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6.オーディションと就活

前半・薫視点

後半・結視点


 歌割論争はあっけなく終了し、その後から恋星はどこか小さくなってしまった。しかし、別に仲直りするわけでもなく、日々は続いていく。


 私から恋星に謝るつもりはないが……私も少し言い過ぎたと思っている。加えて、あの時には言っていないことがあった。

 私は歌割が配られた時、あの部分の歌割は恋星にした方がいいと進言するつもりだったのだ。理由は「私がまだファンに認められていない」からだ。


 オーディションからAioonを追っていたファンからすれば、私と正樹は異物だ。アンチも一定数いる。最終課題曲を作っていた正樹はともかく、突如現れたどこの馬の骨かもわからない私はファンに認められていなかった。


「事務所のコネ。ってか、女みたいな顔しているし、轟社長に取り入ってんじゃないの」

「こんなごり押し、オーディションで落ちた子たちがかわいそうだよ。マジ無理。オーディション組は応援したいけど、合流組、特にモモは無理」

「ナルシストキモ」


 そんな私が曲の一番目立つ部分を担当するのは障りがある。

 しかし、私は恋星を言い負かしてしまった。つまり落ちサビの歌割は私のものだ。


 このままじゃあダメだ。最悪Aioon自体にヘイトが向く。どうにかファンに桃井薫というアイドルを認めてもらう必要がある。できれば、このプレデビュー曲MV発表前に。


×   ×   ×


 その日はMV撮影だというのに雨だった。しかし、曲の雰囲気に合うと言って、監督のテンションは高まっている。いや、梅雨時期の撮影だから、もしかすると最初から狙っていたのかもしれない。

 朝から止まない雨の音を聞きながら、私はソロシーンを撮影している朝の様子を見学していた。


「おけおけ! でも、清野君、固くなっているよ!」

「はい!」

「ははっ、余計強張ってどうするの」


 ……朝、大丈夫かな?

 今の私は、授業参観の母のような気持ちだ。だいぶ素人臭さは消え始めたが、朝はまだまだアイドルの卵。撮影となると固くなりがちだ。


 杞憂しすぎてもいけないが、教育係として言わなくてはならない時もある。

 凝り固まった思考と肩をほぐすように、ぐっと私がのけぞると、顔に誰かの影がかかった。


「隣、ええ?」

「ん? あぁ、イイよ。 祈織、メイク終わったんだ。いつもと雰囲気違うけど、かっこいいな」

「面と向かって褒められると照れるなぁ」


 メイクが終わった祈織が、私の横に腰掛ける。彼の色気のある顔立ちが引き立った、センスのいいメイクだった。


 永瀬祈織ながせいのり

 高校時代のダンス部で全国準優勝経験もある青年だ。高身長に甘いマスク。そこから繰り出される関西弁のゆる~い雰囲気は、癒し的な存在とも言える。


 師弟関係の朝、犬猿の仲?の恋星、世間話で盛り上がる正樹や結とは異なり、祈織とは近づ離れずの距離感を保っていた。最初は一線を引かれていると思ったが、そもそも対人の距離感がそれぐらいのようであった。そう気が付いてからは、無理に話しかけるのは止めた。時々、ふらりと一緒になり、何気ない会話をする。

 今もそうだった。なんてことない雑談を続ける。そうしていると、何か思い出したように祈織が声を上げた。


「そういや、かおる、本当の一人称は“俺”なんやな」

「ん?」

「この前、れんせい怒鳴りつけた時、俺って言ってたから」


 そ、そうだったか?

 本来の私の第一人称は「私」だ。桃井薫は中性的な顔立ちの王子様キャラだから、普段は「僕」を使っていた。だが、興奮して「俺」になっていたということは、それだけ役に入っているのだろうか。桃井薫という役に。素になって「私」にならなかったのは怪我の功名かもしれないが、色々まずい気もする。


 困惑し冷や汗をかく私に反し、祈織は眠たそうに眼をこすりながら、話を続けた。


「俺もかわい子ぶって“ボク”使ってるからおそろいやな」

「……別にかわい子ぶっているわけじゃあないけど。てか、祈織の本当の一人称は俺なの?」

「うーん。何とも言えんなぁ。中高生の頃は俺やったっけど、大学生になってからボクにして、もう今はボクの方に慣れたかなぁ。ボクの方が可愛げがあってええよなぁ」

「だから、かわい子ぶってないって」


 祈織へ向けた私の声は、言い訳がましいような声色になった。祈織は「そかそか」と、まるで思春期の弟を見るような目で私を見ている。……そんな目で見るのは、止めてくれ。


 私は話を変えたくて、話のタネを脳内検索する。

 今日の撮影の話は仕事モードになってあまりよろしくない? いや、今も一応仕事中だからいいのか。 今日の天気……は流石に無いか。話を変えたい感が強すぎる。それならーー


「どうして祈織はこのオーディションを受けたの?」

「ん?」

「いや、『自分のダンスがどこまでやれるか試したくて、オーディションに挑戦した』って言ってたけど、何でそれでうちの事務所選んだのかなって思って。うちはダンス特化って感じじゃないし……」


 私は、ちょっと真面目ながらもこれまで祈織の話が聞けるであろう質問を選んだ。価値観が聞けるような流れになれば、これからの関係構築に役立つかもしれない。

 少しの期待と共に、私は祈織の表情を覗き込む。


「あぁ、あれ嘘やねん」

「は?」

「別にダンスで世界を目指したいとか思っとらんよ」


 祈織はケラケラと笑い出す。

 え、何言ってんだ?


「なんかなぁ、ボク大学3年生で就活始めたんやけど、ヤになってん。就活はクソーってなって……それで、まぁ就活の一環で、オーディション受けてみよかなって。『アイドルに就職しまーす』みたいな? ずっとダンスしてたんはホントやし」

「……とんでも理由で、オーディション受けたの朝だけだと思ってた」

「かわい子ぶってん」


 そう言って微笑む祈織には独特の色気があった。

 想像の斜め上の発言に、私の脳内は思考を停止した。かつて社長は“アイドルになりたいわけじゃない人”を集めたといった趣旨のことを話していたが、真面目にそんな感じなのか。最早やりすぎでは?


 でも、そうか。祈織の対人関係でどこか線を引いていると感じていた部分は、この部分だったのかもしれない。アイドルに就職しようとした奴と、アイドルになろうと思っている奴は当たり前に違う。

 私はどこか納得してしまって、笑ってしまった。暫くツボに入っていると、祈織が目を丸くしながら口を開いた。


「かおるは怒るかと思てたわ」

「なんで?」

「真面目にアイドルと向き合ってるやん。ボクみたいな不真面目なんは好かんかと思った。……あさも成り行きとしては似たようなもんやけど、無垢なあさとボクはまた違うし……アンタのアイドル観において、俺はムカつかんの?」

「怒って欲しかったの?」

「……そう言うわけではないけど。アンタ、アイドルに頑固やろ」


 真面目で、アイドルに対して頑固。そういう風に私は見られていたのか。まぁ、あながち間違いでもないが。

 私は考えをまとめるために、少し遠くに視線を向けて、唇を巻き込む。


「……アイドルに大事な事の1つって“受け入れる”ことだと思うんだよね」

「受け入れる?」

「うん。ちょっと過激なファンの愛を受け入れる。自分の考えとは違っても、事務所の方針を受け入れる。そして、メンバー間の考えの違いを受け入れる。……ちゃんと自分のアイドル観、人生観があれば、僕はなんとも言わないよ。受け入れる」


 それが自己防衛にもなるしね、と続けることは何となくできなかった。


 多分、社長が私に求めているのも、こういうことだろう。社長はAioonメンバーが、私のような頭アイドルになって欲しいとは思っていないと思う。ただ、私と言う頭アイドルの奴を見ながら、自分のアイドル観を作って欲しい。そう考えているはずだ。


 何も知らない朝は、一からアイドル学を叩きこむことによって、スタンスを共に決めていく。

 既に舞台俳優として選ばれるという行為にもまれている結は、ファンに選ばれるアイドルに。

 作曲という武器がある正樹は、その武器を使ったアーティスト系のアイドルに。

 ……とげとげしている恋星はまだちょっとわかんないけど。


 そして目の前の祈織は、アイドルと言う会社に就職した、と言うのだからそんな感じで道を作ってあげるのがいいだろう。


 今の私は、ちょっとしたプロデューサー気分だ。


「こっちからも質問していい?」

「ん? ええよ」

「何で、就活嫌になっちゃったの?」


 祈織は一瞬、げ、と言う顔になったが、別に話したくないというわけではなかったらしく、そのまま語り始めた。


「面接の質問がやヤだった。『周りからどんな性格だと言われますか』ってなんやねん。『君って~性格だよね』って言ってくる奴となんか友達になりたないわ。もし話の流れでそうなっても、その時の話なんて覚えてへんし、クソつまらんエピソードトーク要求しすぎやねん。そもそもーー」


 溜まっていたものが一気に流れるかごとく、祈織は話し出す。私は就活をしたことが無いのでよくわからなかったが、そこには何かしらの闇があった。


「ダンスと歌、ちょっとの志望理由で終わるアイドルオーディションの方が幾分かマシやわ。……あと、自分で決めなあかんのも嫌やった。どの会社に就職するとか」

「自分で決める?」

「ボク、自由とか嫌いやねん」


 意外な言葉に、私は首をひねる。自由が嫌な人間なんているのか?


「何になりたいとか、どんなことしたいとかないねん。宿題やれとか、家から一番近い学校に行ってくれとか、そうやって言われたことをやるんが一番生きやすい。でも、親が色々口出してきたのは大学進学までで、『就活は好きにしろ』って投げられてなぁ……いっそ、田舎の後継者に困る家の生まれなら、喜んで家継いだのに」


 田舎が嫌だとか、親の言うことを聞きたくないだとか、そう言う若者が多いのに、祈織は違った。心の底から人生を誰かに決めて欲しいと言わんばかりに、大きなため息をつく。

 と言うか、それでアイドルオーディション受けようって中々とんだ発想だな。いや、気づいていないだけで、アイドルの不自由さを求めていたのか?


 ……中々、私の好きなタイプかもしれない。めちゃくちゃいいアイドルマリオネットになってくれそうだ。自分の考えが無いようで、性格分析はしっかりしている。アンバランスで面白い。


「ふふっ、じゃあ、いい会社に就職したね」

「ん? どういうことや?」


 笑う私に対し、祈織は怪訝そうに眉をひそめた。


「アイドルに自由はないよ。ファンからの期待の視線、事務所の意向に番組の意向……仕事もプライベートもいろんなものに縛られながら、みんなで引いたレールを進んでいくことが多い。祈織が人生の選択を縛られたいって言うなら、結構向いているんじゃない?」

「……なんか、そう聞くと、どエムみたいやな」

「あはは!」


 ボソッとつぶやかれた祈織の言葉に、思わず吹き出す。

 そうして笑っていると、少し離れたところのADさんから声がかかった。


「桃井さん! 次お願いしまーす!」

「はい! ……じゃあ、行ってくる」

「おん。頑張って」


 祈織はひらひらとその手を振ってくれた。

 それまで色気のある頼れるお兄さん系だと思っていたが、これからはヒモ気質のある弟系に見えるかもしれない。


「……祈織、今日は色々聞かせてくれてありがとう。永瀬祈織っていう人間の事、知れてよかった。もし、これからの選択に困ったら、僕が勝手にプロデュースするから、相談してよ」


 少し驚いた顔になった祈織の返答を待たずに、そのまま撮影会場の方に体を向ける。

 なんか、少し恥ずかしい。

 どこか火照った頬を抑えながら、私はその場を立ち去った。


×  ×   ×


 恋星は、薫の撮影の様子を画面越しにボーっと見ていた。いや、ボーっとは不適切な表現かもしれない。ジッと心が奪われている様であった。

 俺は音をたてないように、その隣に並び立つ。すると、画面に入り込んでいるかと思った恋星が目線そのままに話しかけてきた。


「福良、あいつスゲーな」

「……そうだな」


 俺達の視線の先の薫は、普段とは全く違うオーラを放っていた。可愛らしい顔はその柔らかさを極限まで消しており、画面の向こうを刺し殺そうとしているようだった。かといって、彼の魅力である愛らしいアイドル像が、消え去っているわけではない。優しい顔で微笑まれたまま、銃口を向けられているかのようだ。


 恋星は自分が気に入っていた曲の作曲者である正樹への態度は軟化しつつあったが、薫には嚙みついた態度を取ったままであった。とは言え実力は認めつつあるようで、もはや意地を張り続けているようでもある。

 演劇学校時代にも、こういう展開は何回か見たことがある。結局、勝つのはいろんな意味でストイックな奴なのだ。恋星も薫もストイックだから時間がかかっているが、どちらかが折れるのも時間の問題だろう。


「カメラを通すとこの前よりずっとよく見える。でも、直接歌っていた時の方が、勢いがあった。……衝撃が強かった」

「舞台俳優と映画俳優は同じようで違う。舞台ではうまくても、映画になると下手に見える俳優もいる。どっちもできる一流の俳優は、その切り替えがちゃんとしてる。……歌手ってか、アイドルか。それも同じってことだろうな」

「……」

「ライブも映像も歌もダンスも……全部できるのは、今のうちのグループでは薫だけだろうな」


 見れば見るほど、事務推薦枠と言う特別枠に納得していく。あんな奴がオーディションに居たら、一部は気が狂うだろう。

 桃井薫は天才ではないと俺は思う。でも、恐ろしいぐらいに緻密なアイドル論を持っていて、自己プロデュースが完ぺき。それに加え、そのプロデュースを成し遂げるほどの技術を身に着けていた。結局、メンタルができている奴が最強なのかもしれない。


「オレは歌えれば何でもいいと思っていた。実力があればどうとでもなるって思ってた。……でも、違うんだな」


 今日の薫は、どこか素直だった。

 俺の心も、どこか子供の頃のように戻ったようであった。初めて西園寺の舞台を見たあの時。


 少し遠くの薫も、すぐ隣の恋星も、蒼い炎を宿したような似た目をしている。


 なんとまぁ、羨ましい人達だ。


お読みいただきありがとうございました。

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