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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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31 フェルトゥー夫妻

 その後もエステルはハーキュラに色々質問をした。言葉を喋る精霊と話せる機会なんてめったにないことだし、本にも載っていない知識を得られるのは貴重だった。

 精霊は親を持たず自然発生するとか、気まぐれで基本的に情が薄いとか、食事はしないが人の魔力を吸収することはあって、それは嗜好品のようなものだとか、その嗜好品に興味があってもほとんどの精霊は人と関わるのを嫌がって近づいてこないとか、そんなことを教えてもらった。

 ただハーキュラも精霊ながら精霊に興味があるわけではなく、親しい精霊がたくさんいるわけでもないらしいので、別に知識は豊富ではないと自分で言っていた。

 

「ナトナも精霊のお友達はいないんです」


 エステルは、エステルとハーキュラの間を嬉しそうに行ったり来たりしているナトナを見る。そしてハーキュラに向けて言った。


「ですからハーキュラ様、どうかナトナのお友達になってあげてはくださいませんか? ハーキュラ様と出会えてとても楽しそうにしていますし、良ければこれからも会ってあげてほしいんです」


 我が子を心配する親のような気持ちでお願いすると、ルノーが穏やかに笑う。

 ハーキュラも『友達』という言葉に少し戸惑ったようだったが、こう言ってくれた。


「まぁいいだろう。ナトナはまだ幼いし、私が正しく導こう」

「ありがとうございます!」


 友達というより教師になりそうだったが、ナトナに知り合いが増えてエステルも嬉しくなる。


「ナトナ、良かったわね! お友達ができたわ!」

「ハーキュラに友達か。いいね」


 ルノーもおかしそうに呟いた。精霊に友達が必要だなんてこれまで一度も考えたことがなかったらしい。

 そしてエステルに視線を向けてこう続ける。


「そうだ。せっかくだから僕の両親を紹介しようか。ちょうど今日は家にいるし、父も精霊と契約しているから」 

「え? また別の精霊と会えるということですか?」


 なんて素敵な日だろう! とエステルは顔を輝かせた。


「いいだろ? レクス」


 ルノーは何故かレクスにも了承を取り、レクスは「ああ」と短く返す。


「じゃあ行こう。サムス、先に行っておいてくれ」


 執事にそういった後、ルノーは立上がり、エステルやレクスもそれに倣った。ルノーの案内で移動して、着いたのは一階のとある部屋だ。

 先に来ていた執事が扉を開けて待っていたので中に入ると、そこは広い私室らしかった。三つ並んだ白いうさぎの陶器の置物や、色とりどりの花が生けられた豪華な花瓶が目を引く、華やかで可愛らしさもある部屋だ。

 部屋には誰もおらず、ルノーの両親らしき夫婦は、その先のテラスで白いテーブルに座って談笑していた。


(待って。そうだわ、ルノー様のご両親は侯爵夫妻じゃない!)


 その事実を思い出し、「別の精霊にも会える」とのんきにワクワクしていたエステルに緊張が走った。


(フェルトゥー家は王族と親しい大貴族と聞くし、私なんかがお会いしても良いのかしら? 制服で失礼じゃないかしら?)


 急に心配になって軽くパニックになりながら、慌てて髪を整え、制服の乱れを直す。すると後ろにいたレクスに、のんきに歩いているところからパニックに陥るまでの一部始終を見られていたらしく、笑ってこう言われた。


「侯爵夫妻は優しい方たちだ。何も心配はいらないよ」

「は、はい!」


 少し安心したところでテラスに入り、ルノーがそれぞれを紹介してくれる。


「僕の父のマルクスと母のターニャだよ。父さん、母さん、こちらはリテアラス学園の後輩のエステルだ。前に話しただろ? あと、そこの黒い子犬は闇の精霊のナトナ」

「は、初めまして。エステル・ドールと申します。この子は一応、狼です」


 エステルは足元にいたナトナを抱き上げて、子犬という情報を訂正しつつ挨拶した。


「やぁ、初めまして。エステル、ナトナ、よく来たね。それに殿下も」


 ルノーの父――優しげな中年男性は、レクスがいることもあって一度立ち上がり穏やかに言う。彼の髪は白に近い金髪で、長さは短く、緩く後ろに撫でつけられていた。鼻の下には整えられた口ひげがあり、うぐいす色の貴族服を着ていて、上品で余裕のある雰囲気からひと目で上流階級の人間と分かる。成金だったエステルの義父とは全く違い、高貴な印象だ。


(目元がルノー様にそっくり)


 マルクスは年相応の皺があるが、肌の白さや垂れ目なところ、まつげが長いところはそっくりだ。目に色気がある。


 「まぁ、二人とも可愛らしいわ!」


 こちらを見て喜ぶターニャの方は、父子と少し雰囲気が違った。明るく純粋な感じで、体型は少しふくよか。とても安心する、優しげで柔らかなシルエットだ。

 薄茶色のカールした髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、大きな宝石のついたイヤリングがよく似合っている。指輪もしているし、ドレスは少しくすんでいるとはいえピンク色だが、下品な印象はなかった。

 表情や仕草からは少女らしさも感じさせる。


(おとぎ話に出てくる良い魔法使いみたい)


 エステルはそんな感想を抱いた。中年女性だというのに可愛らしさがある。


「幼い精霊なんて会うのは初めてよ」


 ターニャは立ち上がると、ナトナに向かって手を差し伸べながら歩いてきた。子犬のような外見とはいえ、物怖じせずに精霊に向かってくるのでエステルは驚いた。

 ナトナも少し驚いたようだが、悪い人ではないと分かるのかすぐにしっぽを振って自分からも近寄っていく。


「抱っこさせてちょうだい。人懐っこいのね」


 抱き上げたナトナを撫でながら、ターニャはエステルへ温かな視線を向けた。好奇心でいっぱいの少女みたいに緑色の瞳が輝いている。


「あなたは素敵な色をしているのね。髪も瞳も」

「え?」


 奇妙な薄桃色の髪と金色の目を褒められて、エステルは面食らった。貴族特有の皮肉なんじゃないかと思ったが、ターニャはそんなことしそうにない。


「養子としてドール家に入ったと聞いているけど、本当のご両親のことは覚えていて? 彼らもそんな素敵な色をしていたのかしら?」

「いえ、両親のことは覚えていなくて……」

「ターニャ、まぁまずは座ってもらおうじゃないか」

「あら、そうね。こちらへどうぞ。殿下もお座りになって」


 マルクスにたしなめられ、ターニャは席を勧めながら自分も着席した。五人でテーブルを囲むとすぐに執事がエステルたちにお茶を出してくれたが、緊張してあまり飲む気にはなれない。

 ハーキュラはルノーの後ろに立ったまま外を眺めていて、ターニャに抱っこされたままのナトナは鼻先を伸ばしてマルクスの匂いを嗅ごうとしている。


「あなたの匂いが気になるのね。羨ましいわ。精霊に好かれる魔力というのは」


 ターニャが笑って言う。どうやらナトナはマルクスの体臭や香水ではなく、魔力の匂いみたいなものを感じ取っているようだ。

 緊張して気軽に質問できないでいるエステルを見て、ルノーが説明する。


「さっきも言ったように、父も精霊と契約しているんだ。だから精霊好みの魔力をしている」

「私はマルクスの魔力にはそれほど惹かれないが、他の者と比べると魅力的ではある。安らぐような香りだ」


 ハーキュラはちらりとマルクスを見て言った。するとマルクスは謙遜して返す。


「自分では分からないがね」


 エステルは話を聞いている間もきょろきょろと目だけを動かし、マルクスが契約しているという精霊を探していた。

 と、それに気づいたマルクスがほほ笑んで言う。


「私の精霊ならあそこだよ。庭にいる。テラスの陰にね」

「そこに花が見えるでしょう?」


 ターニャも指をさして教えてくれた。ここは手すりのない開放的なテラスで、ひと目で庭が見渡せるが、確かにテラスのすぐそばに色とりどりの小花が咲いていた。テラスと庭には段差があり、こちらから見えない陰に花壇があるのだと思ったが、花壇にしては雑草も一緒に生えていて、しかもよく見ればわずかに上下して動いている。


「行って見てごらん。寝ているだけだよ」


 エステルを安心させるようにマルクスが言う。そこでエステルは立ち上がって、恐る恐る、けれど興味を惹かれてテラスの端を見に行く。ナトナもターニャの腕から抜け出してついてきた。

 そーっとテラスの段差を覗くと、そこには背中に草花を生やしたアナグマのようなフォルムの動物がいて、スゥスゥと寝息を立てて気持ち良さそうに眠っていた。


「わぁ」


 エステルは小さな声で言って、この精霊をさらによく観察する。スッと伸びた鼻先からアナグマみたいだと思ったが、体はそれより大きい。普通のアナグマの二、三倍はあるだろうか。クマと見間違える体格だ。

 毛は明るい茶色で、手足や鼻の先はこげ茶色。背中の植物の草丈は低めで、呼吸と共に上下している。

 一瞬精霊なのに目があるように見えたが、ちょうど目の辺りに焦げ茶色の模様があるようだ。その模様がまるでタレ目のように見えるから、おっとりと温厚そうな印象を受けた。


「可愛い」


 エステルが呟き、ナトナはフンフンと精霊の匂いを嗅ぐ。

 するとその気配で起こしてしまったのか、アナグマのような精霊はフガッと鼻を鳴らして目覚めると、テラスの上にいるエステルやナトナを見上げてぽかんと口を開けたまま静止した。

 数秒見つめ合った後、のっそりと動いてエステルとナトナの匂いを嗅いだかと思えば、何かを考えるように宙を見つめ……再び寝た。


「寝ちゃったわ」

「そういう子なんだ」


 いつの間にか背後に立っていたマルクスが笑う。


「のんびりしていて、平和主義なんだ。この子――モネはハーキュラ曰く大人と言っていい歳らしいが、それほど強い精霊ではないんだよ。私がまだ子どもの時に出会って喜んで契約したが、正直あまり役には立たない」


 苦笑しながら続ける。


「けれどいつでも花を咲かせて我々の目を楽しませてくれるし、きっと私が危機に陥ったら助けようとしてくれるだろう。良い友人だよ」

「そうなんですね。とても優しそうで素敵な精霊に見えます。何の精霊なのですか?」

「花の精霊さ」

「なるほど」


 エステルはモネの背中の花をちょんと触って相槌を打つ。


「モネはハーキュラと違って言葉は話せないようだ。というか話す気がないらしい。興味がないんだろう」

「ふふ、面白い子ですね。可愛いです」


 手を伸ばして背中を撫でてみたが、モネは特に気にすることなく寝ている。見ていると癒やされる精霊だ。

 ルノーはティーカップを手に取りながら言う。


「でもこちらの言葉は理解しているよね。僕がまだ小さい頃とか、嫌なことがあって泣いていたらそばに来て、ハーキュラと一緒に話を聞いてくれていたよ」

「あら、嫌なことって何があったの?」


 ターニャが心配そうに息子を見る。するとルノーは笑いながらこう言ってあしらう。


「いいよ、今さら。勉強が嫌だとかそういうことで別に大したことじゃないし」

「小さなことでもママやパパに相談してくれれば良かったのに」

「親より精霊の方が話しやすい時もあるんだよ、ターニャ」


 マルクスも会話に交ざってルノーの味方をし、ターニャは「あなたまで!」と楽しげに笑う。彼らにとっては普通の家族の会話かもしれないが、エステルには眩しく見えた。

 フェルトゥー夫妻はいつもニコニコしていて、優しく明るい理想の両親だ。


(ルノー様、いいなぁ)


 エステルは目を細めて温かな家族を眺める。

 

(こんな人たちが私の親だったら……)


 自分の育ってきた家庭と違いすぎて妬む気持ちすら起きない。ただ羨ましかったし、少しだけ泣きそうになった。

 そんなエステルにレクスはそっと近づいてくると、労るような優しい声でこう言ったのだった。


「おいで。テーブルに戻って、一緒にお菓子を食べよう」

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