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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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34 誘拐

「ロメナがどうして王都に?」


 すぐ前を歩く男についていきながら、エステルはおどおどと尋ねる。向かい風が強く、少し歩きにくい。

 学園の寮の隣を通ったが、残念ながら誰も外には出ておらず助けは求められなかった。赤い夕陽に照らされている通りにも通行人はいない。ここは元々、学園の生徒以外あまり人は通らないのだ。


 魔法使いのローブを被った男はエステルの質問には答えずに黙って進み、やがて少し広い通りに出た。

 そこには古びた馬車が停まっていて、若干みすぼらしい格好をした中年の男が御者台に座っている。


「乗ったらすぐに出せ」

「はいよ」


 ナトナを抱いたエステルを馬車に押し込むと、男は自分も中に乗り込む。通りにはまばらに通行人がいたが、エステルが誘拐されそうだと気づいた者はいなさそうだった。

 

(このまま言いなりになっていていいのかしら)


 不安はあったが、ロメナが人質に取られているとしたらこうするしかないのだ。もしかしたら人質なんていないかもしれないが、その嘘を見抜く方法がないので、どちらにしろ言いなりになるしかない。


(ナトナがうまく力を使ってくれれば、ロメナを救出してみんなで怪我なく逃げ出せるかも)


 男の心を操って同情心を持たせられれば、こちらへは攻撃してこないはずだ。

 しかし頼りのナトナはいまいち状況を理解できていない。今もエステルの膝の上できょとんとしている。エステルが怯えているような気がするけど、悲鳴を上げたり泣いたりしていないし、この男も悪い奴なのか何なのかよく分からない、と思っていそうな感じだ。

 

 エステルの向かいに座った男は小窓から外を見て周囲を警戒しているように見える。男と膝が触れ合ってしまうくらいこの馬車は小さく、作りも簡素だ。石畳を進めばガタガタと車輪が鳴って、椅子はただの板なため長時間乗っているとお尻が痛くなりそうだった。


 息が詰まるような時間だったが、思ったよりも早く馬車は目的地に着いた。


「出ろ。騒ぐなよ」


 外に出ると、夕日の位置は馬車に乗る前とほとんど変わっていなかった。そして辺りを見回せば、ここは王都の中心街だと予想できた。店がたくさん並んでいるこの大通りは、リシェと一緒に手袋を買いに来た時、訪れたはず。

 店は閉店準備を進めているところが多かったが、周りにはまだ人通りも多い。ただ、やはりエステルが危機的状況にあると察して助けてくれる者はいなかった。


「来い」


 男は御者に金を払うと、路地の奥へとエステルを促す。馬車は何事もなく去っていってしまったので、あれは貸馬車のようなもので、御者は仲間というわけではなかったのかもしれない。

 狭く入り組んだ路地をしばらく進むと、辺りは段々と物騒になっていった。大通りは綺麗なのにこの辺りはゴミが落ちているし、人相の悪い男たちがたむろしていたりもする。

 エステルは必死で道を覚えようとしたが、角を曲がる回数が多すぎて完全には記憶できなかった。


「入れ」


 古いアパートや酒場、タバコ屋が密集して立ち並ぶ少し怪しい雰囲気の場所まで来ると男は立ち止まり、目の前の小さな空き家を顎で指して言う。

 窓が割れたその家に恐る恐る入ると、中には枯れ葉や土埃が隅の方に溜まっていた。


「ロメナは……?」


 家はひと目で見渡せる広さで、二階に続く階段は朽ちて途中までしかない。どこにもロメナはいなさそうだと行方を尋ねると、男は玄関のボロボロの扉を閉めて言う。


「ここにはいない。だが、何故お前がロメナをそんなに心配する?」


 男はエステルの前まで来ると、訝しげにこちらを見て質問してきた。風で扉がカタカタと音を立てて鳴っている。


「正直、ロメナの名前を出しても脅しにならないと思っていた。あの女が殺されようと、お前はどうでもいいはずだと」

「そんなこと……」

「まぁ学園での様子を見る限り、お前は人が良さそうではあったからな。見捨てない方に賭けて今日こうやってお前を攫ったわけだが」


 学園での様子、という言葉でピンときて、エステルは驚いて言う。


「もしかしてあなたが鳥を操っていた犯人なの!?」

「そうだ」


 男は被っていたフードを脱ぎながら、無表情で頷く。


「だったらどうして私をここに連れてきたの? あなたの狙いはレクス殿下ではないの?」

「さすがの俺でも一国の王子を狙ってどうこうしようという気はない。王族に危害を加えるようなことをすれば宮廷魔法使いや騎士たちが血眼になって捕まえにくるだろうし、捕まりゃ極刑だ」

「……狙いは最初から私だけ?」


 恐怖で身がすくんでもおかしくないところだが、エステルは意味が分からなくてぽかんとしてしまった。

 ナトナを抱いたまま、疑問を素直に尋ねる。


「だけど私なんて攫ってどうするの? 攫っても何の価値もないし、家族もいないから身代金も取れないわ」

「若くて面の良い女なら庶民だろうと混血だろうと関係なく利用価値はある、ってことは覚えておいた方がいいんじゃないか。ま、俺の目的はまた別だが」


 世間知らずなエステルに呆れたように男が言う。


「私が混血だと知っているの?」

「知ってるさ。鳥を使う前から調べはついていたが、鳥の目を通して学園生活をちょっと覗くだけでも分かった。教科書に『醜い混血』とかって落書きされてなかったか?」


 そう指摘されると、エステルは傷ついた心が痛むと同時に羞恥心に苛まれた。いじめられていることを他人に知られるのはやはり恥ずかしいと思ってしまう。


「あなたの目的は何なの? どうして私を狙うの?」


 少しでも男と距離を取ろうと、一歩後ろに下がりながら尋ねた。

 男は外の足音や酒場から聞こえてくる酔っぱらいの声に注意を向け、そちらの方向に目をやりながらエステルと会話を続ける。


「俺は三ヶ月ほど前に、ロメナ・ドールから『精霊契約の強制解除魔法』の依頼を受けた魔法使いだ」


 そう言われて、エステルはハッと息を呑んだ。ロメナと相対した雨の日の渡り廊下の情景が頭に浮かんでくる。


『精霊との契約ってね、第三者が強制的に解除することもできるのよ。強制解除魔法はかなり難しくて私はできそうになかったけど、お金を払えばやってくれる魔法使いを見つけたの』


 ロメナの勝ち誇ったような声も鮮明に思い出せる。あの時彼女に協力していた魔法使いがこの男らしい。


「俺は金さえ貰えば犯罪でも何でも引き受けてる。だが、ロメナは結局捕まったようだな」


 他人の精霊契約を勝手に解除するのは違法だ。レクスは以前、『ロメナが依頼をした魔法使いの方は今行方を追っていて、捕まり次第罪に問われる』と言っていたが、あれから捕まったという知らせは受けていなかった。この男は今も逃げている最中なのだろう。

 男はナトナに視線を移して観察するように眺めながら、続ける。


「ロメナは俺にとって単なる依頼人だが、少し話しただけでろくな女じゃないと分かった。それであの女からどれだけ金を巻き上げられそうか調べたら、家族も同じくだった。新聞にも載っていたが、許可を得ずに精霊魔法薬を作って貴族に売っていたんだろ? 精霊魔法薬を作れるということは、ダードン・ドールは精霊と契約していたということだ」


 そこで男は顔を上げてエステルを見た。


「だが、精霊が犯罪に手を貸すのは珍しい。それにダードンが契約を結んでいたなら、ロメナがお前と闇の精霊との契約の強制解除を依頼してきたのは何だったんだと疑問に思った。色々と気になる点が多い一件だと」


 エステルはナトナを守るように抱きしめながら黙って話を聞く。冷や汗をかいているのか、割れた窓から吹き込んでくる風がやけに冷たく感じた。


「腑に落ちないことをそのままにしておくのは気持ち悪いからな、別に何の利益にもならないが少し調べた。ロメナにも話を聞いたよ。取り調べなんかも全て終わった後なら、別にあの女は騎士に監視されたりしていなかったから簡単に会えた。そうしたら興味深い証言を聞けた」


 男の表情からはあまり感情が読めない。エステルには何の恨みもなさそうだが、それなのにこういう行動に出るのが怖くもあった。


「俺が強制解除魔法を使った直後に、闇の精霊がお前を助けに戻ってきたと。これは珍しいことだ。精霊は気まぐれで薄情な部分もあるからな。数年一緒にいた程度では、契約が切れた瞬間あっさりと去っていってもおかしくないのに。お前はよほどその精霊に好かれているんだな」


 そう言って男がエステルに視線を向けた時、初めて〝興味〟という感情が見て取れた。


「精霊に好かれるという魔力特性だろうか? 他の精霊を連れてきて試せると一番手っ取り早いんだが……精霊使いはなかなかいないしな」


 この男もエステルがフェルトゥー家を訪れ、光の精霊のハーキュラや花の精霊のモネと会ったことまではさすがに把握していないらしい。


(精霊に好かれるという魔力特性なんて持ってないわ。だってハーキュラもモネも、特別私を気に入ることはなかった。そもそも私の魔力は精霊にとってそれほど魅力的じゃないとハーキュラは言っていたし)


 エステルは緊張しながら心の中で思った。

 男は続ける。


「王子がお前を気にかけている様子なのも気になる。お友達にも大貴族の子女が多いようだな。権力者にも好かれる魔力特性なのか?」


 それは冗談で言っている感じだったが、次には真面目で冷たい声のトーンになった。


「もし精霊に好かれる魔力特性があるならお前は権力者に高く売れる。子供を産ませればその子にも魔力特性が受け継がれるかもしれないからな。五人も産めば一人くらいは〝当たり〟だろう。お前もこの国で混血として嫌がらせを受けながら生きるよりは、どこか異国の貴族の妻になった方が良いんじゃないか?」

「……嫌よ。きっと人間の国でも私のような混血は嫌われる」


 好きでもない人間と結婚して子を産むのはもちろん御免だが、異国に行ったところで幸せになれるとは思えない。左手の鱗を見られたら人間にどんな反応をされるか。

 男も馬鹿にするように笑って「そうだろうな」と返してきた。左手に黒い手袋をしているのでこの男も竜人で間違いないだろう。

 エステルは悲しい気持ちになりながら尋ねる。


「どうしてこんなことをするの? お金が目的?」

「そうさ。それ以外にないだろ。この世で信用できるものは金くらいだ。ただ、お前は王子の友人のようだし、ただの庶民を攫う以上のリスクはあった。単に精霊に好かれるだけの魔力特性ならリスクを考えて諦めたかもしれないが……その髪と目の色が気になってな。俺も噂程度にしか知らないが、万が一ということもあるし」

「何の話?」


 エステルにはよく分からなかったが、男もしっかり説明はしてくれなかった。話を変えて言う。


「とりあえず移動する。ここに来たのは尾行がついていないかの確認と、隠してある荷物を取りに来ただけだからな。お前がいなくなったところで誰も気づかないだろうが、王都は見回りの騎士も多いし、速やかに行動しないと」


 家族のいないエステルは、確かに事件に巻き込まれてもすぐに気づいてもらえない。どんなに早くても、エステルが学園に来ていないことをレクスたちが知るのが明日の昼だ。それでも単に体調不良で休んでいるだけだと思うかもしれないし、捜索を始めてもらえるのはいつになるか。

 そもそも、エステルが連れ去られたと判明したとして本当に捜索してもらえるのだろうか。庶民が一人誘拐されたという小さな事件だから、騎士たちは寮の周辺を見回るだけかもしれない。


(レクス殿下たちはきっと心配してくださるだろうけど……)


 優しい人たちだから、数日、いや一週間くらいはきっと手を尽くして探してくれるような気がする。だけどその後はどうだろう。エステルのことなどすぐにどうでもよくなってしまうかもしれない。

 エステルのことをすっかり忘れたレクスたちがこれまでと変わらぬ日常を過ごしている情景を思い浮かべて、寂しくなった。


(自分で何とかしなくちゃ)

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