影の実力
一瞬の出来事に事態を把握できず呆然としている者も多かった。
日裏はそんな周りの反応は意に介さず、尻もちをついたままの千条に歩み寄る。
「悪かったな、大丈夫か」
「あ、いえ。ありがとうございます」
差し出された手につかまり、引き起こしてもらう千条。
面と向かう形になったことも後押しし、頭の中の思考が言葉になって漏れ出す。
「驚きです。あんなに近づかれていて、寸前まで本当に気が付きませんでした」
「まあ、影魔法の得意分野だからな」
影魔法の一般的なイメージ、それはこそこそ隠れるというもの。
戦闘に長けているとはいえないその地味な力が格下と呼ばれる所以でもあるため、影魔法の能力自体は聞き及んでいたことではあったが、蓋を開けてみれば見事に不意を突かれている。
知ってはいても、そう出会うことのない影魔法を実際に見るのは初めてであり、何の対処もできなかったことに千条は本心から驚いていた。
「あんな終わり間際の時間で仕掛けてくるなんて想定外です」
「下手に標的になると逃げきれないリスクがあるだろ」
わざわざ残り3秒の時点で奪ってきたことは偶然でも何でもないことは明らかだ。
3秒間は何人にも奪われない、ルールという名の絶対の防御壁。
それを有効に活用した結果、魔尾を取った瞬間に勝利を確定させた。
「んー悔しいです」
「嬉しそうな顔で言われてもな」
思えばいつから姿を消していたのかもわからない。
元々クラスメイト全員に意識を向け続けているなど無理な話ではあるが、それでも尻尾を狙い距離を詰めてくる生徒には自然と意識が向く。
一番警戒が強い背後への接近を許すなんて、影魔法の力を認めざるを得ない。
なんなら周囲で眺める生徒たちすら誰一人気づいていなかったのではないだろうか。
確かな技量で多くの目を欺いてみせた日裏に、本心から悔しいと思いながらもわくわくしてしまう自分を隠せない千条だった。
「最後の最後で横取りとは。どこまでも卑しいやつだ」
ずかずかと歩いてきて、横槍を入れてきたのは谷見。
当の本人はというと、最初に手にした幸運をみすみす手放し、魔尾を奪われた後は戦線離脱していたようだが、それを棚に上げてわざわざ嫌味を言いにくる辺り、教室で辱められたことを相当気にしていたようだった。
「ミニバンなのに、随分燃費が悪かったな」
「うるさいわ!誰がミニバンだ」
やたらめったらと炎をまき散らし、増えた魔力を全然有効活用できていなかった様を揶揄され、さらに余裕がなくなる。
しっかりと追い討ちを食らい、振り回される谷見。
「仲がよろしいんですね」
「竹馬の友だ」
「今日が初対面だ!」
「ふふっ」
そんな三人のやりとりを遠巻きに眺めていた吾妻は考えていた。
ここにいる誰もが、気配を消した影魔法、クールタイムを上手く利用した安全な勝ち方の頭脳プレイのどちらかに目が行っている。
しかし、気づかれずに近づけること、ルールを逆手に取った作戦、この2つを満たしてもそれだけでは勝利は達成し得ないものだったのではないだろうか。
決定的で不可欠なピースを見落としている。
そもそも残り3秒で取れば奪われないという作戦を思いついたとして、一度のミスも許されないギリギリの時間で勝負することを選ぶ人間がどれほどいるだろう。
少しの遅れ、些細なミスで歯車が狂えば、次のチャンスはない。
最初から失敗したらそのときはそのときだと割り切っていた?
いや、違う。
そうではないことを半ば確信していた。
3秒の時点で奪取するという結果に1ミリの疑いすら抱いていなかったはずだ。
吾妻自身も他の大勢の生徒と同じように日裏が潜んでいる間はその存在に全く気付いていなかったが、姿を現してからはずっと視界に捉え続けていた。
体の使い方、動きの俊敏性、抵抗する相手への的確な対処、自身も戦いの心得があるからこそ分かる、あれは戦いに慣れた者の動きだ。
現状は片鱗でしかないが、可能性を感じるには十分だった。
興味がわいてくる、吾妻は素直にそう思った。
そして、同級生をからかって遊ぶ日裏の方に視線をやるのだった。