7.種
「桃井、今まで頑なな態度とって悪かった」
「うぇ?」
「……これからは、ちゃんとするから」
「う、うん。僕もこの前は言い過ぎたかも」
恋星と私の冷戦はあっけなく終わりを迎えた。
恋星は謝って来たその理由までは語らず、私の脳内には「?」が残った。社長に怒られでもしたのか?
それからというもの、時折、恋星は私に話しかける様になった。とはいえ、結たちとのような世間話ではなく、仕事の話だとか歌唱技術だとか、何の色気も面白味もない内容だったが。
世界を目指しているというだけあって、恋星の話は詳しく、勉強になるものだった。私の彼に対する印象も、話していくうちに「ヤな奴」から「不器用な奴」に変化していった。
だがある日のこと、私は恋星と何でもない雑談をすることになった。
「薫クン! 一ノ瀬愛涙のDVD見ましたよ! 貸してくれてありがとうっす! めっちゃよかったし、勉強になりました!」
「そう! それならよかった。……どの曲が好きだった?」
「星の涙ってーーあぁ、俺これから正樹クンと雑誌の取材で! あの、MV公開の宣伝的なやつ! もう行かなきゃだから、後からメッセージで感想送りますっ」
朝は貸していた一ノ瀬愛涙のDVDを私に返すと、急いで事務所から出ていった。
せっかく初見の感想が聞けると思ったのに。仕事はしょうがないが、どこか残念な気持ちが、心に残る。
「はぁ」
「……桃井。お前、一ノ瀬愛涙、好きなのか?」
「え、あぁ、うん。好きだよ」
いつからいたのか、背後から恋星に話しかけられる。どこか照れたような恋星の様子に、私は何かを察する。
「……もしかして、恋星も一ノ瀬愛涙、好き?」
「……おう」
私の考えは当たったようで、探り探りの間合いが、私達の間に生まれる。どの程度の好きなのか。ライトな感じか、それとも私と同じくらい重めのファンか。一歩間違えれば、ここ数日で歩み寄った恋星との信頼度がぱぁになる。慎重にならなければならない。だが、私が動くより先に、恋星が質問を投げかけてきた。
「桃井はなんの曲が好きなんだ」
「スターダストベイビー、かな」
「オレも! 曲調めっちゃかっこいいのに、歌詞が悲しくて……すごくいい曲だよな!」
「そうなんだよ! 僕もあのアンバランスさが好きなんだ! あと、いつもはかわいい声のアイルがかっこいい低音で歌っているのも最高でーー」
恋星の声が一気に明るくなる。それにつられて、私の声もグッと盛り上がった。
恋星は私と同じくらいかそれ以上のアイラー(※一ノ瀬愛涙のファン総称)らしく、私が持っていないグッズも所持していた。
好きな曲、好きな衣装、好きなライブ……話は尽きず、時間はあっという間に流れていく。恋星の表情は、私が今まで見たことが無い程に、明るく優しい少年のようになっていた。
それがひと段落したころ、ふとキラキラとした表情だった恋星の顔が真剣なものに変わった。
「オレさ、アイルに憧れて歌手を目指したんだ。でも、アイルの事、アイドルじゃあなくてアーティストだと思っていた。むしろアイドルを馬鹿にしていた。……アイドル特集とかでもさ、そんなんと一緒にするなーって」
その言葉は納得できるものだった。
一ノ瀬愛涙はアイドルだったが、どちらかと言うと圧倒的なパフォーマンスを魅せるタイプで、ファンサなどは全くと言っていいほどしなかった。「アイルを他のきゃぴきゃぴと一緒にするな」と言う一部のファンの言葉は当時よく炎上したが、しょうがないと思わせる部分もあった。
「この事務所のアイドルオーディションを受けたのもアイルがいた事務所だったから。俺は別にアイドルになるつもりはなかった。ただ、アイルと同じ場所に立ちたかった」
私もおんなじだ。
私は恋星とは違い、他のアイドルやアイドルという文化だって好きだったが、結局はアイルになりたかった。愛嬌とかかわいらしさよりも、鋭さを売りにしたようなアイドルになりたかった。
なんだ。こんなにも近いところがあったのか。心の中に温かい何かが生まれる。
私が呆然と恋星を見つめていると、恋星の真剣で優しい瞳と視線がかち合った。とっさにドキッと心臓が跳ねる。
「オレさーー」
「みんな居るかっ!?」
恋星が何かを言いかけた時、事務所に結とマネージャーの冴島さんが駆け込んできた。その表情はどこか強張っている。
「永瀬は、今日はまだ見てないな」
「朝と正樹はWEBの取材に行っているけど……どうかした?」
「……INCのセカンドシングルのMV公開が明後日の20:00と予告された」
「ホントついてないわね。既にトレンド独占よ」
INCとは、半年前にデビューした7人組男性アイドルグループだ。私達Aioonと同じく、オーディションからその様子が配信されてデビューに至った。ダンスの技術と歌唱力、どちらも優秀なメンバーがそろっている。海外志向も強く、中高生の人気が高い。今、一番勢いがある男性アイドルグループと言っても過言ではない。
「明後日って、オレたちのMV公開もだよな……」
「うん、貴方達の公開は22:00だから完全被りじゃないけどーー」
「まぁトレンドは独占されているでしょうね」
どこか言いにくそうな冴島さんの言葉を、引き取る。
被り。これはこれからデビューし、話題性が必要な私たちにとっては、痛い出来事だ。
「ど、どうするんですか? 時間変更するとかーー」
「今から変えたら、INCに臆したと言われるでしょうね。そもそもこちらが先に予告してたし……手痛い状況とはいえ、堂々とするべきね」
「でも、このままじゃぁ俺たちーー」
結の不安もわかるが、冴島さんの言葉はもっともだ。
別に私たちはINCの公式ライバルと言うわけでも何でもないし、メンバー間に知り合いだっていない。だが、近い時期に話題になった同じような男性アイドルグループというのは、比較される運命だろう。
でもーー
「大丈夫だよ、結」
自分を鼓舞するように声を上げる。……うん、大丈夫。
「今のアイドル業界は飽和しきっている。だから、デビュー時期が近くてもライバルとか言う関係性は産まれてない。ファン層もある程度がぶっているけど、被っていることが悪いことじゃあない。話題性の問題はあれど、MVの公開が被ってもそこまでの影響はないと思う。初速は出ないかもしれない。でも、最終的な再生回数が伸びれば問題はない。だから、これからどうするかだよ」
結たちの不安を解消するために話始めたのに、自分でも途中から何を話しているかわからなくなった。頭を切り替えるために思いっきり、咳ばらいをする。
本来ならみんなへの刺激剤として働いているはずだったのに、今の私はAioonのお荷物だ。ファンのヘイトをため切っている。そんな私が、彼らにできることはなんだろう。社長が桃井薫に求めているものはなんだろう。
……私の武器はいろんなアイドルを見てきた、この目と知識だ。
「大事なのはちゃんとやる事。そしていつでも波を作れるように種をまくこと。波が生まれた時に乗り切る事。周りを気にしすぎると、自分たちの色が出せなくなる」
私はこの目と知識でAioonを一番のアイドルグループにする。
「“種”を私が作るよ」
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