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 エステルが改めてレクスへの想いを強くすると共に自分を情けなく思っていると、話題を変えてレクスが尋ねてきた。


「ところで、定期試験の結果はどうだった?」


 レクスはエステルが特待生で勉強ができることを知っていて聞いてきたのだと思う。きっと良い結果を期待しているのだ。

 エステルはそう考え、期待に応えられず申し訳ない気持ちになりながら、しょんぼりと答える。


「総合二位でした……」

「すごいじゃないか。何故そんなに肩を落としているの?」

「いえ、だって……一位を取りたかったので」


 小さな声でボソボソ言うと、レクスは笑った。


「そうだったんだ。でも二位でそんな落ち込み方しなくても」


 レクスの笑顔につられて少しほほ笑みながら、エステルは話題を振った。


「レクス殿下はいつも定期試験の成績は一位だと聞きました。公務や王族としての用事もこなしておられるのにすごいです」

「いや、実は今回は私も二位だったんだ」


 ちょっとだけ言いづらそうに話し出す。


「今回は……あまり試験に集中できていなくてね」

「そうなんですか」


 王子という立場にあるのだから、試験以外に気がかりなことはきっとたくさんあるのだろうとエステルは思った。庶民には想像することしかできない世界だ。

 話が終わって少し間が空いたので、エステルは手に持っている封筒をもたもたと鞄に入れながら時間を稼いだ。「それじゃあ帰ります」と切り出すのが自然かもしれないが、一秒でも長くレクスといたかったからだ。

 レクスの方からも「じゃあ帰るよ」と言うことはなかったので、今日は時間に余裕があるのだろうかと思いながら、エステルは封筒を片付けた後にこう切り出す。


「私、実技の方も全然駄目で……」


 話が続けばレクスと一緒にいられる時間も増えると思い、世間話のつもりで最近の悩みを話した。


「魔法実技か。でもまだエステルたちは難しい魔法は習わないよね?」

「はい、そうなんです。火や水を操る自然魔法のまだ初歩的な段階なんですけど、どれも上手くできなくて。一度も魔法を発動させられていないんです。だから自信をなくしてしまって」

「うーん」


 レクスは何か考えているような相槌を打つ。

 エステルは話を続けた。


「先生は、この先治癒魔法や空間魔法なども習うからそっちに適性があるのかもって言っていました。自然魔法にこれだけ適性がないのなら、それ以外の特定の分野の魔法に強い魔力特性がある可能性もあると」


 つまりエステルは、力は強くないが様々な魔法をそつなくこなせる万能タイプではなく、一つの魔法だけに才能がある一点特化タイプの可能性があるらしい。


「確かに魔法においては、何か一つのことに飛び抜けた適性や才能がある場合、他のことは全くできない場合もあるね。前にも話した『魔法特性』というものだ」


 レクスは分かりやすく解説してくれる。


「例えば治癒魔法の天才がいるとしたら、その者は十中八九治癒魔法に強い魔法特性を持っている。その場合、治癒魔法の才能が百であれば、その他の魔法の才能はゼロになることもある。治癒魔法だけなら世界一だが他はまるで駄目な天才というわけだ。だが、そこまで極端で強い魔法特性を持つ者はなかなかいないけどね」


 世間話のつもりだったが、話をしてるうちに不安が蘇ってきたエステルは暗い顔をして頷く。


「はい、なかなかいないから、私の場合は魔法というもの全てに対してセンスがない可能性が一番高いみたいです」


 エステルのように簡単な魔法をいくつか試しても発動させられない者は、まだ試していない他の魔法の魔力特性が強いか、あるいは魔法に対して全くセンスがないかのどちらかだ。

 けれどレクスが言うように、百かゼロかの極端で強力な魔法特性を持つ者は少ないらしいし、おまけに魔法実技のおじいちゃん先生はこうも言っていた。


『君は貴族出身ではないだろう? 庶民ならば残念だけど、全ての魔法のセンスが皆無ということになるかもしれないねぇ。庶民の子で強い魔力特性を持つ子は……千人に一人もいないと思うからね。貴族出身者なら、魔法のセンスがないのではなく特定の魔力特性が強いという可能性はぐっと上がって、確率は半々といったところだけど。魔力特性の強い優秀な子は貴族に養子として貰われたり、婿や嫁に入ったりするから、どうしても優れた魔法使いは貴族から出やすく、庶民からは生まれにくいんだよ』

 

 今日に言われた言葉を思い出して肩を落としていると、レクスがはっきりと言う。


「いや、それはないよ。エステルは魔法のセンスがなく全ての魔法が使えない、ということはない。何故なら君は闇の精霊と契約していて、精霊魔法が使えるからだ」

「……精霊魔法ですか?」

「契約した精霊に魔法を使わせる、それが『精霊魔法』だよ」


 今までナトナに「魔法を使え!」と命令したことはないが、エステルを助けるために魔法を使ってくれていた。それも精霊を使役しているということになるのかもしれない。

 レクスは少し長めの自分の横髪をかき上げながら尋ねてくる。


「先生は君が精霊と契約してることを知らないの?」

「分かりません、入学の時に面接してくださった先生とは違うので。でも伝わってると思うんですけど……」

「二年の実技担当はフリール先生だったね。うーん……となると忘れているだけだね、きっと」


 フリールは良い先生なのだが、歳が歳なので忘れっぽいのだ。

 エステルは戸惑いながら、けれど希望も持ちながら質問した。


「ということは私は、精霊魔法の魔法特性を持っているということですか?」

「そうだと思う。だけど……」


 レクスは顎に手を当てて考えながら言う。


「初歩的な自然魔法が全くできなかったというのが気にかかる。全くできないということはゼロということで、それならエステルはその代わりに精霊魔法に突出した才能――つまり百の魔力特性があってもおかしくはないんだよ」

「私にそんな才能があるとは思えません」


 エステルが否定すると、レクスは考えたまま続ける。


「私もエステルは精霊魔法だけに特化しているわけではないと思う……。何故なら精霊魔法に強い魔力特性があるということは、すなわち精霊にすごく好かれるということだから」

「そうなんですか?」

「そう。だからエステルが本当に強い魔力特性を持っているなら、今エステルの周りにもっと精霊が溢れていてもおかしくないと思うんだ。でも君はナトナだけとしか契約していないんだよね? 今まで他の精霊がエステルに近寄ってきたことは?」


 そう尋ねられて、エステルは小さな声で返す。


「いえ、ないです。ナトナ以外の精霊を見たこともありません。そのナトナですら日中は私の側にいない時が多いですし、実はそんなに好かれてないのかも。……何だか色んなことに自信がなくなってきました」


 弱々しく言うと、レクスは慌てて励ましてくれた。


「ナトナはエステルに懐いているよ。なかなか人前に姿を現さない精霊と出会って懐かれるなんてすごいことだ。百ではないにしろ、エステルは精霊魔法に対する魔力特性は持っていると思うよ。精霊魔法を使える者は少ないからとても貴重な人材だ。自信を持って」


 単純だが、レクスに励まされているうちにエステルの顔は明るくなっていった。

 

「レクス殿下は精霊魔法にお詳しいんですね。もしかして殿下も使えるのですか?」


 レクスなら何でもできそうだと思って聞いたが、彼は首を横に振る。


「いや、私は精霊魔法は全く使えない。でも以前言ったが、友人に精霊魔法を使える者がいて」

「あ、そうでしたね」


 そういえばその人を紹介してくれるという話はどうなったのだろう、とエステルは思った。


「あの……」

「何?」


 自分から頼んでみようかと思ったが、レクスの「何?」の言い方に心が挫けてエステルは目をそらした。


「いえ、あの、何でもないです」


 別に冷たい言い方ではなかったのだが、それ以上先を言わないでほしいと思っていそうな、ほんの少し圧がある感じがしたのだ。


(殿下のご友人ということは貴族の方だろうし、その方に私のような混血の庶民を紹介するのは嫌よね)


 そう納得して口をつぐんだ。

 するとそこで、レクスはため息をついて軽く目を閉じる。この一瞬で自分は嫌われたのかとエステルは思ったが、レクスはすぐにまぶたを上げてほほ笑んだ。そしてエステルの頭を撫でて言う。


「ごめん。今日は帰ろうか。送っていくよ」


 手はすぐに離れてしまったが、触れられていた部分がじわじわ熱くなっていく。


(殿下が、私の……頭を……)


 数秒固まってから事実をのみ込み、顔もカッと赤くなる。レクスはもしかしたらエステルのことを決して恋愛対象にならない幼い子供のように思っているのかもしれない。だからこんなこと気軽にできるのだろうが、好きな人に頭を撫でられるなんてエステルにとっては大事件だった。


 衝撃で動けないエステルは恥ずかしくてレクスの顔を見ることもできなかったが、いつの間にか彼の後ろに女子生徒たちがいることには気づいた。

 四人いた生徒たちはみんな鞄を持ち、これから帰ろうと校舎を出たところらしかった。もしかしたら放課後教室に残ってお喋りに花を咲かせていたのかもしれない。

 問題は、その女子生徒の中にレクスの友人がいたことだ。


「あ……」


 エステルが彼女に気づいて声を漏らすと、レクスも後ろを振り返って言う。


「ルイザ」


 ルイザと呼ばれた女子生徒は、エステルが思う『学園で一番美しい生徒』だ。緩く波打つ長い金髪に真っ白な肌をしていて、いつも不機嫌そうな顔をしているけれどとんでもない美人だった。

 ルイザは今も不機嫌そうに――いや、かなり不愉快そうに顔を歪めてエステルとレクスを見ていた。

 周りにいる三人の女子生徒はルイザのいわゆる〝取り巻き〟なのか、立ち止まったままの彼女に「ルイザ様?」「どうされたんですか?」と気を遣って声をかけている。


「信じられない。何考えてるの?」


 ルイザは美しい形の唇を動かすと嫌悪感もあらわにレクスに言い、エステルのことをきつく睨みつけてから、待機所に残っていたもう一つの馬車に乗り込んだ。


「ご、ごきげんよう、ルイザ様」


 取り巻きたちは訳が分かっていないようで、さっさと帰ってしまうルイザを見送った後、レクスのことをちらちらと気にしながら頭を下げ、自分たちも歩いて帰っていった。


「怒っておられましたね……」


 エステルは様子をうかがうようにレクスを見た。


(私と一緒にいたせいかな)


 もしかしたらルイザも純血主義者なのかもしれない。それで混血のエステルと仲良くしているレクスに怒ったのだ。

 しかしレクスはルイザが怒っていることにあまり興味がないようで、エステルにもこう言った。


「気にしなくていい」


 そして馬車を呼び、エステルを乗せて家まで送ろうとしてくれたのだが、王家の紋章が入った馬車に乗る勇気なんてないエステルは丁重に、けれど断固として断って一人で帰ったのだった。


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