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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第一章

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21 トラウマ

 レクスの話を聞いた後、エステルはふと思い出して尋ねる。


「そういえば、私に色々聞きたいことがあるとおっしゃっていましたが……」


 エステルを城に招待する時、レクスはそう言っていたはずだ。

 するとレクスは「ああ、そうだね」と頷いてから言う。


「エステルが契約している闇の精霊、ナトナのことを聞きたかったんだけど、今日は姿が見えないね」


 エステルの足元を見回してからレクスは続けた。


「でも精霊は透明になって姿を消せるから、基本的にはいつも透明になってエステルの側にいるのかな?」


 レクスはナトナに単に興味を持っているのか、あるいは警戒されているのかもしれない。城に精霊を入れてはいけなかっただろうかと心配しながらエステルは答える。


「ナトナは今は側にいないと思います。足にしっぽが当たったりしませんから。昼間はいつもどこかへ行っていないことが多いんです。闇の精霊だから、日の出ている間はうちの地下とか暗いところにいるんじゃないかと思っています」

「そうか、エステルの側にいつもいるわけではないんだね。エステルの義家族はナトナの存在を知っているの?」

「はい、知っています。私が初めてナトナと出会った時、義父たちにも見せていますから」


 エステルは過去を思い出しながら答えていく。


「私はナトナをただの子犬だと思っていましたが、義父が精霊だと気づいて教えてくれたんです」


『目がない』という精霊の特徴を幼く無知なエステルは知らなかったが、義父は知っていたのでナトナの正体を把握できた。ドラクルスでは、精霊が目を持たないことは一般的に知られているらしい。


「ナトナと出会ったのは何年くらい前かな?」

「ええと……七年ほど前になります」

「精霊はなかなか人前に姿を現さないと言われているけど、どこで出会ったの? すまない、次々に質問して」

「いいえ」


 エステルは軽く首を横に振ってから、歯切れ悪く言う。


「出会ったのは……あの、うちの……地下でです。用事があって私一人で地下に降りた時、ナトナと会ったんです。きっと暗いところが好きで……そこを住処にしていたんだと思います」


 罰として地下牢に閉じ込められて泣いている時に出会ったとは言えなかった。言ったところで責められるのは義両親だし、エステルは何も悪いことをしていないので隠す必要はないのだが、口にすると自分が惨めになるのだ。

 よく分からない願望だが、レクスには、家族から普通に愛されて育った子だと思われたかった。

 

 無意識にレクスから目を逸らしてうつむくエステルの変化に気づいたかは分からないが、レクスは「そうだったんだね」と言うと話を終わらせた。


「答えてくれてありがとう。知りたかったのは大体そんなところだよ」


 そして話を変えて続ける。


「ところでこの図書室の奥には、貴重な本を保管してある特別室があるんだ。少し見てみる?」


 やはりレクスは、エステルの元気がなくなったことに気づいていたのかもしれない。それで本が好きなエステルにそう提案してくれたのだろう。


「いいんですか? 見てみたいです!」


 エステルも再び表情を明るくさせて喜んだ。その様子を見てほほ笑むと、レクスは図書室の奥へと進む。

 そこには濃い緑色に塗られた木の扉があり、レクスが鍵を開けると図書室の光が中に差し込んで様子が見えた。狭い部屋だが、円形にカーブしている壁一面に本がびっしり並んでいる。ここは塔を利用して作られた特別室らしく、ずっと上の方まで本棚は続いていた。


「すごいです」


 エステルは感動して呟く。薄暗くて狭いのは少し怖かったが、秘密の魔導書の隠し部屋みたいで胸が躍った。

 本に誘われるように中に入ると、古びた紙とインクの落ち着く匂いがした。開いている図書室の窓から新鮮な風が緩く吹き込んで、空気を動かす。

 

「ここには古く貴重な本とか、魔法に関する禁書なんかが置いてある。王族の家系図とか、昔の王が書いた日記もどこかにあったはず。筆まめな人だったらしく全部で五十冊以上あるんだよ」

「それを読めば昔のことが色々分かりそうですね」

「そう、彼のおかげでその時代だけ色々解明していることが多いんだ」

「そうなんですか」


 面白いなと思いながら本棚を眺める。しかしこの部屋には灯りがないので、扉から漏れる光が届く範囲しか見えなかった。

 レクスも暗いと思ったらしく、「ちょっと待ってて」と言って図書室に引き返す。


「ランプを取ってくるよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってから再び本棚を見上げていると、背後でギィと扉が動く音がした。レクスが出ていく時に触れたのだろうと、エステルはわざわざ振り返って確認することはしなかったが、そのせいで心底驚くことになる。

 ――突然、背後で大きな音を立てて扉が閉まったからだ。


 特別室の中も一瞬で真っ暗になり、何も見えなくなる。と同時にエステルの全身から血の気が引き、冷や汗が吹き出た。子供の頃、真っ暗な地下牢に入れられた記憶と、その時に感じた恐怖が勝手に蘇ってくる。

 一歩先も見えない真っ暗闇。寒くて寂しくて、音だけやけに反響して、朝も夜も分からない、自分だけ違う世界に迷い込んでしまったかのようなあの空間。段々と闇の中に何者かがいるような気がしてきて、一人では気が狂いそうになるこの暗さ。

 

 恐怖で体が固まったかと思えば、エステルは「あ……」と悲鳴にもならないか細い声を漏らしてへなへなと床に座り込んだ。腰が抜けて全身に力が入らない。


「ナ、ナトナ……」


 瞳に涙が滲んで、首を絞められているみたいに息が苦しかった。呼吸の仕方が分からなくてパニックになる中、エステルはこの闇の中で自分の味方になってくれる精霊の名を何とか呼ぶ。


「ナトナ、助けて……」


 ひっ、ひっ、と短く必死に息を吸いながら床にうずくまっていると、特別室の扉はあっさりと外から開けられた。顔を覗かせたのはレクスだ。


「すまない、風が吹き込んで――」

 

 レクスが出て行ってすぐ、扉は風に押されて閉まったらしい。だからレクスは戻ってきてまた開けてくれた。エステルが真っ暗闇に晒された時間はほんの数秒だった。

 けれどその数秒はトラウマを呼び起こすには十分な時間で、レクスは扉を開けた時に見たエステルの様子に衝撃を受けたようだった。


「あ……、っ……」

「エステル!」


 床にへたり込んでまともに息もできなくなっているエステルに、レクスが駆け寄る。


「どうしたんだ」


 レクスも焦っているらしく動揺が声に出ていた。扉が急に閉まったくらいで死にかけている人を見れば誰でも狼狽するだろう、とエステルはどこか冷静に思った。情けないところを見せて心配をかけてしまって申し訳ない気持ちだ。


「落ち着いてゆっくり息を吐いて」

 

 それでもレクスはエステルの背を撫でながら優しく対応してくれた。

 と、いつの間にかナトナも現れて、エステルの膝に前足を乗せ、元気づけるように顔を舐めてくる。


(呼んだから来てくれたのかな)


 何とか呼吸をしながら、エステルは涙目でナトナを見た。

 夜の暗闇も少し怖いが、夜になる度パニックを起こすことはない。夜は暗いものだと分かっているし、必要になればいつでも灯りをつけられるからだ。

 けれど灯りもない場所に一人で閉じ込められたり、予期せぬところで突然闇に覆われれば恐怖に陥ってしまう。


「すみません……」


 エステルは思わずレクスに謝った。

 恐怖が段々と落ち着いてきたのはナトナが力を使ってくれているのか、あるいはそっと背中に添えられているレクスの手の温かさのおかげだろうか。

 呼吸も落ち着いたところで、エステルはレクスを見てもう一度謝る。


「すみません、驚かせてしまって……」

「いや」


 レクスは怒っているかのような険しい顔をしていた。

 声もこわばってはいたが、優しくエステルに言う。


「とりあえず外に出よう」


 ナトナも一緒に裏庭に出て、薔薇園のベンチに腰掛けた。暖かな日の光を浴びていると安心して、自然と深く息をつく。

 エステルが完全に落ち着いたところでレクスが言う。


「すまない、暗いところが苦手だったとは知らなくて」


 するとエステルはすぐに否定して返した。


「いえ、特別室を見られて嬉しかったです。暗いところも、いつも駄目だというわけではないんです」

「そうなんだね。夜も大丈夫なの?」

「はい。それほど怖くないです」

「閉じ込められたりするのが無理なのかな」


 レクスは探るように聞いてくる。まるでトラウマの原因を解明しようとする医者みたいに。

 エステルは下を向いて、膝に乗っているナトナを撫でながら小さな声で答える。


「そうですね、暗いところに閉じ込められると怖いのかもしれません」

「以前にそういう怖い体験をしたことがある?」

「そういう、わけでは……」


 嘘をつく罪悪感から、あやふやな答え方になってしまった。

 するとさらに質問しようとしているのか、レクスが口を開いて何か喋り出そうとする気配がしたが、それより僅かに早くナトナが動いた。エステルが膝に置いていた毛皮のバッグを前足でカリカリとひっかき出したのだ。


「駄目よ、ナトナ。傷つけたら叱られるわ」


 エステルはバッグを取り上げたが、ナトナは前足を伸ばしてまだひっかこうとしている。


「ナトナが気になるようなものは入ってないと思うけど」


 精霊のナトナは食べ物にも興味がないようだし、おもちゃにもあまり反応しない。そもそもその二つはバッグに入っていない。

 なのでエステルは不思議に思いながらバッグを開け、ナトナが気になっているものを確認しようとした。

 入っているのはやはり、ハンカチと口紅、手鏡、そして薬の入った封筒だけだ。


「何もないでしょ?」


 エステルが中身を見せて言うと、ナトナはさっと封筒を咥えて地面に落とす。


「あ、ちょっと……」


 レクスが見ていることもあって、エステルは慌てて封筒を拾おうとした。しかしナトナはぴょんと膝から降りると、前足で地面を蹴って封筒に土をかけ始める。


「ナ、ナトナ、どうしたの?」


 こんなこと今までしたことがないのでエステルは戸惑った。

 と、横で見ていたレクスも疑問に思ったらしくこう尋ねてくる。


「それが嫌みたいだね。封筒には何が入っているの?」

「えっと……」


 義父の作った薬――つまりエステルにとって信用できない人が作ったものをレクスに渡すつもりはなかった。義母のマリエナにはちゃんと渡すよう言われたが、レクスには言わず家に持ち帰るつもりだったのだ。

 けれどここで隠すのも怪しいし、城に変なものを持ち込んだと思われても嫌なので、エステルは全て話すことにした。


「これは義父が売っている薬なんです。体の若返りに効果があると言われているもので、レクス殿下には必要ないでしょうが、国王陛下や王妃様に是非飲んでいただきたいと、義母から預かってきたんです」


 エステルは封筒を拾うと、土を払って綺麗にした。ナトナはエステルがそれを持っているのが気に入らない様子で、薬を見上げてフスフスと鼻を鳴らしながら足元をうろついている。


「けれど陛下たちに渡してくださいとお願いするなんて厚かましいですし、第一この薬を勧める気持ちになれなくて、殿下にお渡しする気はなかったんです」

「勧める気持ちにならないというのは、どうして? ドール氏の薬は貴族たちの間で評判になっているし、実際に効果があるんだろう?」

「効果は、私は使ったことがないので分からないのですが……」


 エステルは言いにくそうにしながら続ける。


「分からないから勧めにくいんです。どんな材料を使って作られているのかも私は全く知らないですし、自分がよく分かっていないものを人に勧めるのはどうかと思いまして」


 エステルとしては義父のことが好きではないのでこの薬も好きじゃない、という理由が一番大きかったが、それを言うと何故義父のことが好きではないのか追及されそうだったので二番目の理由を答えた。


「この薬がどういうふうに作られているか、エステルは全く知らないんだね」

「はい。義父はわざわざ私にそんなこと言いませんから」


 お金になる薬の作り方を他人に教えるなんて。

 

「そうか」


 レクスは頷くと、エステルが持っている封筒を取って続けた。


「私たち王族は信頼できる侍医が処方した薬しか飲まないんだけど、これはもらっておくよ。こちらで処分しておく」

「え、でも……」

「渡さずに持ち帰ればエステルが叱られるんじゃないか?」

「それはそうです。ありがとうございます」


 そこまで気を回してくれるレクスに感謝して、エステルはお礼を言った。

 こうして初めての城訪問は、緊張気味のエステルに気を遣ったレクスが昼前には家に帰してくれて、色々ありつつも無事に終わったのだった。

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