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混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない  作者: 三国司
第一章

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20/65

20 城に行く

 休日のその日、レクスから城に招待されていたエステルは朝から緊張でドキドキしていた。


(よく眠れなかったわ……)


 体調は万全ではないが、完璧に身だしなみを整えて、約束の十時より一時間早くから部屋で待機しておく。


(三十分前になったら家の前で待っていよう)


 レクスの従者に玄関の扉を叩かせるのも申し訳ないと思ったのだ。


「エステル! もう準備は済んだの? どうして制服なんて着ているのよ」


 と、突然部屋を訪れた義母のマリエナが、学園の制服姿で椅子に座っているエステルを見て唖然とする。


「お城に招待されたのに制服で行くなんて! せっかくのチャンスなのよ!」


 昨日、義家族には城に行くことは伝えてあった。本当は言いたくなかったが、王族の馬車が家の前に停まれば目立つし、使用人から義家族に報告が行ってバレるのは避けられないからだ。

 案の定ダードンとマリエナは大喜びで、エステルに過度な期待をしている。


「これが一番綺麗な服かと思ったので……」

「前にドレスを買ってあげたでしょう!」

「あれはもう小さくなってしまって」


 エステルの服は姉のロメナのお下がりか使用人が買ってきた古着だった。自分の立場を自覚させるためか、エステルが新しい服を買ってもらえることはほとんどなかったが、二度ほど新品のドレスを買ってもらったことがある。

 それは周囲の人にエステルを大事に育てているのだとアピールするための衣装だった。以前はエステルも社交の場に連れて行かれることがあったのだ。


 けれど混血のエステルを連れていって善人ぶっても客は増えないと分かってきて、そういう場に出されることはなくなったので、最近は新しいドレスを買ってもらっていない。


「いいわ、じゃあロメナのものを着なさい」


 そう言ってロメナの部屋に連れて行かれると、マリエナが見繕ったドレスや髪飾りを身にまとうことになった。


「ちょっとお母様! 私のドレスをこいつに着させるなんて嫌よ!」

「我慢なさい。これはドール家の今後に関わることなのよ」


 ロメナは嫌がったが、マリエナは使用人にエステルを着替えさせるよう指示する。

 悔しそうに顔を歪めているロメナに睨まれながら、エステルは真っ赤なドレスに着替えた。左手の鱗を隠す手袋も、ドレスと合わせた真っ赤なレースだ。

 髪は結って、蝶のデザインの髪飾りをつけられる。化粧も軽くされて、香水を振りかけられ、全体的に派手な出で立ちになってしまった。


「これでまぁいいでしょう」


 マリエナは満足げだったが、果たしてこの情熱的なドレスが自分に似合っているのかエステルには疑問だった。


(ちょっと恥ずかしい……)


 お城に行くために気合を入れておしゃれしたけど似合っていない人のようになってる、と思ったが義母には言えない。

 そうこうしているうちに城から馬車がやってきて、エステルはマリエナに腕を引っ張られながら外に出る。馬車には御者がいるだけだったので、レクスは城で待っているようだ。

 

 義父のダードンは仕事に行っていてナトナも姿が見えないので、エステルは機嫌の良いマリエナと最高に機嫌の悪そうなロメナに見送られて城に行くことになった。


「しっかりやるのよ。鞄の中に入っている薬もちゃんとお渡ししてきて」


 最後に白い毛皮の小さなバッグを押し付け、マリエナはひそひそと囁く。このバッグはマリエナが持っている中で一番高級なバッグだったはずだが、そんなものを貸してくれるなんてどれだけ期待されているのだろうと不安になった。


 馬車が走り出し、マリエナたちの視線から逃れるとエステルはほっと息をつく。

 今日は風は強いが、よく晴れて少し暑いくらいの陽気だ。毛皮のバッグは初夏には似合わないような気がしたが、マリエナは高級なものを持っていけば間違いないとこれを選んだのだろう。


 中を開けて見ると、ハンカチと口紅、手鏡と、上等な白い封筒が一つあった。封筒には薄い薬包紙に包まれた粉薬が五つと、手紙が入っている。手紙を開けて読むと、どうやら義父から国王夫婦宛で、この薬を是非試してくださいと効能が色々書いてあった。どれも若返りに関する魅力的な効能ばかりなので、これを読めば少し試してみようかなという気になるかもしれない。


(文字を眺めていたら酔いそう)


 馬車に乗りなれていないエステルは、手紙を仕舞って馬車の小窓を少し開けた。風で髪が乱れそうだったが、自分の香水の匂いで酔うよりはいい。


 そうして三十分ほど馬車に揺られ、王城に着いた。広い敷地を鈍く光る銀色の柵が囲んでいて、中央には白亜の壁に灰色がかった青い屋根の城が鎮座している。

 城は正面から見ると横に長く広がっていて、基本的には三階建てのようだが、真ん中と端にバランスよく配置されている塔は五階まである。塔からはさらに小さな塔がいくつか突き出ているので、五階以上の高さまで上れるようだ。


「綺麗なお城……」


 たくさんある窓はほぼ左右均等にきっちりと並んでいて、それだけでも美しい。きっと陽光が入って中も明るいのだろう。

 手入れされた緑の芝生と背景の青空も城をより美しく見せていた。


 馬車は門を通り、城の玄関手前まで進むと、そこでエステルを降ろした。御者に扉を開けてもらって外に出ると、城の使用人が待機していて、エステルを応接室のようなところに案内してくれる。

 そこでソファーを勧められお茶を出されて、レクスが来るまで待つよう言われた。


(私みたいな者にもこんなに良くしてくださって)


 客人に普通の対応をしただけだろうが、お茶菓子まで用意してもらってエステルは感動していた。

 すると、風で少し乱れた髪を整えているうちにレクスはやって来て、応接室の扉を開ける。


「エステル、待たせてすまない。よく来てくれたね。迎えにいけなくて悪かった」


 レクスは王子らしい格好をしていたが、おそらく庶民でいうところの普段着くらいなのだろうか、装飾は派手ではなかった。

 前面に二列、ボタンがたくさん並んでいる詰め襟の白い服は金糸で縁取りがされていて、上品で高貴だ。ズボンは瞳の色によく似た薄いブルーで爽やかだった。


「いえいえそんな!」


 学園で見るのとは違うレクスの姿に見とれながらエステルは立ち上がる。いくらでも人を待たせられる身分だし迎えなんて使用人に任せて当たり前なのに、こうやって謝ってくれるところが彼の優しいところだ。


「今日はいつもと雰囲気が違うね」

「あの、はい……」


 エステルは立ったまま、顔を赤くして視線を床に落とす。

 今日の出で立ちは少し派手だが、とんでもなく場違いではないと信じたい。城に来る貴族ならきっとみんなこのくらい飾り立てるだろう。

 ただ、ロメナならこのドレスも化粧も様になっただろうが、エステルにはあまり似合っていない自覚があった。だからレクスに見られると恥ずかしい。

 レクスはエステルが照れていると思って、ほほ笑ましそうにこう言う。


「可愛いよ。エステルが選んだの?」


 可愛いという言葉に過剰に反応しそうになりながらも、社交辞令だと自分に言い聞かせ、エステルはおどおどと返す。


「いえ、母が選んでくれました。でも私は実はこういうのあまり趣味ではないのです。あまり似合っていませんし」

「そんなことはないけど、確かにエステルにはもっと似合うドレスがあるかもしれないね。香水も。まぁ今日はリシェはいないから誰にも文句は言われないよ」


 確かにおしゃれなリシェがいたら今日のエステルを見て卒倒していたかもしれない。

 レクスは話を変えてエステルに言う。


「まず怪我をした左腕を治療しよう。城には王族お抱えの優秀な魔法使いがいるから完璧に治してくれるよ」

「え? 腕ですか? けれどもうほとんど違和感もないですし」

「治癒魔法は何度かけたって体に悪い影響はないから」


 エステルは遠慮したが、レクスがやや強引に話を進めて、城に常駐しているらしい魔法使いを呼び出した。その魔法使いは応接室にやってくると、流れるように詠唱してエステルの腕をあっという間に治療し、去っていく。


「どう?」

「肌が突っ張っているような僅かな違和感も全くなくなりました。すごいです」


 さすが王族お抱えの魔法使いは学園の医務室で働く教師より能力が高いようだ。


「私なんかのためにありがとうございます」

「いいんだよ」


 エステルが「私なんか」と自分を卑下したせいだろうか、レクスは少し悲しげに返事をした。

 けれど次には明るくこう提案する。


「腕も治ったことだし、図書室に行ってみないか? リテアラス学園と同じようにこの城にも図書室があるんだ」

「図書室ですか!? 是非行きたいです!」


 エステルが分かりやすく瞳をきらめかせると、レクスは笑って案内してくれた。

 エステルは子供の頃から本に興味があったが、贅沢だと言って義両親が買ってくれることはなかったので図書室という場所が大好きだった。

 城の蔵書は借りられないかもしれないが、本がたくさん並んでいるのを見るだけでもわくわくする。


「わぁ、すごい!」


 本が日に焼けないようにか廊下より薄暗い図書室に入ると、エステルは弾んだ声を上げた。

 城の図書室は学園の図書室より広かったが、本棚と本棚の間隔が狭く圧迫感がある。壁にも天井まで届く量の本がぎゅうぎゅうに並べられていて壮観だ。


「この世に本ってこんなにたくさんあるんですね」


 感激して幼稚な感想を漏らしてしまう。


「半分以上は魔法に関する本だけど、歴史の本や、子供が読むような絵本もある。これ、きっとエステルも読んだことがあるんじゃないかな」


 レクスは近くにあった本棚から一冊の絵本を取って見せてきた。表紙に描かれているのは小さな子どものドラゴンだ。

 エステルはタイトルを読み上げて尋ねる。


「『ドラゴンの冒険』ですか?」

「そう。ドラクルスで昔から庶民にも親しまれている絵本だよ。子供が生まれたらみんなこれを買い与えて、毎夜少しずつ読み聞かせるんだ。ちょっと分厚い絵本だからね。エステルのうちにもなかった?」

「分かりません。あったかもしれませんが、私は読んでもらったことがなくて……」


 胸がぎゅっとなりながら答える。もしかしたらロメナは寝る前に読んでもらっていたかもしれないが、エステルはそんな経験全くなかった。みんなが当たり前にしてもらえることをしてもらえていなかったんだと、改めて悲しくなる。

 色々察したのかレクスは絵本を棚に戻した。


「図書室は少しかび臭いな。窓を開けよう」


 空気を変えようとしてか、レクスが図書室の窓をいくつか開けると生ぬるい風が流れ込んできた。レクスが気を遣ってくれているのが分かったので、エステルはなるべく明るい雰囲気を出して尋ねる。


「レクス殿下も絵本を読み聞かせてもらったりしたのですか? 国王陛下や王妃様に」

「うん、まぁ。毎日ではないけどね」


 エステルの手前、レクスは言い辛そうに遠慮気味に答える。


「お二人ともお忙しいでしょうに、絵本を読んでくださるなんて素敵です」

「二人とも感情を入れて読むから、うるさくてなかなか眠れなかったよ。乳母や使用人のほうが上手に読んでいた」

「ふふっ」


 笑い声を漏らしたエステルにレクスもほほ笑みつつ、次にはこう言った。


「でも父や母は私に絵本を読み聞かせるより、将来の王としての心づもりを説くことの方が多かったかな。政治の話もしてくるし、寝る前に難しい話をよくされていたよ」

「そうなんですね」

「王子として覚えることはたくさんあって……父に言われてこの図書室にある本もほとんど読んだ。内容が難しくて理解できなかったり、どんなことが書いてあったのか忘れてしまったものの方が多いけどね」


 王子であるレクスの生い立ちは、当たり前だがエステルとは全く違うのだろう。とても大事に育てられただろうが、プレッシャーも大きかったはずだ。

 たくさん本を読めていくらでも勉強ができる環境も今のエステルにとっては羨ましい限りだが、いざその立場になれば辛かったかもしれない。


「ここにある本のほとんどを読了されてるなんてすごいです。王子としてきっと他にもたくさん努力されてきたのでしょうね」


 所狭しと並べられた本棚を眺めつつエステルが言うと、レクスは少し面映そうに目を伏せて応える。


「普通の子供とは違う、やるべきことも多ければ制限も多い生活だったけど、そのおかげで今でも自分を律するのは得意だよ。我慢することは慣れてる」


 最後にエステルを見て自嘲するように笑って言った後、こう続けた。


「でも私はこんなに大きな城に住んで、使用人に身の周りのことをやってもらって、豪華な食事を食べて上等な服を着ているんだ。その分の努力をするのは当たり前だ。王族の決断で国が滅びることだってあるんだから、私たちは賢くないといけないからね」


 王子として生まれてきて、国民と国を守る責任を強制的に背負う。全て放り出したくなっても簡単に逃げることはできない。

 それをこの人は受け入れていて立派だなと、エステルの中で尊敬の気持ちが湧いた。


「格好良いです」


 レクスを真っ直ぐ見上げて言う。すごいことをしている人に「すごい」と称賛したくなるような、ごく自然な気持ちだった。

 レクスは周りの人間から山程褒められているだろうからエステルの言葉なんて意味のないものかもしれないが、それでも言いたくなったのだ。

 と、レクスはエステルを見てぱちぱちと目を瞬かせた後、横髪を耳にかけるような動作をしつつスッと顔を背ける。


「そうか、ありがとう」


 それからレクスがこちらを向いてくれなくなったので、機嫌を損ねてしまったのだとエステルは思った。

 顔を青くして慌てて言う。


「すみません、格好良いなんて今まで散々言われてきましたよね。気の利いた褒め言葉が浮かばず……思ったことをそのまま言ってしまいました」

「いや……」


 そう返しつつも、レクスはそのまましばらくそっぽを向いていた。


(どうしよう、怒らせてしまったわ)


 エステルが後ろでワタワタしていると、やがて気を取り直したレクスが、柔らかい表情で振り返って言う。


「いいんだ。よく考えられた〝気の利いた褒め言葉〟こそ散々言われているから。素直な言葉の方が嬉しいよ」


 どうやら機嫌は損ねていなかったようでエステルは胸を撫で下ろした。拙い言葉でも喜んでもらえたのなら嬉しいと思う。


(レクス殿下は一人で立つのが怖くなったりしないのかしら? 今はご両親がおられるけど、ご兄弟はいらっしゃらないし、いずれ王となった時に誰かに支えてほしいと思ったりはしないのかな)


 そう考えた時に『自分が支えたい』という気持ちが湧いてきてしまったが、自分なんかが国王を助けられることなんてない、厚かましいとすぐに蓋をした。


(誰か殿下を支えてくださる相手が見つかるといいな)

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