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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第一章

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25/65

25 続く友人関係

 夏季休暇初日。エステルは学園の寮の部屋で目覚めた。手狭な二人部屋だが、空いている部屋をレクスがあてがってくれたようで今は一人で使っている。

 体を起こすと、エステルは枕元で寝ているナトナを撫でながらため息をついた。義家族と離れて自由になったのに心は晴れない。

 ロメナは昨日家に戻った後どうなっただろうか、義両親はどうしているのだろうと少しだけ気がかりだ。

 義家族が何の罪にも問われず戻ってきてまた一緒に暮らすことになるのは嫌だし、罪はしっかり償ってもらいたいが、ひどい目に遭ってほしいというわけでもない。


「それに今日から学園もお休みだし……」


 エステルはお腹を出して寝ているナトナを自分の膝の上に乗せ、独り言を言った。授業もなければ図書室にも行けず、レクスとも会えない休みなんてと思ってしまう。


「家の掃除や雑用を押し付けられない分、自主勉強には力を入れられそうだけど」


 義家族と住んでいるとなかなか勉強にも集中できなかったが、ここなら誰かに邪魔されることもない。というか、他にすることがないから長い夏季休暇中ずっと部屋にこもって勉強することになりそうだ。


「勉強できるだけで幸せな環境なはずなのに、欲張りになってしまったわね。お義父さまとの契約から解放されたナトナもきっと側にいてくれるし、竜舎の掃除のお手伝いにも行けるから可愛いドラゴンたちとも会えるし、リックさんともお喋りできる。これで満足すべきなのに」


 レクスと会えないというだけで悲しくなってしまう。


「あぁぁ……!」


 エステルは心で泣きながらナトナのお腹をワシャワシャしたのだった。


 

 お昼前になると、エステルは透明になったナトナを連れて学園に向かう。寮は校舎のすぐ隣に建っているため歩いてすぐだ。休暇中も学園の食堂は開いていて、寮生の食事を三食用意してくれる。


(特待生は学費寮費はかからないけど食費は普通に払わないといけないのよね。今まではお義父さまが払ってくれていたけれど、これからどうなるのかしら)


 竜舎の掃除で得られるお金は少なく、毎日三食食べるには足りない。


(他に何か仕事を仕事を探さないといけないわ。でもそれだと学業の方が疎かになってしまうかも。特待生を維持しなきゃ学費もかかってくるし。一日一食にすれば何とか仕事を増やさなくてもやっていける?)


 そもそも学校に通う余裕のある立場ではなくなっているのかもしれないが、リテアラス学園を辞めるとなると寮も出ていかねばならず、そうなると仕事どころか安全な住処を探すところから始めなければならない。


 悩ましい問題が多く、エステルは一人で小さく唸りながら食堂へ入る。寮生しかいないので席は半分以上空いていた。

 エステルが一番安いメニューを頼んで席につくと、ナトナも足元に丸まって腰を下ろしたようで、左足の甲に僅かな重みを感じた。おそらくあごを乗せているのだろう。

 

 と、生徒の人数が少なくわりと静かだった食堂がふとざわめいた。騒ぎになるというほどではないが、みんなが同じ方向を見て、一斉にヒソヒソと話し出したのだ。


「どうしてここに?」

「休暇中に珍しい」


 みんなの小声のお喋りを聞いて、エステルもスープと向き合うのを止めて顔を上げる。すると出入り口からこちらに歩いてくるレクスが目に入った。


(レクス殿下!)


 色褪せて映っていた食堂が一気に華やかに色づく。ナトナのようにしっぽがあれば、嬉しくてブンブン振ってしまっていただろう。


(落ち着いて)


 自分に言い聞かせながら、エステルはスプーンを置く。そして水を一口飲んでハンカチで口元を押さえてから、こちらに真っ直ぐ向かってくるレクスの到着を待った。


「エステル、食事の途中に申し訳ない」

「いえ、とんでもないです!」


 こちらとしては会えただけで嬉しいのだから申し訳ないなんてほんの少しも思わなくていいのに、などと考えながらエステルは即座に答えた。

 するとレクスは少し笑って言う。


「元気そうで良かったよ」

「あ……」

 

 義家族が大変なことになっているのに薄情な奴だと思われたかもしれない。

 実際彼らのことは気にはなっているし、義家族がどうなるのか考えると胸にもやがかかる。けれどレクスにはそのもやを一時的に晴らす力があるのだ。


「調子はどう? 風邪は引いてない?」

「はい、あの、全然大丈夫です」


 レクスが隣に座ってきたので緊張しながら答える。昨日雨に濡れたので気にしてくれたのだろう。


「なら良かった。ところで今日も竜舎の掃除に行くの? すまないが、やっぱり休暇中は私は手伝いに行けない日が多そうだ」

「もちろんです。リックさんもいますし大丈夫ですから。気を遣っていただき恐縮です」

 

 王子はそんなに暇ではないだろうし、休暇中も掃除を手伝ってもらうなんて申し訳なさ過ぎる。

 レクスはまた話を変えて喋り出した。


「今日ここに来たのは、ダードンたちのことを伝えるためだ。一応裁判はあるけど、証拠も十分揃っているし処罰は決定されたようなものだから」

「はい」


 エステルはごくりとつばを飲み込んで続きを待つ。


「結論から言うと……ダードンは極刑だ。たくさんの貴族に違法な薬を飲ませて心を操った罪は重い。王族のことも狙っていたわけだから、王家を害する者として重い処分が下されるのは当然のことだ。本人もバレれば極刑になることは予想していたはず」


 極刑と聞いて、エステルは静かに衝撃を受けた。心がずんと重くなって言葉が出てこない。

 レクスはエステルの様子をうかがいつつ、説明を続ける。


「妻のマリエナは、夫が違法な薬を売っていたことを知りながら、本人も積極的に売ろうとしていた。が、薬の製造には関わっていなかったこと、彼女一人では精霊魔法薬の製造には至らなかったであろうことを鑑みて極刑にはならない。代わりに今後一切社交界への出入りを禁止し、王都に立ち入ることも禁止となった。財産のほとんども没収される。今住んでいる屋敷にも住めなくなるから、肩身の狭い思いをしながら田舎でひっそりと暮らしていくだろう」


 自業自得ではあるのだが、義両親が一気に転落していくのを目の当たりにしてエステルは怖くなった。彼らがナトナを利用して薬を作っていたことに気づいて警告できていたら、こんな事態になることは防げたかもしれない。そう思うと後悔しかなかった。ダードンにはひどい扱いも受けたが、死んでほしいわけじゃない。

 レクスは心配そうにこちらを見ながらも冷静に話す。


「娘のロメナは父親がナトナと契約していることも、精霊魔法薬を作っていたことも知らなかったようだが、他人の精霊契約の強制解除魔法を依頼した罪はある。それは違法な魔法だからね。近いうちに母親と一緒に王都を出ていくことになるだろう。ロメナが依頼をした魔法使いの方は今行方を追っていて、捕まり次第罪に問われる。ただ、二人ともそれほど重い罪にはならないと思う。被害者が庶民のエステルということもあって……」


 レクスは言いにくそうに続ける。


「被害者の身分で罪の重さが変わるなんておかしいが、実際のところ、被害者が王族と庶民とでは処罰は変わるんだ」

「いえ、いいんです。むしろ私は庶民で良かったと思いました。王族だったらロメナが処刑されていたかもしれないと思うと憂鬱になりますから」


 エステルは暗い顔をして言った。嫌いな相手でも、不幸になるのを見るのは気分の良いものじゃない。

 するとレクスは複雑そうな様子で返す。


「君にひどいことをしてきた者たちのことを考えて心を痛めるのはやめるんだ。そんなことに時間を使うくらいなら、君の大事な人のことを思い浮かべた方がいい。ナトナとかね。最近アリシャの赤ん坊も生まれたわけだし、そういう幸せなことを考えて笑っていた方がいいよ」

「確かに……そうですね」


 エステルは納得して頷き、控えめな笑みを浮かべた。レクスもその笑顔を見て少し頬を緩ませながら、エステルの足元をちらりと見て、透明になっているナトナの姿を探して言う。


「ナトナの罪は不問だ。基本的に精霊は犯罪に関わったとしても罰せられないからね。精霊本人の意思で犯罪を行っていた場合は別だが、大抵彼らは契約者の指示に従っているだけだから」

「本当ですか? 良かったです」


 精霊が罪に問われるのかどうかエステルはよく知らなかったが、レクスからそう言ってもらえて安心した。

 足先を少し動かして、足の甲を枕に寝ているナトナを刺激してみたが動く気配はない。のんきに熟睡しているようだ。

 レクスは穏やかに続ける。


「何も知らなかったエステルももちろん何かの罪に問われることはない。ダードンたちの財産は没収されるが、君が成人するまでの生活費と学費は残されるから、今後のことも心配しなくていい」

「あ、ありがとうございます……」


 気を揉んでいたお金の問題が解決して、エステルはホッと胸を撫で下ろした。

 けれど自分だけ『勉強』という自分の好きなことをやっていていいのかと罪悪感も感じていると、それを察してレクスがこう言う。


「養子に迎えた以上、ドール夫妻にはエステルが独り立ちするまで君を養う責任がある。たとえ自分たちが犯罪を犯して捕まったとしても、子どもの生活費は優先して工面しなければならない。彼らが不幸になったのも彼らの責任で、エステルのためのお金を残すのも彼らの責任なんだ。エステルが罪悪感を感じることは何もない」

「……レクス殿下、私の頭の中が見えるんですか?」


 後ろめたく感じていることを言い当てられて、エステルは目を丸くしてレクスを見つめた。

 するとレクスは苦笑して返す。


「見えたらいいんだけどね」

 

 困ったような笑みを可愛いと感じてしまって胸がきゅんとなる。と同時に何故頭の中を覗きたいのかと疑問に思った。

 もしかしてレクスはエステルに対して何か疑念を抱いているのではないだろうか。


(私がナトナを使って心を操っているかもって、まだ殿下は疑われているのかしら)


 だけどそれはエステルもそうだ。レクスは一流の魔法使いに調べてもらったから大丈夫だと言っていたが、ナトナがエステルのためを思って魔法をかけ、それを一旦解いたりまたかけたりを繰り返している可能性もなくはない。

 エステルは怯えに近い気持ちを持ちつつ尋ねた。


「レクス殿下……、本当に殿下は心を操られていないでしょうか? 私、心配で……。だってやっぱり、本来は殿下が私のような混血の庶民に優しくしてくださるはずがないですから。二人で並んで椅子に座っているこの状況も普通ではないと思うんです」


 混血の自分は、本当はレクスに話しかけるのもはばかられるような存在なのだ。エステルはそう思っていた。

 するとレクスは驚いたように目を見開いて、それから顔を伏せ、また困ったように笑ったように見えた。


「普通ではないか」


 レクスはその言葉に傷ついているようでいて、申し訳なさそうでもあった。エステルには分からない色々な感情が混ざっている感じがする。

 しかしやがてレクスは顔を上げると、やけに落ち着いた様子で話し出す。


「私は弁論大会の時にエステルを見て、色々考えを改めたんだ。相手が私で、誰も味方がいないかもしれない場所で、エステルはしっかり自分の主張ができていた。怖かっただろうに、素晴らしいスピーチだったよ」

「そんな、ありがとうございます」


 エステルは謙遜しながらも照れて言う。


「私とは違う大変な境遇で生きてきて、それでも優しさを失わず、前向きに勉学に励む努力家なところも尊敬しているんだ」

「尊敬だなんて……」


 今度はびっくりして呟いた。お世辞で言ってくれているにしても自分にはもったいない言葉だと感じる。

 レクスはそんなエステルを見つめながら、慎重に言葉を選びつつ言う。


「これからも……友人として、関われたらと思っているよ」

「も、もちろんです、喜んで!」


 レクスとは違い、エステルは即座に答えた。瞬間的に嬉しくなってしまったが、よく考えると友人関係が続くというのは辛いことだ。

 恋人になれないならいっそ離れようと思ってもできなくなってしまった。決して実らない恋から逃げられそうにない。

 

 今だって喜びのあまり抱きつきたい衝動にかられているけれど、レクスはそう簡単に触れていい相手ではない。側にはいてくれるけど、この人は決して自分のものにはならないのだ。

 

(苦しい……! 側にいられるのは嬉しいけど苦しい!)


 エステルが思わず苦しげに顔をしかめると、隣のレクスも何故か同じような顔をしていた。

 そうしてこれからもこの苦悩は続くのだろうと覚悟を決めつつ、エステルはそっと自分の胸を押さえたのだった。

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