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深紅の薔薇姫

「今日は君たちの入学を祝って、中等部の生徒が挨拶に来てくれている」


 担任の紅崎が言うには毎年恒例で行われている行事らしい。


 星海魔法学園中等部。

 日裏たちのいる高等部と同じ敷地内に学舎が併設されている。

 高等部に比べて、中等部に入学するのは狭き門で、そこに在籍する生徒たちは魔法のエリートと言って差し支えないだろう。


 今日挨拶に来る3年生ともなればその実力は折り紙付きだ。

 中等部の生徒からの入学祝いの挨拶がどういった経緯で伝統のイベントになったのかは分からないが、大方中等部と高等部の交流や連携を目的としたものだと想像できる。

 中等部の3年生にとってみれば来年自分たちが通う場所を先んじて見ておくことで、未来のビジョンを明確に抱けるのだから、割と理にかなっているのかもしれない。


「中等部、やっぱすごい人がくるのかな」


 霧峰が足をぷらぷらさせながら誰に向けてでもなく呟くと、谷見が右の席からそれに反応する。


「確かに挨拶を務める代表がそれなりに実力を持った生徒というのは納得のできるところだが、挨拶は他のクラスも来ている。AからDまで4クラスもあれば、全員が全員同じような実力とはいかないだろう」


 谷見が言うのももっともであるし、仮に優秀な生徒を上から順に選出していたとしても機械的にAクラスから分担していけば、Dクラスに来るのは4番手の生徒になる。

 挨拶をする代表生徒=首席クラスという認識でいると、実際とは異なりそうだ。


「既に来てもらっている。早速入ってもらおうか」


 ガラッと音を立てて開いた扉。

 そこから一人の女生徒が顔を見せる。


 その少女の顔を見るやいなや、ざわっと声が上がった。


「まさか彼女が代表とは。先ほどの言葉は取り消さねばな」


 谷見がそんな風に言う。


 入ってきた女生徒は深い紅の髪を携え、深い紅い瞳でこちらを眺めていた。

 そのどこか魅惑的な風貌に吸い寄せられるように教室中の注目が集まる。 

 その上級生に囲まれたこの空間にあってもなお全く変わらない表情、物怖じしていないような落ち着きが常人離れした雰囲気を後押ししていた。


 ぺこりと頭を下げると表情を崩さないままの彼女が口を開く。


「この度は星海魔法学園へのご入学おめでとうございます。私は中等部三年の嬬恋窈つまごい かすかです。中等部を代表してお祝い申し上げます」


 これまた平坦な声で話しきる。

 礼儀こそ正しい、もはや所作は美しいくらいだが、声の調子が落ち着き払いすぎていて祝っているように聞こえないのは本人の意図するところかは不明だ。


 注目が前に立つ嬬恋に集まる中、日裏はこっそりと谷見に聞いてみる。


「有名なのか」


「深紅の薔薇姫。そんな二つ名の方が有名かもしれないが、魔法の実力でいえば中等部トップは彼女のもので揺るぎないと言われている」


 先ほど冗談で言っていた首席クラスが来てしまったというわけだ。


「ただ薔薇姫だけあって、見ての通りの冷淡な印象があるから、こういったイベント事を引き受けるイメージはなかった。その点は驚きだ」


 首を傾げながら言う谷見の表情を見るに彼女のイメージとは少々離れた行動らしい。

 単なるイメージとリアルの相違か、あるいは今回の行動に何か意図があってのことなのか。

 嬬恋のパーソナルな情報をもたない日裏には分かりようのないことだった。


 日裏と谷見がこそこそと雑談をしていると、嬬恋がそちらに目を向けた。

 すると、視線を切らぬままつかつかと歩み寄ってくる。


 その突飛な行動に周りは再びざわつくが、本人に気にするそぶりはない。


 慌ても焦りもない足取りで日裏の前までたどり着く。


「どうも、こんにちは。あなたが影魔法を使うっていう先輩ですか」


「ああ、日裏湊だ」


 影魔法のことに触れられ、一瞬入学初日のことが頭によぎり身構える。

 影魔法はお世辞にも良くは見られていないため、自らが進む学園にそんな異物が混ざっていてほしくないという過激な思想があってもおかしくはない。


 しかし、嬬恋は初めてふっと笑みをこぼした。


「そうですか。 よろしくお願いします、先輩」


 その表情を見たのは真っ直ぐに顔を向けられていた日裏くらいだったかもしれないが、人を寄せつけない薔薇の棘とは程遠い柔らかな微笑みだった。


「貴様何挨拶されてるんだ。僕は谷見万だ、同じ炎魔法を使う」


「どうも、初めまして。谷見先輩ですね」


 くるっと振り返った時には元のクールな表情に戻っていたが、礼儀正しく先輩たちの挨拶に応答していくのだった。

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