特訓場での出会い
日裏は学園内にあるトレーニングエリアに訪れていた。
優秀な魔法士を育てるための学園だけあってトレーニングエリアだけでも複数用意されている。
今いるこの場所はその中でも広大な土地を有し、大規模な魔法なども使える充実した施設。
使用を許されているものは学園に多くの寄付を行なっている一部の上流家庭だけというVIPエリアだった。
そんな場所になぜ場違いの日裏がいるのか。
それはマビモギで勝者に与えられた賞品がこのトレーニングエリアの特別利用券だったからだ。
このエリアの利点は広いことに限らず、利用者を限定していることで手の内が他者に漏れるのを防ぐのに一役買っていることだ。
少なからず他人の目はあるが、公衆の面前で魔法を披露するより賢明なのは確かだ。
元よりトレーニングは欠かすことのないひうらにとってこの環境は歓迎するほかにない。
日裏の前には薙ぎ倒された木々が転がる。
放たれた魔法の爪痕がありありと残ったそれを眺めながら、腰を下ろして体を休めていると近づいてくる者がいた。
「あら、見ない顔ですね」
芯の通った涼やかな声。
そちらを見れば髪を後ろでまとめた上品な顔立ちの女生徒が歩を進め、近づいてきていた。
「邪魔だったか」
「いえ、誰がどこを使おうと特に区分けされてるわけではありませんので」
物腰柔らかに応対するが、口ぶりからすれば普段から彼女がこの場所を使っていることは伺えた。
「1年D組の日裏だ。賞品で体験のチケットをもらったんで、お試しで利用させてもらってる」
「同じ1年生だったのね、私はA組の綾森冴。よろしくね」
同学年だと分かると敬語を取り払って話す綾森。
「D組、それに日裏って、貴方が噂の影魔法使いかしら」
「合ってるが、そんな噂が?」
「A組には名のある家の子息なんかが多くてね、影魔法なんて話題には敏感なのよ。悪く思わないでちょうだい」
他人事のように話す綾森だが、彼女自身も高貴な出自であることは明白だ。
このエリアを利用している、A組に所属しているなど状況証拠も揃っているが、その佇まい一つ一つが彼女の品位を物語っていた。
綾森はだいぶ遠回しな言い方をしているが、高貴な身分の者の中には影魔法を下賤なものと強く嫌い、差別的思想を持つ者もいる。
「そんな噂の人物と接触して大丈夫か?」
「私?確かにそういう類の考えは聞かされてきた身ではあるけれど。偏見があったとして、相対している人物にそのまま適用することは稀じゃない?」
あの世代の人は、あの地域の人は、あの国の人は。母数を大きくして好き勝手なことを言う人間は多数いれど、いざその生身の人間と接すれば他に得られる情報も多いため、勝手なイメージを貫き通すことは少ないのかもしれない。
ましてや、まともな思考の人間であれば目の前にいる人に偏見をぶつけ否定することに多少の躊躇が生まれて然るべきだ。
「変わってるな」
「いいことじゃない」
歓迎すべきことだと笑い飛ばす綾森。
普通のことだと言うが、恵まれた環境に身を置きながら言えるのは大したものだと日裏は感心した。
「そんなことより…」
綾森は言葉の切れ目でちらりと倒れた木の方を見やると、
突然地表から鋭い氷が突き出し、日裏を襲った。
すんでのところで体を捻って回避すると、続けざまに上方からいくつもの氷塊が降り注ぐ。
範囲に対する攻撃に、拳を薙いで自分に当たる最小限の対象を排除すると、綾森に対して居直った。
「貴族流の挨拶か?」
「正直初撃を防がれたことに驚きなのに、まさか魔法も使わずに対処されるなんてね」
「よく言う。追撃をしっかり用意しておいて」
「驚いたのは本当よ。不測の事態に備えて、二の矢を用意するのは当然でしょ」
戦闘の肝を心得たお嬢様は当然でも何でもないような気がすると考える日裏だったが、相手の真意は読み取れない。
綾森も次なる攻撃を放つつもりはないのか口を開く。
「突然悪かったわね。影魔法がどんなものか興味があって試したの」
「随分と物騒なお試しだ。あのままやられてたらどうしたんだ」
「完璧に防いだ貴方が言うのはどうなの。直感で大丈夫そうって思ったのよ。身一つで捌かれるのまでは期待していなかったけれどね」
「あいにくと体は鍛えてるんだ」
「はぁ、もうそういうことでいいわ」
やや不服そうにかぶりを振る綾森。
「次なる攻撃がないところを見るに諦めてくれたっていうことか」
「まさか、あんなの見せられて興味はむしろ増すばかりよ。不意打ちも不意打ちで一太刀も浴びせられなかったのに、今のような追撃を何度重ねたところで同じ結果になるのは目に見えてるというだけ。力押しじゃなくて素直に言葉で伝えた方が効率的だわ」
そこまで言って区切ると、向き直って改めて言葉にする。
「貴方の影魔法、私に見せて」
「手の内を初対面の相手に開示しろと?」
「あら、私も見せたじゃない。氷魔法、影ほどではないにせよそこそこ希少だと自負しているのだけれど」
「見せてくれと頼んだ覚えはないが、身をもって威力を知りそうになったな」
そんな押し問答が続くと、少し真剣な顔つきで綾森が言った。
「お願いよ。私にとって大事なことなの」
理由を説明するわけでもなく、多くは語らない。
それでも思い詰めたように言葉を絞り出す姿に茶化したり誤魔化したりするのは無粋に感じた。
「大したものじゃないかもしれないぞ?」
「期待と違えばすぐに諦めるわ」
挑発からすぐに嘆願に切り替えてきた姿勢、何より綾森の真剣さを受け取ってしまった日裏は決断せざるを得なかった。
先ほど一瞥していた倒れた木々、そこに彼女の求めているものがあるのだと推測し、使う魔法を定める。
「眉月」
薄く弧を描いた刃のようになった黒い影が前方に飛んでいき、木々を真っ二つに両断する。
綺麗すぎる切断面がその威力を表していた。
「凄い……貴方のそれって誰に教わったの」
「誰に、か。まあ自分で開拓していったことにはなるのか」
「これを自分で。……決めたわ」
危ういほどの真っ直ぐな瞳で迷いなく躊躇いなく宣言する。
「私の先生になってちょうだい」