4.ステージと舞台
「グループ名とメンバーカラー、決定!」
「ワー!!」
祈織の司会に対し、歓声をあげて盛り上げる。目線の先には真っ黒なカメラの目がこちらを捉えていた。自然な感じを出すために「カメラを見すぎるな」と言っておいたはずの朝は、カメラをガン見しており、思わず苦笑する。
今日はグループ名とメンバーカラー発表のための配信を行っていた。視線の端のモニターでコメントが勢いよく流れていく。
「では、グループ名発表を……あさ! よろしくなぁ」
「はい!」
朝は椅子から立ち上がりズイズイと前へ躍り出る。ガチガチに緊張したその様子に、結が後ろからポンと背を叩いた。朝はきょとんと目を丸め、ふにゃりと結に笑いかける。
……コメント欄が加速した。メンバー間の絡みが人気であることは理解しているけど、実際に目にすると、少しだけビックリする。正樹も同じことを考えていたようで、小さく「おぉ」と呻っている。
「グループ名は! ……Aioonです! アイオーンはギリシャ語で時代を意味します。新時代を作るアイドルになることをここに誓います!」
「と言うわけで、Aioonをよろしくお願いします」
その言葉と共に、私たちはカメラの向こうのファンに向けて頭を下げた。
台本通りの言葉・流れだったが、部屋の空気が真剣なものに変わったのがわかる。これから、私達はアイドルAioonとして活動していくのだ。引き返すことはできない。
ここまでは台本通りだったが、メンバーカラーの発表からはサプライズとか何とかで、台本が無かった。とはいえ、私は社長から相談を受けていたので、メンバーカラーの内訳を知っている。まぁ、だからと言ってという感じだけど。
少しそわそわしながら、祈織がカンペを読み始めた。
「と言うわけで次はメンバーカラーやな。メンバーカラーは今からスタッフが渡す花の色です……とのことなんやけど」
「え、今から花貰うんすか?」
メンバーが困惑していると、白い布がかけられた一輪の花がそれぞれに手渡された。「包装のリボンの色もメンバーカラーなので布の下部分を抑えてください」と注意が入る。
「わー。何かワクワクしてきた」
「まずは、かおるからな」
「うん」
カンペにはご丁寧にメンバーカラー発表の順番が記載されていた。どういう意図かわからなかったが、私はそのままカメラの前に立ち、そのままもったいぶりながら布を取り払った。
そこには可憐なピンクの花がまとめられた、小さな花束があった。
「ピンク! ……これは、ガーベラかな?」
「へー、ピンク。お前、ひょろっとしてて、お可愛い顔してるし、似合ってんじゃん」
あざけるように恋星がコメントする。私は思わず顔を歪めかけた。
褒め言葉ならいいけど、明らかに皮肉だよね?
私を別に認めてないのはいいけど、こんなとこで不仲匂わせる発言をするなよ! 生配信だぞ! お前のアンチも増えるかもしれないし、対立煽りとか生まれるんだぞ!
メンバーカラーがピンクのアイドルはかわいいキャラが多いし、私の体格やなんやらごまかせるという考えで、社長がピンクにしたんだ! なんて本当の事情は言えない。
思わず口元をぴくぴくさせながら「ありがとー。まぁ、このグループで一番かわいいのはこの僕だしね」なんて言って、場を茶化す。
見えない火花が散る様子に朝や正樹はきょとんとしていたが、何かを察した結と祈織は苦笑いしていた。……なんかごめん。心の中で謝る。
「あははー。じゃあ、次はボクやな。よっとーーこれは紫のチューリップ、か」
2番目の祈織のメンバーカラーは紫だった。あまり見かけない紫のチューリップが握られていた。色気のある顔立ちである彼にはぴったりの色だ。
「次はオレだな。……薔薇だよな、これ。ってことは赤か」
「へー! エースって感じだな」
恋星の花は赤いバラであった。バラが華やかなせいか、私と祈織の花束よりも豪華に感じる。恋星と結は配信の流れを無視し、その花束をしげしげと覗き込んでいた。
そう言えば、バラの本数には意味が、花には花言葉があるが、これを用意した運営は、そこまで考えているのだろうか。ファンはこういう事好きだと思うけど……
そう思って恋星のバラの本数を確認しようとしたが、それは祈織の進行に阻まれた。
「後でいくらでも見てええから、次、結やで」
「あぁ、ごめんごめん。俺のメンバーカラーは! 黄色! の何?」
「……菜の花、かな。これ」
結の手の中にはこれまでとは毛色の違った花束が握られていた。花束としての華やかさには欠けるが、素朴で優しい色合いだった。
画面の端で朝と祈織が「菜の花っておいしいっすよね」「……花束の菜の花は食べん方がええと思うけど」とか言って漫才をしている。
「それじゃあ、次は俺の番っすね。……なんだこれ。青、紫?」
「紫はボクのメンバーカラーやろ。青や青。あさちゃんのメンバーカラーは青!」
「カーネーションだね。これ」
「カーネーションって赤以外にもあるんすか!?」
私の言葉に、朝は目をギョッと丸めた。確かに母の日などで赤のカーネーションは有名だが、青のカーネーションだなんて馴染みはないかもしれない。案の定、朝は「俺、お母さんになるんすか」なんて、斜め上の発言をしていた。それはちゃうやろ。心の中で謎の関西弁つっこみをしたが、その時にはもう本場の祈織が勢いよくツッコんでいた。
わちゃわちゃとしたくだりが一通り終わると、それまで静かに様子を眺めていた正樹が前に出てくる。
「……じゃあ、最後はおれだな」
正樹はそう言うと花束から布を取り払った。そこにあったのはーー
「……ブロッコリー?」
一瞬の困惑の後、全員から驚愕の声と笑いがこぼれた。
× × ×
「お疲れさまでした~」
「……お疲れ様です。お先に失礼します」
「薫クン師匠、今日もお願いするっす」
「あぁ、うん。OK」
生配信が終わり、人がまばらになったレッスン室で朝に話しかけられる。朝の教育係も、だいぶ慣れてきた。朝は素直で優秀な生徒で、私の指導にも熱が入った。彼の天然発言も可愛いくて、面白い。
朝はいつの間にか私のことを、「薫クン」「師匠」「薫クン師匠」の3つで呼び分ける様になった。いったいどういう基準なのだろう。一回聞いてみたが「PTOっす!」という、更に”?”が増える回答が返って来た。
これからの自主練について話す私たちに、1人の影が割り込んできた。
「俺も参加していい?」
「いいけど……結は、基礎出来てるよね? 朝のレッスンは結構基本ばっかりだよ?」
割り込んできた影の正体は結だった。
福良結
西園寺演劇学校という名門演劇学校の出身で、このオーディションに参加する前は舞台俳優として活躍していた。爽やかな顔立ちや振る舞いが素敵な人物である。
結はへらりと笑いながら、頭をかいた。
「あぁ。俺もアイドルダンスって意味なら経験ないから……薫が教えてくれると助かる」
「俺も仲間増えるの嬉しいっす」
「じゃあ、3人で頑張ろうか!」
結は事務所推薦枠の私にも最初から寛容な一人だった。これまでも数回、レッスン後にご飯に行っている。と言っても、敵意むき出しで付き合いが悪いのは恋星だけなのだが。
そうは言っても、こうやって距離を詰められる機会が生まれると、ほっとする。
私も私に課せられた命令を遂行させなきゃいけない。Aioonの成長を促す起爆剤になり、彼らのアイドル観を作り出すという命。社長が求めている最終形はまだわかっていないが、メンバーと仲良くなることに越したことはない。
先日の復習から始め、新しいところを一通りさらった時、ふいに朝が声を上げた。
「結クン、舞台俳優だった時はどんなダンスや歌してたんすか? ってか、演劇学校って何学ぶんすか? 俺、見てたい!」
「確かに、僕も気になるかも。ダンスの授業もあったんだよね? どんなダンスするの?」
「へ? うーん。色々したけど、うちの学校は古いとこだったからヒップホップダンスはあんまりだったなぁ。ジャズとかバレエとか日本舞踊もしたな……。あー、じゃあ、ちょっとだけやってみるか」
そう言って、結は私たちの前に立った。その瞬間、結の表情がグッと暗いものになる。
削ぎ落される。表情も、音も、無駄な動きも。普段の明るい彼とは一転、彼は闇そのものになった。闇はうごめくように体が舞っていく。優雅で重力を感じさせない動きの中に、力強さも感じる。アンバランスなようで安定した動き。
私は舞台やミュージカルに詳しいわけではないが、アイドルで培った経験から、結のパフォーマンスが一流のものであることは、はっきりと分かった。
結は私が視線を外すことを許してくれなかった。そんな圧がある。
時折、結と視線が合うようなと気が合った。でも不思議と「視線が合った」とは感じず、見えない壁を感じる。
結の表情はどこか寂しそうで、それでいて悦に浸るようでもあった。
数秒、または数分、いっそ数時間が経ったと言わんばかりにゆったりとした舞を終えると、結はその表情をけろりと変え、こちらに笑いかけた。
「――とまぁ、こんな感じかな」
「す、すげぇぇぇ!!!」
「……ホントにすごい」
「え? そうか? なんか照れるな」
へらりと笑いながら、結は頬を掻いた。
「なんで、舞台俳優辞めたの? このレベルなら西園寺でも、かなり上の方にーー」
「えぇっと……」
「いや、その、ごめん……」
口に出してからしまったと後悔した。こんな事、聞かれたくなかったかもしれない。特にこの世界だと、技術があるからと言って上に行けるわけではない。そんな事、私だってわかっていたはずなのに。
結は視線を彷徨わせながら、言葉を探すように口元を手で覆った。
「上には上がいるよ。……俺は、舞台上での存在感に欠けるって言われてた」
「え? 今めっちゃ存在感あったすけど」
「独りならね」
何かを思い出すかのように苦笑しながら、結はその場に座り込んで天を仰いだ。
「独りの時は上手くいくけど、他の演者がいると埋もれてしまうって……主演を任された時に、他の子に埋もれてしまって『それでも主役か』って言われた。端役の時は『あぁ、いたの。モブって言っても、もっと存在感出さないと』って」
表情は笑顔のままだったが、いつも明るい結の声が、どこか落ち込んだように変化していた。
「それでズルズルとしているうちによくわかんなくなって……でも歌もダンスも、ステージの上に立つのは好きだったから。心機一転、アイドル目指してみよー的な? アイドルが舞台で演技することもあるから、今までのことも生かせるし」
「なるほど~。色々あるんすね」
「丁度ここのアイドルの人と共演して、会社の人と話す機会があって、オーディションを受けることになったんだ」
「ほへぇ~」
「だから、舞台俳優は辞めた」
私のデリカシーに欠ける質問に、結は真摯に答えてくれた。その事に感謝と申し訳なくなる一方で、私は納得できない感情が生まれていた。
”存在感”ってそんなに一様に語っていいのだろうか。
「……うん。結、アイドルは向いてるよ」
「へ?」
もったいない。素直にそう思った。
詳しいことは分からないし、結に「存在感が無い」と言った人には隠された意図があったのかもしれないが、今の話だけ聴くとキャスティングした人が無能に感じる。結のポテンシャルって、”そう”じゃないだろ。
「その先生?の結に対する評価は間違ってないかもしれない。でも、結には確かに存在感があるよ。……それは多分、見つけてくれた人を離さない存在感。だから、見つけてもらわないと存在感が欠けて見えるんだと思う」
アイドルにはいろいろな人がいる。
絶対的な存在感と技術を持ったアイドル。
歌やダンスはできなくても、ファンサや愛嬌で人々を引き付けるアイドル。
メンバーとの関係性が深まるほどに輝く、アイドル。
そして、一度引き付けたら離さない、沼のようなアイドル。
「初めから人を引き付けるアイドルもいるけど、最初は何でもないのにいつの間にか沼に落として離さないアイドルもいる。……結は後者のアイドルになると思う。うん。向いているよ、アイドル」
結の声の優しさも外見の爽やかさも、全てがアイドルにふさわしい。
彼の才能は、適性は、舞台ではなくステージにある。もちろん演技だってうまいのだろうが、彼は演技の後ろにある“素”が見えることで輝くタイプだろう。
手に入りそうで入らない彼の”素”は、人々を狂わせるだろう。
福良結は魔性のアイドルに成れる。そう私は確信した。
「そっか。……初めて言われたよ、そんな事。見つけてもらわないといけない、のか」
そう言って笑った結の表情はいつもの笑みとは違っていた。どこか哀しい笑みだった。彼もまた、夢や理想を追う一人なのだろう。……私と似ているかもしれない。
しかしそんな結への感想は次の一言によって一転することになる。
「じゃあ、その言葉に責任を取ってもらわなくちゃね。事務所推薦枠サマ♡」
嫌味のようなハートマークが、確かに語尾に見えた。
あんなに優しく振舞ってくれていたのに、結も私の事を受け入れてくれてなかったんだ。好意的な対応だったから、油断した。いや、私が楽観的過ぎるのか? え、まさか、このレッスンに参加したのって、試されていたってこと???
目を細めて笑う結は、爽やかながらにどこか妖艶で、私の心臓をいたずらに撫でるかの様に挑戦的だった。
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