ご近所さん
入学の顔合わせの日から早くも1週間が経過しようとしていたある日。
クラスメイトも互いを認識しあったところで、初めての席替えが行われ、それぞれのコミュニティを形成しつつあった。
「おはよう、吾妻は今日も早いな」
見た目はまるで不良のようなのに品行方正だ、という余計な言葉は飲み込んだ。
日裏の左隣の席には吾妻美鳴が座っている。
褐色肌に長い金髪、高い身長をはじめとした恵まれた体つき。
ただ歩いているだけなのに女番長かと勘違いされ、道を譲る男もいたとか。
「なんか失礼なこと考えてないか」
一番の原因はこの本人から発せられる威圧感にある。
凄みを利かせるような目つきに睨まれれば、気弱な生徒はたちまち体がすくんでしまうことだろう。
とはいえナチュラルボーンヤンキーというわけではなく、発している威圧感を含め、吾妻自身が意図的にそう見せている気配を日裏はなんとなく感じていた。
「そう睨むなよ。俺に穴が開く」
「そんなに見つめ続けるか」
私も朝から暇じゃないんだと吾妻が視線を戻したので、日裏もとりあえず自分の席に座ろうとかばんを置こうとしたところでぎょっとした。
机に頭蓋が乗っている。
端的すぎる表現ではバイオレンスホラーの幕開けかと思うが、正確には前方の席の生徒がリクライニングよろしく、後方日裏の席に頭を乗っけている、それだけのことであった。
逆さの世界から見ているであろう彼女は、その迷惑行為に悪びれることもなく、机の主人の顔をぼうっと覗き込んでいた。
「真雲、俺の机はヘッドレストじゃないんだが」
「固いもんね」
この噛み合っているようでずれている会話。
前の席に座るぽやぽやーっという擬音がぴったりの女生徒、霧峰真雲は気にした様子もなく、自分のペースで生きていた。
彼女なら京都においても、お茶漬けをいただきますからごちそうさままで楽しめるだろう。
「占領をやめないなら実力行使に出るが」
「あい」
実力行使を受け入れますという意思なのか、両手を宙に伸ばしてこの手を引いてくれと言わんばかりにぷらぷらさせる霧峰。
だが日裏は此度の犯人の思い通りになるのも少し癪だったので、ぐっと強制的に机の上から持ち上げようとすると、ボリュームのある髪に手が沈み、軽い頭はすんなりと浮いた。
「なんかちがう」
「思い通りにいかない世の中だな」
違うとは言いながらも不満そうな表情ではなかった、むしろ嬉しそうである。
そんな一挙手一投足に周りの何人かの生徒からの視線が集まっている。
白いふわふわとした髪に小柄な体躯、併せ持った独特な雰囲気で、霧峰はクラスのマスコット的存在として一部から注目を集めているのだ。
幼子か、綿菓子の妖精か、そう見紛うほどの愛らしさに心を射抜かれた者も少なくないのかもしれない。
そして、その霧峰になぜか日裏はなつかれていた。
「ちょっと、湊。変な人がこっち見てる」
「しっ、ロリコンかもしれない。目を合わせないようにするんだ」
「らじゃー」
「誰がロリコンだ!ミニバンだろ!ミニバンじゃない!」
怒涛の三連エクスクラメーションマーク。
霧峰の右隣、つまり日裏の右斜め前には谷見が座っていた。
日裏だけでなく霧峰にもそのいじりやすさに目をつけられてしまい、この座席配置となれば悲惨な運命は決定づけられていた。
「みんな揃ってるかー。今日も朝からイベントがあるぞ」
そんな担任の紅崎の快活な声で一日が幕を開けるのだった。