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5.アイドルと歌手


 桃井薫は王子様系アイドルだ。これはAioonのメンバーのバランスを見て、社長と決めた。事務所と決めた設定と言っても、私に合っていると思う。RecorD時代も優等生系アイドルだった。女性アイドルの優等生系≒男性アイドルの王子様系なんじゃないかと、私は思っている。


「はい! 事務所推薦枠としてAioonに合流しました、桃井薫です!」


 カメラに向けて、キラキラとした笑みを浮かべる。私はずっと笑うのが苦手で、ひきつって見えない笑顔を作ることに本当に苦労した。特訓したかいあって、今の私の笑みは間違いなく王子様スマイルだろう。


「ファンの皆様の中には、突然現れた自分に対し困惑されている人もいるかと思います。ですが、僕のパフォーマンスでファンの皆様に認めていただけるように努力します。……そこで本日は、僕もオーディションの楽曲であるMiraiを披露させていただきます」


 歌もダンスも自身を持っている。アイドルを志した10年以上前から訓練してきた。自分に合う、合わないを見極め、技術をみがいた。トレーナーの人からも太鼓判をもらっている。


「~♪」


 歌ったり踊ったりするときは何も考えなくていい。その瞬間の“何か”から解放された瞬間が好きだった。


 ただ、自己紹介動画のコメント欄は散々だった。


×   ×   ×



 夏焼恋星なつやきれんせいは、俺様系歌姫だ。

 自信満々な態度に負けないほどの歌唱力を持ち、カリスマ性がある。

 俺様と言っても、自分が認めた相手への情は深く、オーディション配信でも数々のドラマを生み出した。

また彼は、将来的に世界に通用する歌手になりたいと公言している。


「何で、落ちサビは俺じゃあないんですかっ!? アンタ、歌割は実力で選ぶって言ってましたよね!」


 それはプレデビュー曲であるMiraiの歌割が発表された時の事だった。

 曲の中で一番派手で、技術が求められる落ちサビ。それに選ばれたのは、歌が得意な恋星ではなく、私だった。その事に対し、恋星は激高しながらボイストレーナーと社長に喰ってかかった。


「確かに、アイツは事務所推薦枠っつー特別枠でも納得できる実力があることは、この数週間で分かりました。でも、歌だけ取れば俺の方が上手い。百歩譲っても結だろ!」


 なんだ、ずっと無視されていたが、実力に関してはそこそこ認めてはくれていたのか。いや、しかし、「歌だけは俺と結の方が上」って、そこは下に見られたようで私もプライドがムッとする。

 男声を意識しているから、ちょっと不安定なだけで、私はちゃんと歌えるぞ!

 そんな言い訳を言いたくなるが、言えるはずもなく、私はじっと黙っていた。


「説明をください!」

「説明、と言われてもね」


 恋星と社長の言葉をレッスン室の端で聞きながら、私は内心ため息をつく。

 今までだっていろいろ言いたかったんだろうが、恋星はそれなりに我慢してきたんだろう。でも、それが今回の歌割で爆発した。

 これまでも、私は恋星に歩み寄ろうとしていたが、全く心を開かなかった。いきなりそんな爆発されても困る、と言うのが私の正直な所だった。


「冒頭のソロならともかく、落ちサビはダンスの合間だし、万全の準備では挑めない。歌って踊ることに慣れている桃井に頼むのは何ら問題ないと思うけど?」

「俺だって、レッスンを重ねてきました。ダンスだって出来ないわけじゃあないです! それにーー」


 ……だんだん腹立ってきたな。ってか、私の話なのに、私を抜かして話すなよ。というか、恋星は全然アイドルを分かっていない。


 私はぐっと前に出る。すると、隣で話を聞いていた朝と結が、ギョっとしながら私を引き留めようとしたが、私はそれを振り切り、恋星の前に躍り出た。

 今まさに喧嘩が始まろうという、冷えた空気がレッスン室に生まれるのが目に見えて分かった。


「……んだよ」

「恋星、キミは歌が上手い。僕よりもね。それは認めよう。でも、アイドルと歌手は違う。アイドルの歌割は技術的に出来る出来ない、上手い下手だけじゃあない。その瞬間にカメラを支配して、その奥にいる人々を魅了する事ができる能力が、あるかないかだよ。ぶっちゃけ、下手クソでも構わないんだ」

「お前はソレ、できるのかよ」

「そこで見てなよ」


 端でしゃがみこんでいた正樹に目配せし、音源を流してもらう。この場にいる全員の視線が自分に集まってくるのが分かった。……久しぶりの感覚に、心が震える。


「~♪」


 目の前いる男を黙らせる。私という、桃井薫と言うアイドルをこの男に認めさせる。こんなプライドの塊みたいなやつ一人認めさせることができずに、一流アイドルなんて目指せない。


 壊せ! 相手の、夏焼恋星の価値観をぶち壊せ!


 会場に流れる音楽のリズムと鼓動がリンクする。視線を向けなくても、ここにいるみんなが私を見ているのがわかる。


 今、私が視線を向けるべきカメラは恋星だ。挑戦するように、優しく笑いかける様に、私は”カメラ目線”でウインクする。


 私を見て! 僕を見ろ! 俺から目を離すな!

 あぁ、なんて楽しいんだ。全身が喜んでいる。


「♪~」


 いつの間にか音楽が鳴りやんだ。パフォーマンスしていた時の興奮そのままに、私は恋星に近づく。恋星は心ここにあらずと言った風で、私も少しだけスカッとする。……でも、まだ終わっていない。これを機に、言いたいことは言い切ろう。


「恋星、お前が世界に羽ばたくシンガーになりたくて、そのためにこのグループを踏み台にすることについて俺はなんと思わない。俺だって俺の理想のために、クソ炎上することを理解したうえで、特別枠でこのグループに入ったからな」


 放心しているような恋星の視線を捕まえ、脳に直接ぶち込むように語り掛ける。


 実際、オーディションスキップ野郎なんて許せないだろう。私が恋星の立場なら同じように、ブチ切れているかもしれない。


 しかし、私はその道を選んだ。


 今から言う言葉は、恋星への宣戦布告。いや、最終通告だ。


「踏み台にしてもいい。社長だって、それを分かってお前を合格させた。でも、踏み台にするアイドルが何なのか理解してないお前は、世界に羽ばたく前に自滅するよ」

「は? 何が言いたいーー」

「俺は、アイドルという生き様を志し、アイドルという職に就いた」


 本来、アイドルにはアイドルの、アーティストにはアーティストの暗黙の了解や流儀があったと私は考える。

 しかし、現在ではその境界線は曖昧だ。アイドル売りする芸人、恋愛自由のアイドル、アーティストだが自分から恋愛禁止を課している人。

 多様性の時代なのだから、それはいいと私は思う。


 だが、自分が“何者”で“何を志す”のかは、理解してなければならないと思う。


「夏焼恋星。君は、歌で世界の頂点を取るために、“アイドル”を選んだんだろ? なら、アイドルをもっと理解しろよ。理解したうえで、俺に喧嘩売るってんなら、受けて立つよ」


 反論してくるかと思った恋星は、それきり言葉を忘れたかのように黙ってしまった。


 その後、どうやって家まで帰ったか私は覚えていない。いつの間にか、自分の部屋のベットの上だった。


 カッとなって喧嘩売ってたら、王子様系アイドルとは言えないでしょ……私。


お読みいただきありがとうございました。

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