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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第二章

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28 初めての魔法

『消えろ、ディタロプ』という一言が書かれた手紙を机に置かれてから、一週間経った。

 あれから手紙は毎日、机の上や引き出しの中、机に掛けている鞄の中などに入れられている。書かれている言葉は『うざい』『気持ち悪い混血』『学園を辞めろ』といった酷いものばかりで、中には『混血がレクス殿下たちと関わるな』と書かれていたものもあった。

 

(きっと殿下たちが私に良くしてくださっているのが気に入らないのね。その気持ちは分からないではないけれど……)


 混血の庶民が毎日食堂でレクスたちと仲良く食事をしている状況は、エステル自身も引け目を感じている。

 

(だけど怖いのは、筆跡からしてこの手紙を書いているのは一人ではないということ)


 女性らしい文字である場合が多いが、男性的な文字の時もあるし、それぞれ癖が違う。


(混血の私はレクス殿下たちを除く学園中の生徒に嫌われていてもおかしくないから、犯人はきっとたくさんいるに違いないわ。見ず知らずの生徒も面白がってやっているのかも)


 実際、レクスがエステルに話しかけてくれるようになる前は、色々な生徒から「混血は学園に来るなよ」と直接言われたりした。

 しかし今回は誰も面と向かって侮辱してきたり、表立っていじめてきたりしない。ただ陰湿な手紙を置かれるだけだ。

 おそらく犯人たちはレクスのことを気にしているのだろう。エステルをいじめてレクスに気づかれるのはまずいと思っているのだ。


(優しいレクス殿下のことだもの、私に限らず、誰かがこういういじめを受けていると知ったらきっと犯人に注意をしたりしてくださるものね)


 レクスたちがエステルと仲良くしてくれたおかげであからさまないじめはなくなったが、代わりに陰湿な嫌がらせになったということだ。


「困ったわね」


 エステルは小さく呟いて、今もまたトイレのために教室を離れていた隙に机に乗っていた手紙を見て見ぬふりした。いちいち気にしていたらきりがないが、手紙を見つけるたび嫌な気持ちにはなってしまう。

 犯人は実は二人くらいかもしれないが、一方で何十人もいる可能性もあるし、クラスメイトが全員グルになって面白がってやっている場合もある。誰が敵か分からないのは怖かった。


(義家族と一緒に暮らしていた時の感覚を思い出すわ。周りに味方がいなくて、常に緊張して肩に力が入ってしまう感じ)


 エステルが小さくなって席に座っていると、教室の前の扉からリシェが顔を覗かせた。


「エステルー! 行こー!」

「え? あ、もうお昼……」


 エステルはワタワタと立ち上がってリシェの元へ向かう。昼食の時間になると、ほとんどいつもリシェはエステルを迎えに来て一緒に食堂へ行ってくれるのだ。

 リシェの弾んだ声を聞いた途端、エステルの気持ちも明るくなった。


「暗い顔してたけど、どうかした?」

「いえ、何でもありません」


 エステルは遠慮して手紙のことは言わなかった。暴力を受けるでも物を壊されるわけでもない、あの程度の嫌がらせ、わざわざリシェたちに言って助けてもらうのも申し訳なく感じてしまう。


(手紙のことは気にしないようにしよう)


 廊下を進むエステルの足元では、透明になったナトナも歩いている。たまに足にふわふわとした毛が当たるので分かる。

 ナトナは面と向かってエステルに酷いことをする相手には敵意を持つが、手紙という分かりにくい嫌がらせに気づいている様子はない。

 けれどナトナもエステルの味方だし、そばにいてくれるだけで心が落ち着く。


(昔と違って、今は私には信頼できる人や助けてくれる人がたくさんいる)

 

 食堂に着いてリシェに手を引かれるままいつものテーブルに向かうと、ほとんど同じタイミングで席に着いたレクスが柔らかくほほ笑んでこちらを見た。

 それだけでエステルは元気になったし、さっき置かれていた手紙のことも忘れてしまう。嫌なことも簡単に吹き飛んでしまうのだから、恋も悪いことばかりではないなとエステルは思ったのだった。



 けれどそれから三日後、手紙を気にしないようになったエステルに苛ついたのか、犯人は嫌がらせを一段階悪い方に進化させた。

 いつものように手紙が机の上に置いてあると思ったら、それが悪臭を放っていたのだ。生ゴミが腐ったような、鼻をつく酸っぱさがある嫌な臭いだった。


「どういうこと?」


 手紙は別に汚れておらず綺麗だ。けれど確かに悪臭の発生源になっている。

 近くにいるクラスメイトが密かに笑ってこっちを見ている気がするが、気のせいかもしれない。廊下から他のクラスの生徒も面白がってこちらを観察している気がしたが、勘違いかも。


 みんなに見られているような気持ちになりながら、エステルは恐る恐る手紙を広げた。

 すると中にはいつものように嫌がらせの言葉が書いてある代わりに、小さな魔法陣が描いてあった。


「これは……」


 魔法陣を見て、エステルは匂いの原因に納得がいった。これは魔法実技の授業で習ったことのある初歩的な魔法だ。〝簡易放香魔法〟といって任意の匂いを短い時間放つことができる。しかも匂いは元の物体が放つものより数倍濃くなる。

 授業では花が一輪用意されていて、その香りを魔法陣に移したし、基本的には良い香りを楽しむための魔法のはず。

 

(とても素敵な魔法だと思ったけど、こういう使い方もあるのね)


 何だか勉強になったような気がして、エステルは少し笑って悪臭を放つ手紙をゴミ箱に捨てた。


(そういえばこの魔法も、私は上手く発動させられなかったのよね)


 魔法の才能がないエステルは、こんな簡単な魔法すら使えなかったのだ。

 

(嫌がらせをするような人でも使えるのに、自分は使えないというのが悔しくなってきたわ)


 

 それから一週間が経った日、エステルはニコニコしながら学園に登校した。

 ここ最近ずっと簡易放香魔法の練習をしていたのだが、今日の朝方やっと習得できたのだ。これは呪文を正確に唱えられる滑舌と魔力さえあれば子供でも簡単に使える魔法なので、一週間もかかったことは恥ずかしいことではあるけれど、エステルは初めて魔法を習得できた嬉しさが勝っていた。


 あと少しでコツを掴めそうだと深夜から朝方まで練習を続けたせいで徹夜になってしまったが、興奮していて眠くない。

 教室に着くと相変わらず嫌がらせの手紙が置いてあって、今日はドブ川のような臭いを放っていたが、全く気にならなかった。


(これからも嫌がらせは魔法を使ってくれればいいのに。そうすれば私も悔しさから少しずつ色々な魔法を習得していけるかもしれない)


 そんなふうにすら思って、エステルは笑顔で椅子に座ったのだった。


 そして昼になり午前の授業が終わると、エステルはすぐに席を立って三年一組の教室に向かった。後ろのドアから恐る恐る教室を覗くと、教科書を机の引き出しに仕舞っているレクスやリシェたちが見えた。

 レクスとその友人たちはみんな同じクラスなので、近くの席にはルイザやバルト、ルノーもいる。貴族の子女が多いこの教室の中でも一際目を引く五人だ。


「私、エステルのところに行ってくるわ!」


 と、一番早く席を立ったリシェがレクスに言い、踊っているかのような軽やかな足取りでこちらに向かってきた。そしてすぐにエステルの存在に気づき、目を丸くする。


「どうしたの? エステルが三年の教室に来るなんて初めてじゃない?」


 リシェの声はよく通るので、レクスも気づいてこちらを見た。

 エステルはおずおずとリシェに言う。


「いつも迎えに来てもらっているので、たまには私から行こうかと……」

「ふーん。でも何だかそわそわしてる。何か嬉しいことでもあった?」


 言い当てられてエステルは少しビクッとした。リシェは臆することなく他人の目を見るので、表情の変化にもよく気づくようだ。


「はい、あの……」


 照れてもじもじしながら言うと、リシェは笑った。


「エステルって分かりやすい。何があったの?」

「全然大したことじゃないんですけど……」

「どうしたんだ?」


 そこにレクスもやってきてドアを塞ぐ形になってしまったので、他の生徒の邪魔にならないよう、エステルは廊下の方に下がる。

 

「どうした?」


 バルトは面白がっているような顔をしてリシェの隣に立ち、リシェは彼と腕を組んだ。ルノーとルイザもやってきて廊下の一角でエステルを囲む。


「あの……」


 キラキラ輝く豪華な面々に取り囲まれてエステルはたじろいだ。夏季休暇が明けてからずっと一緒に昼食を食べているけれど、このグループに交じることには慣れない。ピンクの髪や金色の目といった目立つ特徴を持っていても、明らかに自分だけ平凡だと思う。


「何かあった?」


 エステルの嬉しげな表情に気づいたのか、レクスも何だか楽しそうに尋ねてきた。


「えっと、実は初めて魔法が使えるようになったんです。これ……」


 ポケットから2つに折った紙を取り出すと、エステルはレクスたちにそれを見せるように開いた。中には簡易放香魔法の魔法陣が書いてある。

 そこでエステルが真剣な顔をして短い呪文を一言唱えると、軽やかな甘さのあるフローラルな香りが周囲に広がった。学園内に生えていた野花を使ったので香水のように完成された上品な香りではないが、十分良い匂いだ。


「簡易放香魔法? 初歩の初歩の魔法よね?」


 ルイザが不思議そうに言うので、エステルは自分には魔法の才能がないことを説明してからこう続ける。


「それで今まで魔法は全くだったんですけど、練習してできるようになったんです。それがすっごく嬉しくて……! 思わず見せに来てしまいました!」


 喜びを隠しきれずに花咲く笑顔を振りまきながら、エステルは子供のように無邪気な声で言った。

 するとみんなが目をパチクリさせたように見えたので、すぐにしゅんと冷静になる。


「あの、申し訳ありません。こんな些細なことに時間を使わせてしまって」

「いいえ、そんなことないわ。ふふっ」


 リシェはエステルの言葉を否定して、ほほ笑ましそうに笑った。バルトもルノーもにっこりしていて、ルイザも「子供みたい」と言いながら表情は柔らかい。

 一方、レクスは何故かこちらから顔をそらしていた。


「殿下……?」


 そうしてそのまま教室に逆戻りしてしまったので、エステルは不安になりながらリシェに聞いた。


「野花の匂いを殿下に嗅がせるなんて失礼でしたか? 高級なお花じゃなかったから気分を害させてしまったのかも」

「そんなことないわよ。気にしないで。放っておきなさい」


 そう言われたものの、結局レクスはその後食堂にも来なかったので、野花の香りで気持ち悪くなったのではないかとエステルは心配したのだった。


 

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