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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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 現れたルノーを見て、エステルは驚いて挨拶をする。


「ルノー様、こんにちは。お邪魔しています」


 ルノーは白いシャツにベージュ色のベストを着ていて、ズボンも同じ色だった。柔らかい色が彼によく似合っている。

 ナトナは姿を現したままでいられるのが嬉しいのか、ルノーのことを気に入ったのか、足元でしっぽを振っていた。


「ようこそ、エステル」

「あの、もしかしてルノー様が……」


 エステルが期待に目を輝かせて尋ねようとすると、ルノーは大人っぽく目を細めて「まぁ、とりあえずこっちへ」と迎賓室に案内してくれた。

 その途中、エステルとレクスの後ろで階段を上るのに苦戦している小さなナトナを振り返ってルノーは言う。


「その子が闇の精霊か。精霊は見た目によらず歳を取っている場合もあるけど、普通に幼そうだね」


 精霊に詳しそうだし、やはりルノーが精霊魔法を使えるレクスの知り合いなのかと、エステルはワクワクしながら後をついていく。

 そして花柄の壁紙のおしゃれで可愛い迎賓室に案内されると、焦げ茶色の革張りのソファーを勧められ、レクスの隣に座った。ルノーは向かいのソファーに座り、ナトナはルノーの周りを興味深そうにウロウロしている。

 手際よくお茶とお菓子が運ばれてくると、ルノーは足を組んでおかしそうにレクスを見る。


「それじゃあ……エステルと話をしてもいいかな?」


 エステルもふとレクスの方を見ると、何故か眉根を寄せてムスッとした顔をしていた。馬車に乗っている時は特に機嫌は悪くなかったはずだ。


「別に私の許可なんて必要ない。エステルは自由に誰とでも話せる」


 するとルノーは苦笑して、お茶を一口飲んでからエステルに向き直った。長いまつげに縁取られた、髪より濃い金色の瞳は色気があって、見つめられると少しドキッとする。

 きれいな顔立ちをしているけど気だるげで、優しそうだけど全てがどうでも良さそうでもあり、不思議な雰囲気の人だと思う。彼自身が精霊だと言われても納得してしまいそうだ。

 と、エステルはハッとしてその考えを口に出す。


「もしかして……ルノー様ご自身が精霊なのですか?」


 するとルノーは驚いた顔をした後で笑って、隣でレクスがフッと声を漏らしたのも聞こえてきた。どうやら精霊ではないようだ。

 二人の反応にエステルは顔を赤くして、「すみません、忘れてください」と自分の発言を取り消そうとした。


「目が本気だったよ」


 ルノーはこらえるように笑いながら言う。自分では分からないが、よほど真剣な眼差しをしてしまっていたのだろう。

 笑い疲れたようにため息をついた後、ルノーは気を取り直して言う。


「フェルトゥー家では精霊魔法を使える者がたびたび生まれる。そういう家系なんだ。今は僕と父親がそれぞれ別の精霊と契約している」

「そうなんですね。その精霊って……」


 目をキラキラさせて見つめてくるエステルの期待を感じ取ると、ルノーは斜め後ろをわずかに振り返っていった。


「ハーキュラ、姿を見せてくれ」


 そうしてルノーが座っているソファーの後ろに現れたのは、十三歳くらいの細身の少年だった。サラサラとした金色の短い髪に白い肌をしていて、顔の上半分を覆う白鷲の仮面をつけている。

 仮面の目の部分は鋭い鷲の目の形が描かれているけれど、そこだけくり抜かれたりはしていない。精霊には目がないから、くり抜かなくても支障はないのだろう。


 エステルもナトナも、初めて見る精霊をよく観察するように見つめた。

 仮面には大きな金色のくちばしもついていて、そのせいでほとんど見えないが、人と変わらない形をした唇がある。


(ナトナがそうだから精霊って動物の姿をしているのかと思ったけど、そういうわけでもないみたい)


 背中には一対の白い翼を持っているが、それ以外は人と変わらないように見える。ただ、うっすらと発光していてひと目で竜人や人間でないことは分かった。

 服装はまるで天使のようで、白い布をまとって金の装飾品をつけていた。袖は長く、手まで隠れているが、スカートは膝丈で、紐で結ぶ古いデザインのサンダルを履いていた。


「これが僕と契約している光の精霊のハーキュラだ。真名はもちろん別だけどね」

「光の……!」


 エステルは興奮して自分の両手を胸の前で合わせた。

 ナトナも精霊の仲間だと気づいているのか嬉しそうで、ルノーが座っているソファーに飛び乗ると背もたれに前足をかけて立ち上がり、後ろにいるハーキュラに近づこうとしている。

 するとナトナを見下ろしながら、ハーキュラが呆れたように呟いた。


「やっと私の存在に気づいたのか?」


 それは少年のように澄んだ声だったけれど、三重くらいに重なって不思議な響きを帯びていた。ハーキュラが話し終わっても耳に余韻が残っている。

 何のことだろう? とエステルが精霊二人の様子をうかがっていると、ルノーが解説してくれた。


「精霊は透明になっていても何となくお互いの存在を感じ取ることができるらしいよ、普通はね。それでハーキュラは以前からナトナの存在に気づいていたみたいだけど、ナトナの方は気づいていなかったんだろう。幼いからか、あまり注意深くないみたいだ」

「なるほど」


 その説明に納得してから、エステルはふと疑問に思ってルノーに尋ねる。


「ハーキュラ様もまだ大人ではないように見えますが、おいくつくらいなのですか?」

「本人に聞いてみればいいよ。答えてくれる」

「確かにそうですね。失礼なことをしてしまいました」


 初対面の精霊に気後れしてルノーに聞いてしまったが、エステルは改めてハーキュラを見つめて言った。


「ハーキュラ様、初めまして。エステル・ドールと申します。そこにいる闇の精霊は私の友達で、ナトナといいます」

「知っている」


 ハーキュラはしっぽを振ってくるナトナからエステルに顔を向けて続ける。


「話はレクスとルノーから聞いている。ナトナとは契約を交わさず一緒にいるとか」

「はい。そういう関係の人と精霊は他にもいるのでしょうか?」


 歳のことを聞こうと思ったが、先に別の疑問が浮かんでしまった。

 ハーキュラはまたナトナを見下ろして答える。


「さぁ、私は聞いたことがない。ただ、私も別に精霊と人との契約事情に詳しいわけではない。興味もないし、精霊と人が一緒にいたとて、いちいち契約しているか尋ねることはない。だから契約していなくても気づかない」

「そうですか」


 そこでハッとして、エステルは少し声を大きくして言う。


「え? というか、ハーキュラ様は喋れるのですね!?」

「遅いな、驚きが」


 ハーキュラは淡々とそう返し、ルノーとレクスは小さく笑っていた。


「長く生きていれば、人の言葉を話すことくらいできる」

「じゃあ、ナトナはまだ喋れませんか?」

「無理だろうな。幼過ぎる」

「あぁ、残念です……」


 エステルはしょんぼりして呟いた。ナトナとお喋りできたらどんなに素敵だろうか。

 けれどすぐに気を取り直して、最初にしたかった質問に戻って尋ねる。


「でも『長く生きていれば』ということは、ハーキュラ様は見た目より大人なのでしょうか?」

「そこそこ長く生きている」


 そこでルノーが会話に加わって言った。

 

「ハーキュラはね、結構強い精霊なんだよ。だから出会った時はもっと背の高い成人男性の見た目をしていて、背中の羽も三対あった。でも場所を取って邪魔だから姿を変えてもらったんだ」

「え?」

「長く生きている精霊だとそういうこともできるらしいよ」

「そ、そうなんですね」


 確かに大きな羽を三対も持っている成人男性にそばにずっといられたら邪魔だと思う時もあるかもしれないが、それで姿を変えさせられたハーキュラが少し可哀想でおかしかった。


「ルノーが、『もうちょっと小さくなってくれたら契約してあげてもいいよ』と言うのでな」

「そういう感じで契約したのですね。私はてっきり精霊と人の契約って、人の方から精霊に契約を持ちかけるものだと思っていました」

「見つけようと思っても人間には精霊を見つけるのはなかなか難しいから、普通は先に近づいてくるのは精霊の方だね」


 答えたのはルノーだ。確かに精霊は透明になっていたり森の奥に引きこもっていたりして、人の方からは見つけにくい。


「そう言われると、ナトナもそうだった気がします」


 エステルが見つけようとしたわけではなく、ナトナの方から姿を現したと記憶している。

 エステルは続けて質問した。


「ハーキュラ様はどうしてルノー様に近づいたのですか? たくさんいる人間や竜人の中で、どうしてルノー様を選ばれたのです?」

「それはルノーが私好みの魔力を持っていたからだ」


 ハーキュラはすぐにそう答え、ルノーがこう付け足す。


「精霊魔法を使える者は、精霊好みの魔力を持っているんだよ。甘かったり、良い香りがしたりね。僕の魔力はハーキュラ曰く、吸収するとお酒を飲んだみたいに良い気分になるらしい。人柄が好きだから契約するとか例外もあるだろうけど、基本的に精霊は自分好みの魔力を持つ者と契約しているんだ」

「そっか、人柄を知れるほどの関わりがそもそも精霊と人の間にないですものね」


 魔力に惹かれて、くらいしか精霊が人に寄ってくる理由はないのだろう。


「精霊にもそれぞれ好みがあるから、僕の魔力も全ての精霊に好かれるというわけじゃない。実際、ナトナはそれほど惹かれていないようだね」


 同族だと分かるのか、ナトナはルノーよりもハーキュラへの関心が強いようで、ずっと構ってほしそうにしている。


「僕とハーキュラが契約したのは、僕がまだ八歳の頃のことだ。うちの家系は精霊魔法を使える者が出やすいこともあって、初めてハーキュラを見た時もそれほど驚かなかったよ」

「ルノー様はどうしてハーキュラ様と契約したのですか?」


 精霊と契約している相手と話すのは初めてなので、質問は次から次に湧いてきた。

 エステルの問いかけに、ルノーはあっさりとした口調で答える。


「それはもちろん、精霊の力を得るためだよ。僕は精霊好みの魔力を持っている、つまり精霊魔法に対する魔力特性があるせいで他の魔法に対する才能はないし、精霊と契約するしか道はなかった。僕が強い精霊と契約すれば、フェルトゥー家の名も一段と有名になるだろうしね」


 したくないのに契約したのだろうか、とエステルが同情した顔をしていると、それを見たルノーはこちらを安心させるように続けた。


「だけど今ではハーキュラを友達とか、少し口うるさい兄のように思っているよ。真面目で頼りになる存在だ」

「私も最初は魔力目当てだったが……」


 そこでハーキュラも口を開いた。


「そばにいるうちにルノー自身にも好感を持つようになった。あまり表には出さないが努力家だし、こう見えて色々な方面に気を遣って生きている」

「確かにそうだ」


 レクスも同意すると、ルノーは恥ずかしそうに「もういいよ」と会話を終わらせた。

 エステルはそんな彼らを見てクスッと笑う。


「最初はお二人共打算があったけれど、一緒に過ごしていく中で好きなところを見つけていったんですね。段々好きになっていくというのは素敵です。心臓にも悪くないですし」


 自分がレクスに恋に落ちた時のことを思い出して言った。強烈な一目惚れで好きになると、心臓への負担もすごいのだ。


「何の話?」

「いえ、あの……何でもないです!」


 ルノーに改めて聞かれると、エステルは慌てて誤魔化した。

 ルノーは自分のティーカップを手に取ると、そこに目を落としながら言う。


「逆に好きなところを見つけていなければ、ハーキュラから離れていっていたかもね。精霊は気まぐれだから、いずれ魔力にも飽きてしまうんだ。それに人に近づいてくるのは精霊の方からだが、契約者が嫌なやつだと分かれば離れていくのも精霊からだと聞く。犯罪者に精霊魔法を使う者が少ないのもそのためだ」


 犯罪をするような悪者に精霊は協力しないのだろう。そうなるとエステルの義父のダードンは、世にも珍しい『精霊魔法を使う犯罪者』だったわけだ。


「魅力的な魔力を持っていたとしても、良い人でないと精霊はずっとそばにはいてくれないんですね」


 言いながら、エステルはナトナを見る。ナトナは最初からエステルに懐いていたように見えたが、初めはエステルの性格なんて分からなかったはずだ。


(今も私は特別良い人ではないけど、ナトナは離れずにいてくれてる。どうしてかしら?)


 ちょっとだけ不安になって、エステルはハーキュラに尋ねた。


「ハーキュラ様、私の魔力ってどんな感じですか? もしかしてナトナは私の魔力が好きなのでしょうか?」


 ナトナ好みの味がするのだろうか、そして実はエステル自身に興味はないのかもと気になった。

 するとハーキュラが一瞬でその場から消えたかと思うと、エステルの目の前が柔らかく光り出し、その光が集まってハーキュラになった。どうやら瞬間移動のようなことができるようだ。

 ハーキュラは座っているエステルを見下ろして口を開く。


「うっすらと花のような香りがする程度。誰も嫌う者がいない香りだが、クセがなく逆に精霊の目には止まりにくい魔力だ。珍しいことだが、ナトナもお前の魔力が目当てで側にいるわけではないと思うぞ」

「び、びっくりした……」


 瞬間移動してきたことに驚いて腰が抜けかけたが、話はしっかり聞いていた。ナトナはエステルの魔力だけが好きで側にいるわけではないと分かってホッとする。

 もしかしたらナトナは地下牢で姿を現す前から密かにエステルのことを見ていて、悪い人間じゃないと思って近づいてきてくれたのかもしれない。

 と、そこでハーキュラはエステルの目の前に立ったまま、隣にいるレクスへ顔を向けて言った。


「お前の魔力は相変わらず氷のようだ。冷たく、隙がなくて精霊を含めた他者を寄せつけない。氷の精霊がいたとしても嫌がりそうな魔力だ」

「褒め言葉として受け取っておく」


 レクスも昔からハーキュラのことは知っているのだろう、受け答えから、年配の人の言葉を適当に流している感じがして少し面白かった。


「けれど以前よりは柔らかくなったな。魔力の圧のようなものは変わらないが、ここ半年ほどで刺々しさはなくなった。興味深い変化だ」

「……勝手に人の魔力を観察するな」


 ハーキュラにじっと見つめられ、レクスは嫌そうに呟いたのだった。

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