表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/39

3.先生と生徒


 恋星が「認めない」と言っても、プロジェクトは続いていく。プレデビュー曲の音源やダンス動画が配られ、レッスンが進んでいく。恋星も表立って反抗するつもりはないらしく、粛々と日々は流れていった。

 ……私はちょいちょい恋星に無視されていたが、他の4人とはそれなりに仲良くなりつつあった。


 そんな中、とある平日の夕方。私は学校帰りの朝と共に、レッスン室に召集されていた。マネージャーである冴島さんから、いくつかの書類と音源を手渡される。


「今回のオーディション組の中で清野だけダンス経験も歌の経験もない。だから、経験豊富な桃井に教育係としてついて欲しい。歌は後々でいいから、ダンスの方から形にして欲しいの」

「よろしくお願いしゃーっす!」

「わかりました。よろしく、朝」


 清野朝きよのあさ

 このグループ唯一の現役男子高校生。真っ黒な髪と瞳に陶器のような白い肌、美しい顔立ちの人形のような青年だ。しかし中身はド天然で、こちらの斜め上の発言をすることもたびたびだ。美しい外見とかわいらしい中身のギャップは、ファンのみならずたくさんの人を魅了する。愛され弟キャラだ。


 最初はどうなる事かと思ったが、朝は優秀な生徒だった。未経験とは言うもののスポンジのごとく吸収していく。特にリズム感がずば抜けており、既に未経験だとは思えないほどであった。

 しかし、時々、初心者らしいミスというか、「これができるのにこれはできないの!?」といった様な事柄が出てきた。つっこむより先に笑いがこぼれる。別に馬鹿にしているわけではない。なんだか、かわいいのだ。

 それまでキレキレだったのに、途端にどたどたとしだす様子に笑みがこぼれる。


「そこは、足と腕が逆かな」

「……? 逆とは?」

「ちょっとやってみるから見てて」


 理解できずキョトンとしている朝には見せた方が早いと思い、該当部分を踊って見せる。


 ダンスは楽しい。

 ……前のメンバーともこうやってダンスの練習をしたな。練習の後に私はすぐ帰っていたけど、そこでみんなは私が知らない世界を知ったのだろうか。私が付いていったら止められたのだろうか。恋愛も、変な大人との付き合いも、信頼できる友達の見極めも。


 いけない。脳内に関係ないことがあふれ出て止まらない。今は、朝が踊れるように教えなければならないのに。


「まぁ、こんな風にーー朝? どうかした?」

「いや、本当にうまいなぁって思って。流石、事務所推薦枠っすね。事務所推薦枠あるって聞いた時には、『なんだ、それ!』ってなりましたけど、なんか『これは推薦枠!』って説得力がありますね」

「あははー」


 私が踊り終えると、朝はキラキラとした視線をこちらに向けていた。

 友好的な振る舞いから、朝は事務所推薦枠にもだいぶ好意的な方だと思っていたが、やっぱりそれなりに思うところはあったのか。だが、こうやって言ってくれると、だいぶ安心できる。


 まぁ、ダンスに関しては、3年近くアイドルとしてステージに立っていたのだ。少し心あらずでもそれなりにやれる。

 でも、男性アイドルと女性アイドルのダンスは違う。気を付けないと足を救われるかもしれない。乾いた笑いと共に冷や汗が背を伝う。


「朝、そろそろ休憩しようか」

「うす」

「体は大丈夫?」

「あぁ、はい! 大丈夫っす」


 時間が経って少しぬるくなったスポーツドリンクがのどを潤す。

 ふと視線を落とすと座り方が内またになっていたのでサッと直す。危ない。先ほどのダンスもだが、こういった所作にも気を付けなければならない。


 不自然に思われていないだろうかと、横目で朝に視線を向けると、ちょうどこちらの方を振り返った朝と目線がかち合った。

 純な黒の瞳に吸い込まれそうになる。


「薫クンはなんでアイドルになったんすか?」

「へ?」

「他の4人にはもう聞いたんすよ。恋クンは世界で羽ばたく歌手になりたくて、結クンは舞台よりもっと自由な表現に挑戦したい。祈織クンは自分のダンスを試したくて、正樹クンは事務所の人に薦められて……薫クンはどーなのかなって」


 ヒュッと喉が鳴る。本当のことを言っていいのだろうかと体が固まった。

 だいぶ不自然な対応をとってしまったが、朝は気にする様子もなく言葉をつづけた。


「ちなみに俺は、幼馴染の彼女にフラれて、むしゃくしゃして、『見返してやるー』ってなって、彼女が好きだったアイドルグループがいる、この事務所のオーディションに参加したんすよ。まぁ、まさか合格するだなんて思わなかったすけど」

「……配信で言ってたの聞いてたけど、ホント色々凄い経歴だね。……彼女が好きだったのって“明日、君の運命”?」

「そう、明日君! ふつ―にカッコイイっすよね。漢の中の漢と、色気がある男の2人組って感じでーー」


 オーディション配信でも言っていたので知っていたが、改めて驚く経歴だ。驚く部分はそのエピソード内容だけではない。他の経験者に勝ってしまう程の才能だ。こんな面白エピソードがあれば、配信的にも1次オーディション、2次オーディションぐらいなら通過できるかもしれない。しかしその先を超えるとなると、未経験者にはきついものがある。だが、朝はそれを乗り越えた。


「というわけで、俺は成り行きでアイドルになった感じなんで、ちゃんとしたいんすよね~  アイドル活動は中々楽しいので、真面目にやっていきたいんす」


 ふと沈黙が落ち、視線を朝に向けると、朝はその真ん丸な瞳を私に向けていた。あぁ、私の答えを待っているのか。「何でアイドルになったのか」だったけ?

 私は朝の話からしたらありきたりで何でもない話をするために、ぐっと伸びをする。


「一ノ瀬愛涙ってアイドル知っている?」

「……いや、知らないっす」

「まぁ、僕が9歳ぐらいで、朝が5・6歳の頃に引退したアイドルだから知らなくても不思議じゃあないか。ソロの女性アイドルで有名化粧品会社の広告塔とかしてたんだけど……僕はその人に憧れてアイドルになろうと思った。僕が彼女に焼き尽くされたように、僕も誰かを焼き尽くしたいと思ったんだ」

「焼き尽くす……?」


 少しクサかっただろうか。でも本当のことだ。

 私は別に「みんなを笑顔にしたい」だとか「歌やダンスでみんなを幸せにしたい」だとか思ってアイドルになったわけではない。むしろ逆だ。ファンの人が、パフォーマンスをみて放心するぐらいを反応を求めている。愛されるアイドルではなく、崇拝されるアイドルになりたかった。そのために様々なアイドルを分析し、自らの技術をみがいた。


 若干中二っぽい私の発言を、朝は気にしたようでも揶揄うようでもなく、だた「ふーん」と言ってスポドリに口をつけた。


「俺全然アイドルとか知らないんすよね。それこそ元カノが好きだった明日君ぐらいしか知らないし」

「まぁ、興味ない一般人はそんなもんでしょ。でも朝はこれからアイドルになるし、軽く勉強しておいた方がいいかもね。僕も軽くなら教えられるし。今人気のある男性アイドルなら“INC”かな。僕達と同じでオーディションから配信されていて……でも、海外志向が強いから国内で有名かと言われると、難しいところがあるね。女子中高生人気はもちろんあるけど。女性アイドルなら“寿寿”は抑えなきゃね。あとはニッチなとこだけど“青とブルー”。女性アイドル抑える時は卒業加入制なのかそうじゃ中でも変わってきて“寿寿”は卒業加入制だからーー」


 気づいた時には時遅く。朝は唖然とした表情で私の顔を見つめていた。

 しまった。話過ぎた。キモイと思われたかもしれない。

 私はアイドルが好きだ。アイドルと言う名がつくものは地下から地上まで全て確認していると言っても過言ではない。その一端が漏れ出るのも、初めてのことではなかった。しかし、今はまずい。まだ私と朝は関係性を形成している最中なのだ。引かれて距離を取られるのはまずい!


私は恐る恐る、朝の出方を伺った。朝はポカンと開けていた口を閉じ、目を瞬かせた。

 そして、勢いよく私の手を取る。


「師匠!」

「は?」

「俺にアイドル、教えてください!」


 想像の斜め上。目の前の朝は黒い瞳をキラキラとさせながら、私を見つめていた。私は意味も分からず頷く。


 男装アイドル桃井薫、勢いのまま、才能の塊系アイドル清野朝を弟子にしました。



お読みいただきありがとうございました。

面白かったら、評価・感想コメントよろしくお願いいたします。喜びます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ