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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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「レクス殿下……?」


 幻でも見たかのように、エステルは目を丸くして呆然と呟いた。どうやらここに乗り込んできたレクスが、いきなり魔法使いの男を殴り倒したようだ。

 

「どうして」


 どうしてここが分かったのか。どうして助けに来てくれたのか。聞きたいことは色々あったが、何よりまた無事にレクスと会えたことが嬉しかったし、彼の姿を見ると安心してふらりと倒れそうになった。

 

「殿下、お待ち下さい!」

「この先は我々が!」


 と、数秒遅れてやって来た騎士たちが、魔法使いの男に無言で近づいていくレクスを止め、三人がかりで素早く男を確保した。呪文を紡げないように口にも布を噛ませ、視界も塞いでしっかり拘束している。手首を縛るのもあっという間で、騎士たちの登場に驚いているうちに全てが終わった。魔法使いの男も抵抗する間がなかっただろう。


 拘束された男は外に連れて行かれ、騎士たちもレクスの様子をうかがった後、扉から出ていく。けれど何人かはこの空き家の前で待機しているようだ。


「殿下……」


 エステルが声をかけると、レクスはちらりとこちらを見た。仔イタチとナトナを庇うように覆いかぶさり、床にへたり込んでいるエステルを。

 レクスは眉間にしわを寄せて厳しい表情をしたまま、声を絞り出すようにして言う。


「少し……待ってくれ」


 そうして顔を隠すように片手で遮り、エステルに背を向けてしまった。まるで怒りに震えているみたいだ。


(迷惑をかけてしまったし、私に怒っておられるのかしら?)


 心配しながらレクスが落ち着くのを待っていると、すぐ目の前にいる仔イタチが、まるで金色の霧のようになって消えていくのに気づいた。


「え?」


 金の光の粒がさらさらと空気に溶けていき、仔イタチの体や顔が消えていく。


「え、え?」


 状況が理解できずにか細い声で呟くエステルに、仔イタチは完全に消えてしまう直前、ニッと牙を見せて笑顔を作った。

 そうしてほんの数秒で、仔イタチはこの場からいなくなってしまった。


(どこかへ移動したのかしら? ハーキュラ様のように瞬間移動みたいなことができるのかも)


 けれどそんな感じではなかった、とも思う。まるで仔イタチは、助けが来てエステルの安全が確保されたから安心して消えたみたいだった。


(悲しい死ではない感じだった。本当にただ消えただけ。でもどうしていきなり? いきなり現れて突然消えてしまった)


 ナトナの方は特に変化はなく、仔イタチが消えた辺りに鼻を寄せて匂いを嗅いでいるが、別に悲しそうにもしていない。

 頭にたくさん疑問符を浮かべながら床を見下ろしていると、レクスが振り向いて声をかけてきた。


「すまない、待たせて」


 こちらを見たレクスの表情は先ほどとは打って変わって穏やかだった。声にはピリピリした感じが残りつつも、困ったように眉は下がって、怒りに震えていた自分を笑うかのように唇の端を僅かに持ち上げている。


「いえ、あの……」

「立てるかな? ここは汚れているし、話は馬車の中でしよう。縄もほどくよ」


 レクスに縄を解いてもらい、差し出してくれた手を取り立ち上がると、エステルはナトナを抱いて外に出る。

 するとエステルたちが出てきたのを確認した騎士たちが歩き出したので、それについて行った。魔法使いの男はもうどこかに連行されたようだ。

 エステルは消えてしまった仔イタチに疑問を残しながらも、まずはレクスにお礼を言う。


「殿下、助けていただいてありがとうございます。あの、まだロメナがどこかで男の仲間に捕まっているかもしれません。どうか探すのを手伝っていただけないでしょうか?」

「ロメナが?」


 そこでレクスに軽く経緯を話すと、納得してこう答えてくれた。


「人質になっているかもしれないんだね。分かった、念のため騎士たちに捜索させる。だから彼らに任せてエステルはこのまま寮に戻ろう」


 自分がふらふら探し回ってまた事件に巻き込まれ迷惑をかけるよりは、騎士たちに任せた方が良いのかもしれない。そう考えてエステルは頷き、レクスは側にいた騎士の一人にロメナの捜索をするように伝えた。

 その後、大通りに停められていた黒塗りの馬車にレクスとナトナと一緒に乗り込むと、寮の側で男に出会ってからのことをさらに詳しく話した。

 話が終わるとレクスは息を吐いて言う。


「怖かっただろう。無事で良かったよ」

「はい。でもレクス殿下はどうしてあの空き家に私がいると分かったのですか?」


 エステルが尋ねると、レクスは少しだけ躊躇した後で答えた。


「二日前、うちの宮廷魔法使いが学園に監視用の鳥を放っただろう?」

「ええ、あのよく目立つ南国の鳥ですね」

「あの日、実は彼に頼んでもう一羽別の鳥を操ってもらった。だけどそれは派手な鳥じゃなく、目立たないイエスズメのオスだ。そしてそのイエスズメにはエステルを見守らせた」

「私ですか?」


 エステルはきょとんとして返す。


「そうだ。私と違ってエステルは学園を出た時から警護もつかず一人になってしまう。だからイエスズメを使って、学園からの行き帰りを見守らせてもらった」

「そうなんですか?」


 寮は校舎のすぐ近くにあるから見守りの必要なんてないのに、と言いたいところだが、実際今日は下校時を狙われたのだ。

 レクスは申し訳なさそうに言う。


「すまない、勝手に。鳥を操っていたのは宮廷魔法使いだが、信頼できる人だし、プライベートな部分を覗き見するようなことはなかったと私が保証する。本来なら最初にエステルに許可を得るべきだが、断られると思ったから……」


 確かに『私に見守りなんて必要ないです』と遠慮して断っていただろう。狙われているのはレクスだと思っていたから尚更だ。


「それで今日も宮廷魔法使いがエステルを見守っていて、君が怪しい男についていくのに気づいた。そこから私に連絡が来て、急いでエステルの元に向かったんだ。だが途中で一瞬、監視の鳥が君たちを見失ったし、城からここまで馬を走らせるのにも少し時間がかかってしまった」

「いえ、迅速に動いてくださったおかげで助かりました」


 エステルのために監視用の鳥を用意してくれていたこと、そして急いで助けに来てくれたことが嬉しくて、ちょっと舞い上がってしまう。

 王子が混血の庶民を対等な友人だと思うなんてあり得ないことだが、それでももしかして、レクスはエステルに友人としての情くらいは持ってくれているのかもしれない。そうでなければきっとここまでしてくれないだろう。


「あの男には尋問して目的を探るよ。本当のことを言うかは分からないが」

「ありがとうございます、本当に」


 石畳の上を走る馬車に揺られながら、エステルは心から感謝した。レクスがいなければ自分は今どうなっていたか、想像するのも恐ろしい。


「一応男が言うには、私のことは異国に売るために攫ったようです。私に珍しい魔力特性があるんじゃないかと疑っていたみたいで、そうであれば妻にと欲しがる権力者はいるだろうって」


 そこまで話したところで、隣から圧力のようなものを感じてエステルは顔を上げた。レクスは一見、僅かに眉根を寄せているだけで大きな表情の変化はなかったが、瞳が恐ろしく冷たい気がしてゾッと鳥肌が立つ。足元にいたナトナも怯えてしっぽを丸めていた。

 二人が怯えているのに気づくとレクスはほほ笑みを作ったが、まだ固い表情のままこう言う。

 

「ごめん。良ければもう数日……魔法使いの男に仲間がいるかどうかを調べ終えて安全だと言えるまで、鳥を使ってエステルの登下校を見守ってもいいかな?」

「あ……、はい。ありがとうございます」


 レクスに気圧されたまま頷く。エステルもまだ不安はあったのでこれは有り難い申し出だったが、たとえ断りたくても今のレクスに『見守りはいらない』と言う勇気はなかったのだった。



 翌朝学園に行くと、授業が始まるまでの間図書室にいたエステルのところにリシェが来て、昨日のことを心配してくれた。

 昼には食堂でルイザやルノー、バルトもエステルが怖い思いをしたことを気遣ってくれたが、レクスだけ口数が少なかったのが気になった。表情も固く、機嫌が悪そうだったのだ。


 けれど放課後になるとレクスは竜舎の掃除の手伝いに来てくれ、作業が終わるとリックに挨拶をして二人で竜舎を出た。

 すると、屋根に派手な南国の鳥がとまっているのに気づいてレクスが言う。


「この鳥は敵に対しての威嚇用ではあるけど、一応私やエステルの様子も見守ってくれている。イエスズメは今はいないが、学園を一歩出れば近くに控えているよ」


 レクスの言葉は優しかったが、表情にはやはりいつもの柔らかさがなく、元気がないけれど変に張り詰めた声をしていた。


「心強いです」


 エステルはレクスの様子を気にしながら返す。二人で校舎の玄関に向かって歩きながら、レクスは淡々と続けた。

 

「ロメナは人質にはなっていなかったよ。母親と一緒に田舎にいた」

「じゃあやっぱり男の嘘だったんですね! 良かった。昨日からずっと気がかりで」

「そんなに心配していたのなら、朝一番に伝えに行けば良かったね、すまない。ロメナが人質になっていないことは昨日のうちに分かったんだが、私にとってはどうでもいいことだったから頭から抜け落ちていて、今思い出したんだ」


 ホッとして大きく息を吐いたエステルを見て、レクスは少しだけいつもの表情を取り戻し、笑って言う。

 そして続けた。


「騎士たちが昨日拘束した魔法使いの男を尋問したところ、こう供述した。自分はエステルがドール家の財産を受け継いだと思い、誘拐して少し脅し、金を奪おうとしただけだと。だが男はエステルを異国に売ろうとしていたんだよね?」

「はい、精霊に好かれる魔力特性があると勘違いしていたようです」


 エステルが答えると、レクスは顎に手を当てて考え込む。


「確かにエステルには精霊に関する何らかの魔力特性がありそうだけど、ハーキュラやモネは特に強い関心を寄せたりしなかったし、よく分からないな」

「あ、そう言えば……」


 精霊で思い出して、エステルは昨日の仔イタチのことをレクスに話した。レクスは犯人の男だけしか見ていなかったのか仔イタチの存在に気づいていなかったようで、驚いた後、不可解そうな顔をして言う。


「たまたま近くにいた幼い風の精霊が助けにきてくれたんだろうか? ドラゴンや野生動物もそうだが、幼いほど人への警戒心も薄いから。身の危険を感じたエステルが悲鳴をあげて、それを聞いて来たのかな?」

「悲鳴……? 分かりません」


 空き家から脱出しようとして後ろに引き倒された時に短い悲鳴はあげた気がするが、それが聞こえたのだろうか?

 と、そこでエステルはふと思いついて続けた。


「もしかして私、危険な時に何か……念のような魔力を精霊に送れるんでしょうか? そういう魔力特性とか」


 馬鹿なことを言っている気がするが、レクスは笑わず真剣に返してくれた。


「私も気になるし、少し調べてみよう。エステルのような竜人が過去にいなかったか」


 会話をしているうちに玄関に着くと、王家の迎えの馬車はもう待機していた。


「目と鼻の先だけど、寮まで送ろう。乗って」


 優しいけれど有無を言わさぬ言い方だったので、エステルは素直に馬車に乗り込んだ。鏡になるほど美しく磨かれた馬車に、ドラゴンたちのフンの始末を終えたばかりの体操服で乗り込むのは躊躇したが、なるべく汚さぬよう遠慮しながらちょこんと座る。


「あ、ナトナ」


 馬車の扉が閉まる寸前、竜舎の方から黒い仔狼が駆けてきた。掃除をしている間、ナトナは竜舎でドラゴンたちと遊んでいたのは知っていたが、てっきり帰る時にはちゃんと後をついて来ていると思っていた。


「ごめんなさい、置いて来ちゃったわね」


 固い表情をしているレクスが気になって、ナトナに声をかけるのを忘れていた。

 無事に三人馬車に乗り込み、出発すると、レクスが低い声で切り出す。


「ところで……昨日、宮廷魔法使いから聞いたんだけど、学園で嫌がらせを受けているんだって?」


 そう言われて、エステルは驚くと同時に体の奥がすっと冷えた感じがした。隠していたことがバレた後ろめたさのせいかもしれない。


「教科書に落書きされているのを見たと言っていたよ」

「……そ、外から私が開いている教科書が見えるなんて、鳥って目がいいんですね」


 エステルは曖昧に笑って言った。昨日、魔法使いの男もエステルが嫌がらせを受けていたのに気づいていたようだったし、実際本当に目がいいのだろう。

 嫌がらせなんて大したことないとエステルは笑ってこの話題を流すつもりだったが、レクスにそのつもりはないようで怒っているような低い声で問い詰めてきた。


「なぜ言わなかった?」

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