと思ったが、レクスがエステルを養子にとフェルトゥー夫妻に口添えしたことなどは、あまり喋らない方がいいと考え教えなかった。

 それにレクスやその友人たちと仲良くなっていく過程をあまり親しくないベルナに洗いざらい話すのも、あまり気が進まなかった。大切な思い出はそのまま仕舞っておきたい。


「後はたまたま運が良かっただけとしか……。どうして気に入られたかなんて私には分からないし、そもそも別にレクス殿下たちに特別気に入られているわけではないのよ」

「そんなことないと思うけど。何か隠してるでしょ。教えてよ」


 片眉を上げて尋ねてくるベルナに、困ったエステルは話を少しそらして答える。


「ベルナは魔法の才能があるし、そっちをより伸ばせば、何かのきっかけで貴族の目に留まるかもしれないわ。この学園には名家の子女も多く通っているから、授業で活躍するベルナのことを親に伝えてくれるかも」

「うーん。でもどうせなら上を狙いたいのよ。私にはせっかく魔法の才能があるんだから、弱小貴族じゃちょっとね」


 ベルナは良く言えば向上心があるのだろう。貴族の養子になりたいというのは、玉の輿に乗りたいとかそういう願望と変わらないし、それは別に悪いことではない。

 ただ、エステルにアドバイスを求められても困るというだけだ。

 

「とにかく自分の長所を見せていくのがいいと思うわ。それじゃあ私はこれで……」

「意地悪ー!」


 そそくさとその場から立ち去ると、後ろから声が飛んできた。別に意地悪したつもりはないけれど、そんなふうに言われると罪悪感を感じてしまう。


(もっと協力してあげるべきかしら)


 リシェなど、知り合いの貴族にベルナを紹介することはできる。ただそれを想像するとエステルはちょっと抵抗を感じてしまうのだ。

 自分の大切な人たちにベルナを紹介したくない、という気持ちがどこかにある。


(私って心が狭いのかも。でもまだベルナのことちゃんと分かっていないし、そんな子を適当に紹介してみんなに迷惑をかけたくない)


 せめて紹介するのはベルナのことをよく知ってから。――エステルはそう思っていたのだが、こちらが紹介しなくても、いつの間にかベルナはリシェたちと知り合いになっていた。

 ある日、お昼に学園の食堂に行くと、いつもエステルが座っている席にベルナが座っていたのだ。

 レクスやリシェ、ルノーやルイザ、バルトに囲まれて笑顔で昼食を取っていた。


「あ、エステル」


 ぽかんとして立ち止まったエステルに気づくと、リシェが手を上げて呼ぶ。


「この子、エステルのお友達なんですって?」


 リシェは人懐っこい笑みを浮かべてベルナを手で指し示す。ベルナは振り返ってエステルを見ると、にこっとほほ笑んでみせた。

 

(何だか雰囲気が違う)


 明るくはきはきとした印象があったベルナだが、今はおしとやかで控えめな感じだ。


「私が声をおかけしたら、リシェ様が『エステルの友達なら』って席を勧めてくださったの」


 ベルナはエステルにそう説明する。その話し方も普段とは違う。


「そうなのね」


『エステルの友達である』という武器一つ持ってリシェに声をかけに行く度胸はすごいなと、エステルは素直に感心した。

 しかし優しいリシェは受け入れてくれたようだが、ルイザは眉間に深いしわを寄せてベルナを睨んでいる。見ず知らずの庶民と一緒のテーブルに座ることが嫌なようで、食事にも一切手を付けていない。


(ルイザ様、絶対に怒っているわ)


 エステルは慌ててベルナの腕を取ると、別のテーブルに連れて行こうとした。


「ベルナ、ちょっとあっちで私と二人で食べましょう?」

「えー? どうして? せっかくリシェ様が一緒にって言ってくださったのに」

「いえ、あの……」


 ルイザのあの射殺すような目が見えないのかと思って一人冷や汗をかいていると、レクスが静かに口を開いた。


「席を移動する必要はない。ベルナも一緒にここで食べればいい」

「え……? はい、分かりました」


 エステルは一瞬きょとんとした後、ベルナの腕を離した。バルトが隣のテーブルから椅子を一つ持ってきてくれたので、そこに座って少し考える。


(レクス殿下、ベルナに優しい? いえ、殿下は誰にでもお優しい……。でもベルナの名前もちゃんと覚えておられて……)


 レクスとベルナはついさっき会ったばかりだと思うが、彼はベルナのことを気に入ったのだろうか。ついそう考えてしまう。

 

(私ったらベルナに嫉妬なんてして)


 このもやもやした気持ちはきっと嫉妬だと思い、恥ずかしくなる。自分はレクスの恋人でもなく、嫉妬なんてする権利もない。

 けれど例えばルイザのような美しさも地位も兼ね備えた雲の上の存在なら妬む気持ちは湧かないが、自分と立場の似たベルナにレクスが優しくすると何故かもやっとするのだ。

 自分はレクスに距離を取られているのに、ベルナは受け入れられているのが気に入らないのかもしれない。


(嫌だわ)


 レクスのことになると醜く嫉妬してしまう自分が嫌だ、と思いながら、エステルは胸のもやもやを何とか無視して食堂での時間を過ごしたのだった。

 


 その日の夜、エステルは悪夢を見た。


「嫉妬なんてしちゃって、性格悪い」


 最初はレクスと腕を組んだベルナがそう言ってきて、レクスも幻滅した様子で冷めた瞳をこちらに向けてきたのだ。

 それだけでも十分悪夢だったが、次の瞬間足首を力強く誰かに掴まれ、エステルが下を見ると、そこには処刑されたはずの元義父――ダードンがいた。地面はいつの間にか血まみれで、彼は血溜まりの中から顔と手だけを出してエステルの足を掴んでいる。


「混血の醜いお前が、レクス殿下に恋心を持つなど許されないことだ。お前だけが幸せになるなんて許さないぞ」


 ダードンはしわがれた声で恨めしそうに言い、エステルは悲鳴を上げて飛び起きた。


「……っ、はぁ」


 上半身を起こし、息を吐き出す。今見たものは夢だと気づいて多少ホッとしたが、まだ鳥肌が立っていて気分は悪かった。


「ごめんね、ナトナ」


 枕元で寝ていたナトナも『どうしたの?』と言うように寝ぼけ眼で頭を起こしたので、撫でてまた寝かしつける。


「……お水貰おう」


 冷や汗をかいたからかのどが渇いたので、上着を羽織ってキッチンへ行くことにした。真夜中でも使用人は一人くらい起きているだろうが、わざわざ頼むより自分で水を汲んだ方が早い。

 廊下には所々ランプの灯りが灯されているので、燭台を持って行く必要はなかった。けれど薄暗い廊下を一人で歩いていると少し怖くなる。


(お父様とお母様、それにエリオットお兄様も今日は領地の方に行かれてるし、使用人もそれについて行ってるからこの屋敷には人が少ないのよね)


 だから静かで寂しい感じがするのだ。

 キッチンには人はいなかったが、灯りがついていたのでそれを頼りに水が貯められている大きなかめに向かい、コップ一杯分すくって飲んだ。

 そして喉を潤すとまた部屋に戻る。


『混血の醜いお前が、レクス殿下に恋心を持つなど許されないことだ。お前だけが幸せになるなんて許さないぞ』


 廊下を歩きながら、ついさっき見たばかりの夢を思い返した。この言葉を言ってきたのは義父だったが、エステル自身が心の底で思っていることでもあるのだろう。混血であることにまだ劣等感を抱いているし、奇妙な髪や瞳の色を持っていて醜いと思っている。そしてそんな自分がレクスを好きでいることを、どこかで後ろめたく感じているのだ。


(好きになるだけなら罪じゃないと、レクス殿下に言ってほしい)


 想いを受け入れてほしいなんて言わないから、密かに好きでいる許可だけもらえないだろうかと思ってしまう。

 

『混血も外見も関係なく、誰にだって幸せになる権利がある。エステルは幸せになっていいし、なるべきだ。大丈夫だよ』


 前にレクスがエステルにそう言ってくれたように、誰にだって誰かを好きになる権利はあると言ってほしい。


(殿下に会いたい……)

 

 無性に寂しく、泣きそうになっていたところで、廊下の先から声が届いた。


「エステル?」


 こちらに歩いてきたのは寝間着姿のルノーだ。エステルは鼻をすすって言う。

 

「あれ? ルノー様……お兄様、どうされたんですか?」

「いや、さっきふと目を覚ましたら何か悲鳴のようなものが聞こえて、エステルかもと思って探してたんだ。部屋をノックしても反応がなかったし」

「あ、ごめんなさい! 水を飲みに行っていたんです。悲鳴も大したことじゃなくて、ちょっと怖い夢を見ただけなんです」

「そう。それなら良かったよ。何かあったのかと心配した」


 ルノーは寝る時もピアスをつけっぱなしにしているらしく、薄闇の中できらりと光っていた。


「起こしてしまってすみません」

「いいんだよ」


 二人で廊下を歩きながら話し、近くにあるそれぞれの寝室に入っていこうとしたところで、ルノーはエステルの頭を優しく撫でてこう言った。

 

「良い子で眠るんだよ」


 ルノーは本当に良い兄だ。優しくて温かい。

 エステルの寂しさも少し和らいだが、完全に心が晴れたわけではない。

 きっと心の奥にある劣等感やもやもや、言葉にできない暗い感情は、レクスでないと取り除けないのだ。

 どうしてルノーでは駄目でレクスじゃないといけないのか。こんなに大事にしてもらっているのに申し訳ないと思いながら、エステルは自分の部屋に戻ったのだった。


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