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2.合流


『夏焼恋星、福良結、清野朝、永瀬祈織、以上4名を新時代オーディション合格とします』


 小さな画面の中では、オーディションを合格したメンバーが喜びの声をあげていた。それまでの配信ではクールなキャラクターだった子も、興奮したように飛びあがる様子は、なんというか“エモ”だった。


 カメラマンとディレクターが、喜び合う彼らに近づいていく。最初にカメラを向けられたのは、配信内でも特に注目されていた青年であった。


『ホッとしました。……俺の歌を世界に響かせます』


 真っ赤な髪をかきむしりながら、興奮した甘い声を届ける。


 夏焼恋星。20歳。ビックマウスな所があり、既にアンチも少しいるが、そのアンチを黙らせるほどの歌の上手さが彼には有った。低く響く甘い声と子供のような笑みは、見る者の心を掴む。


『素直に嬉しいです。これからも一個ずつ、進んでいきたいです。……他の落ちた人の分まで頑張ります』


 明るい茶髪と晴れやかな笑み。彼の存在は人を引きこむ。


 福良結。22歳。名門演劇学校出身の彼は、ダンスも歌も演技も完成されていた。それをアイドル風として整えることに苦戦してはいたが、その過程さえも視聴者を引き込み、爽やかで楽しい気分にさせた。


『まさか、ここまで来れるなんて思ってませんでした。え、どうしよう』


 真っ黒の髪と白い肌、そしてキラキラと輝く夜の闇のような瞳は、まるで人形のようだ。しかしその肌は赤く高揚しており、人間らしい興奮が見て取れた。


 清野朝。17歳。現役男子高校生。幼馴染の彼女に二股かけられて、そのむしゃくしゃした気分のままオーディションに乗り込んだ彼は、そのド級のエピソードだけでは終わらず、オーディションの中で成長していった。正しく、このオーディションにおける掘り出し物、ダイヤの原石だ。綺麗な顔から放たれる、天然で残念な物言いのギャップも人気があった。


『応援してくださったファンの皆様のおかげだと思っています。これからも頑張ります』


 くせっけ交じりの髪をハーフアップに纏めた青年は、ニコニコと答える。


 永瀬祈織。23歳。オーディション時は現役大学生。オーディション合格者の中では唯一の関西出身で、コメントを求められた時は標準語だが、通常時は関西弁だ。高校生の頃にダンスの全国大会制覇経験があり、ゆるふわな見た目に反しキレキレのダンスが特徴的だ。


 オーディションの中ではライバルだった彼らだが、特有の友情が芽生えているらしく、握手やハグをしながらお互いの健闘をたたえ合っていた。

 そんなフワッとした空気の中に、スッと切り込むのような女の声がかかる。社長だ。


『やっとこれで、デビュー……ではありません』

『!?』


 キャッキャとしていた4人の表情が、グッと引きしまる。


『あなた達4人に、私達が見つけてきた2名、計6名で半年間のプレデビュー期間を定めます。半年後、あなた方がグループとして問題ないと判断できた時のみ、デビューになります』

『は? それってーー』


「さくーー、桃井薫君。そろそろ時間よ」

「はい。今行きます」


 4人の怪訝な顔と荒れ始めたコメントの履歴を見てられなくなり、私はスマホの電源を落とした。それと同時に、部屋の外から声をかけられる。

 短く切りそろえた髪はまだ慣れず、そわそわと髪先を触りながら部屋を出る。


 そう。私はこれから女性アイドル桜井文香ではなく、男性アイドル桃井薫として、この4人と共にデビューするのだ。

 三流止まりで散々だった女性アイドル時代を払拭するように、男性アイドルとして生まれ変わる。そんな私に求められているのは、さっきまでの映像に映っていた彼らの模範になる事。それぞれのアイドル観を作り出させること。



 部屋の前で待っていたRecorD時代からのマネージャーである冴島さんは、眼鏡のズレを直しながら満足そうに頷いた。


「うん。ちゃんと男に見えるわ。しっかりね」

「はい」

「貴方に求められていることは、これから会う子達の教育……調教と言ってもいいかもしれないわね。貴方のこれまでの経験・学びを叩き込みなさい」

「……はい」


 ……胃が痛い。今までに感じた事の無い感覚だ。

 この数日で“覚悟”してきたつもりだったが、心の奥底では押しつぶされるような苦しさがあった。


 冴島さんとはもう、5年近くの付き合いになる。ムキムキマッチョの男性だが母性溢れる人で、いつも私の事を気にかけてくれている。仕事人としても優秀と社内の評判は高いらしい。

 以前のグループでの不祥事から、こんな大それたことにまで突き合わせてしまうことに対して少しだけ申し訳なく思うが、冴島さんがいることで安心感がある。


 会社は新人アイドルの教育の為、私は一流アイドルとしてステージに立つため。

 一世一代の賭け。自分の夢のために世界を騙した大勝負に打って出る。



 件のオーディション合格組に会う前に、私と共に事務所推薦枠として合流する青年に引き合わされた。

 事務所のフリースペースに所在なさげに座っていたその青年は、薄いグリーンのシャツにカーディガンを羽織った、清潔感のある外見だった。


「彼がもう一人の事務所推薦枠。宮原正樹」

「……よろしく」

「桃井薫です。よろしくお願いします」

「……タメ口でいい? おれ、敬語苦手で……これからメンバーとしてやっていくし。薫君って呼んでいい?」

「うん。僕も正樹って呼ぶよ」


 正樹は背が高く体格もいいため、握手するだけで覆いかぶさられるようであった。話し方はぼそぼそしていたが、声自体が透明感のあるはっきりとした雰囲気であったため、聞き取るのに苦労はしなかった。

 猫、熊……なんだかそういうキャラクターのようだ。


 冴島さんは私たちそれぞれに視線を向けると、少し疲れたように口を開いた。


「薫、この子も才能はあるけど、アイドルとしてはからきしだから教えてあげて。一応ダンスも歌も一通りはできるわ。正樹も、わからないことは薫に聞きなさい」

「……はい。よろしくね、薫君」

「うん。こちらこそよろしく」

「まぁ、同じ“事務所推薦枠”として助け合いなさい」


 彼もまた私の教育対象なのか。というか、この子はどういう理由で“事務所推薦枠”なのだろうか。

 私がマネージャーに聞こうとした時、隣の正樹の方が先に話始めた。


「……オーディション組に合流するの緊張する。薫君はこの前の配信見た? 夏焼君めちゃめちゃ怒ってた」

「あぁ。確かに彼、社長に喰ってかかってたね。まぁ、突然、オーディションの苦労もせず合流するやつがいますって言われてもね。しょうがないよ」

「……仲良くなれたらいいなぁ」

「そろそろ行くわよ」


 マネージャーに促されて、私と正樹はオーディション組の待つレッスン室へと歩き始める。レッスン室への道は、RecorDだった時から何度も歩いていたが、まるで初めての道を歩くようであった。


 ムキムキの体を揺らしながら前を歩くマネージャーについて行っていると、正樹が私の耳元に口を寄せてきた。


「冴島さんってオネェなの? なんか、悪役令嬢みたいな話し方だけど……」

「あぁ。口調だけだよ。女性アイドルを担当することがあって、強い口調だと怖がられたから、そうしているんだって」

「へぇ。……なんか気になったけど、こういう事聞いていいのか分かんなくて。コンプライアンス? センシティブ? ジェンダー? みたいなやつ」

「ふふっ、ちゃんと配慮ができて偉いね。でも、冴島さんは気にしないと思うよ」


 正樹は納得すると、体勢を元に戻した。

 ……中々、仲良くなれそうだ。最初の言葉から口下手なのかと思ったが、こちらに歩みよってくれる風だし、嫌な空気を避ける平和主義的な部分も見える。それにこうやって、発言を事前に確認できる子は失言のリスクが減る。アイドルとしても好ましい。


 そうしているうちに、地下のレッスン室の前まで来た。冷えた空気が足元をさらうような感覚がある。


「ついたわよ。……心の準備は良い?」

「はい」

「……はい」


 冴島さんはこちらを一瞥した後、レッスン室の重たい扉をゆっくりと開いた。

 そこには先ほどまでスマホで見ていた。4名の男たちが立っている。奥には社長の姿もあった。これからメンバーになる男たちはむっつりとこちらを見つめている。品定めされているようだ。


 社長はゆっくりと立ち上がると、私達の方へ向かってきた。


「おはよう、2人とも。……この2人が事務所推薦枠のメンバーよ。推薦理由を含めて、自己紹介を。まずは桃井」

「桃井薫です。21歳です。別のアイドルプロジェクトに所属していたのですが、諸事情によって企画が没になり、今回こちらに推薦されました」

「桃井は、貴方達のアイドルとしてのパフォーマンスのお手本になると思っています」

「皆さんに負けないよう、会社の期待に応えられるよう頑張ります。よろしくお願いいたします」


 私は、社長と事前に決めていた設定を素知らぬ顔で詠唱していく。嘘とホントが入り混じったそれは、するすると口から出ていく。演技の仕事はあまりしたことなかったが、それなりに上手くやっている気がする。オーディション組も疑問を持つことなく、シラっとした表情で私の自己紹介を聞いていた。


「……宮原正樹です。年は19。元々作曲家としてこの事務所に所属していて、今回、アイドルもやってみないかって……最終パフォーマンスの曲も俺が作りました」

「え! Mirai?」

「う、うん」

「俺、あの曲すげー好き!」

「あ、ありがとうございます。……よろしく」


 それまで強張っていたオーディション組の表情がふっと緩む。その事実は私も今初めて聞いたので、思わず正樹を凝視してしまった。


 すごいな。この子。事務所専属の作曲家だったのか。

 確かに、グループに一人アーティスティックな子がいると、活動に広がりが生まれるかもしれない。事務所の意図も何となく理解できる。


 正樹に対する盛り上がりや追及を遮るように、社長が声を上げた。


「ちなみに正樹は、貴方達の歌唱オーディションの審査員補佐もしていたわ。……では、4人も自己紹介を」

「あ、じゃあ俺から! 福良結です。西園寺歌劇団出身で、今までは舞台俳優として活動していました。特技と趣味は料理! よろしく!」


 華やかだ。配信で見ていた時よりもオーラがある。

 結は明るく私たちに笑いかけた。名門演劇学校・歌劇団出身の言葉たがわず、その挨拶はお腹の底から聞こえるハキハキとしたものだった。


「ボクは永瀬祈織です。よろしくなぁ。23歳で多分最年長やけど、気ぃ使わんくてえぇから。特技は一応ダンスで、趣味は睡眠かなぁ」

「俺は、清野朝です。高校2年生です。あー、特技は折り紙で、趣味は漫画読むことっす。お願いしまーす」


 続けて祈織と朝が自己紹介を終える。先ほどまでは強張った顔でこちらを見つめていたが、今は自然でにこやかな雰囲気になっていた。


 最後に残った恋星に周囲の視線が集まるが、彼はどこかふてくされている。


「恋星?」

「……夏焼恋星。ハタチ。特技は歌。趣味はギター。……よろしく」


 その顔は全く、よろしくしてはいなかった。思わず頬がひきって変な笑いが出てくる。

 配信で見ていた限り、この恋星と言う人間はまっすぐで、情に厚い。だから、言ってしまえばコネでオーディションスキップした私たちを彼が認めないのは理解できる。オーディションを落ちた参加者のことを慮っているのだろう。

 しかし、その苛烈なまっすぐさは彼の長所ともいえるが、そのことを隠しもせず、周りにぶつかる姿勢は短所ともいえる。


 社長も私と同じことを考えているのか、恋星に向かって一つ大きくため息をつく。


「……以上6人で半年後の10月31日のデビューを目指してもらう。最初の大きな仕事はプレデビュー曲のMV撮影を考えているわ」


 社長はそう言って、とある曲を流し始めた。それはオーディションの最終課題曲、正樹が作った曲だった。これがプレデビュー曲になるのか。

 私たちはその曲を静かに聞いていた。全てが流れ終わっても、誰も微動だにしない。緊要な空気がレッスン室を支配していた。

 それは、社長が深いため息をついて動き始めるまで続いた。


「今日は顔合わせだけなので、この後は自由になさい。後日“仲良くなる為のミニゲーム動画”の収録するからそのつもりで。また冴島の方から連絡するわ」

「このレッスン室、一時間後には別の予約入っているから遅くならないうちに出てねぇ」


 社長と冴島さんが去っていったレッスン室はシンと静まり返った。皆が皆、目線を彷徨わせながら出方を伺っている。

 私は新参者として声をあげようとしたが、それより一瞬早く結が私たちに語り掛けてきた。


「あー、みんなで昼飯でも食べに行く? 俺、この近くのーー」

「オレはアンタらを認めねぇから。……こんなん、落ちていった奴が浮かばれねぇよ」

「え? ……ちょ、待てよ、恋星!」


 結の提案を遮って述べた恋星は、乱暴な勢いでレッスン室から出ていった。扉が閉まるバンッという音が、レッスン室に低く響き渡る。


 ……女だとはバレなさそうだが、メンバーになるのはひと悶着ありそうだ。


 春の日の温かい光は、このレッスン室まで届かない。


お読みいただきありがとうございました。

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