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私の先生

「すまん、聞き間違いかもしれない。もう一度言ってくれ」


「私の先生になってほしいの」


「話が見えないんだが」


「それはそうね」


 こほんとひとつ咳払いをして、興奮していた気分を落ち着けたらしい綾森。


「説明するとなると少し私のことを話すことになるのだけれど。綾森という家はそれなりに名のある家でね、言ってしまえば教育とかに無駄にこだわって凝り固まってる家庭なの」


 言ってしまいすぎというか、なかなか歯に衣をきせないタイプのお嬢様だ。


 それでもよくある毒舌といったイメージはない。

 嫌味な感じが薄く、真っ直ぐな言葉に爽やかささえ感じるのは彼女の人間力が成せる業だろう。


「我が家も例に漏れずそれぞれの分野ごとにプロの家庭教師を雇っていてね。魔法の先生も当然いるのだけれど、どこまでいっても教科書通りの手順でしかないの。基礎が大事なのは百も承知。でももっと自分の氷魔法に特化した伸ばし方があるはず、そう信じてる」


 綾森が自分のこれからと向き合う真剣さ、その熱意が伝わってくる。


 それを聞いた上で日裏は疑問を投げかけずにはいられない。


「俺も氷魔法のことはてんで分からないぞ」


「別に氷魔法なら氷魔法の先生に見てもらいたいとそういう我儘を言ってるわけではないわ。魔法ってね、自由なものだと思うの。夢想を叶える不思議な力、そんなものが決められたレールの上を走り縛られるなんて私は間違ってると思う」


 先ほどまで凛としていたお嬢様は、どこか夢見る少女のように瞳に希望を輝かせていた。


「どうして俺に?」


「影魔法なんて私のより希少な魔法、どんな鍛錬を積んでどう教えてもらってきたか知りたいと思ったら、まさか独学でそこまで使いこなす力量を身につけたなんて尊敬に値するわ。それに最初からなんとなく感じていた。貴方の魔法は自由なの」


 先駆者がいないことで自分自身で道を切り開くしかなかった日裏の影魔法は、型にはまらない自由な印象を受け取っても不思議ではない。


「だからお願い。私の先生になって」


 三度される依頼。答えを迫られる。


「先生なんて器じゃないが、俺の知ってること、感じたことくらいなら伝えられる。どこまで役に立てるかは疑問だけどな」


「それでいいわ。先生らしい先生なんて端から求めていないもの」


 日裏が悩んだ末に首を縦に振ったのは、綾森の本気の思いを肌で感じたところが大きな要因だった。

 綾森が考えに考え抜いてこのままではさらなる魔法の高みに向かうことは叶わないという結論に辿り着き行動したことも、彼女が魔法に真摯に向き合っていることを裏づけていた。


 そして、彼女が口にした、魔法は自由、という言葉は、日裏もまさに同じ考え方を持っている人間だったため、この決定を後押しする決め手となった。


「よろしくね、日裏くん。本当は相応の報酬を支払いたいのだけれど」


「別に気にすることじゃない。先生らしい先生をする気はないしな。言っても素人だ、金をもらって責任を果たせる立場じゃない」


「いえ、そういうことではなくてね。私の先生なのだから、適正価格では最低でもこのくらい。でもそんなお金いきなりもらったら、貴方の価値観や生活水準を破壊しかねないと思って」


 このくらい、と言って日裏の手のひらの上に指でなぞるように書かれた額に、桁が間違っているのではないかと確認の三度見をするも、氷のように不動の綾森。


 お嬢様の生きる世界の金銭感覚とは、と絶句するしかなかった。


「それに何でもかんでもお金で解決するってやり方は少し抵抗があるの。親のお金であって私のものではないし、子として享受できる権利は存分に使うけれど、好き放題する気にはなれなくて」


 話している言葉ひとつひとつが、蝶よ花よと温室で育てられてきたお嬢様のものとは思えない。

 綾森冴は驚くほどに一本筋の通った自分というものをもっている。


「だから私は私にできることで貴方の厚意に報いたい。もしも学園で困ったことがあれば言って、いつでも私は貴方の助けになるわ」


 なんという心強さか。 いつ起こり得るかも分からない不確かな未来の話で、普通なら対等な対価とは言い難いはずだが、彼女という人間がその言葉を説得力のある報酬に変えていた。


「ちなみに目下困っていることはある」


「何?」


「この利用券は偶然で手にした期限付きのものだからな。今後もここで特訓するとなると、そもそも先生としてのスタートすら切れない可能性が高い」


「ああ、それなら心配ないわ。はい、これ」


 手渡されたのはトレーニングエリアの正式な利用券。噂のVIPしか手にできないというチケットだった。


「これは綾森のものじゃないのか」


「私はもう一枚持ってるわ」


 純粋な疑問を顔に浮かべていると、それを察した綾森が説明をする。


「寄付額が一定以上の家庭は、他にも多くの優待券がもらえてね、どれが何枚と自分の利用するものに応じて決めるの。で、大体必要なチケットは2枚から頼む」


「どうして2枚?」


「紛失したときのリスクヘッジをしているのよ。なくしたらなくしたでスペアをすぐに使えるようにって。これ一枚がいくらの価値があるかなんてろくに考えずにね」


 綾森はチケットをひらひらと振ってみせる。


 まさに富を持つ者の考え方に、ついていけない様子の日裏。


「ほんと嫌なやつよね、金持ちって」


 そう言って笑う綾森だった。

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