1.夢の終わり、理想の始まり
ファンの皆様へ
いつもRecorDを応援いただき、誠にありがとうございます。
この度、RecorDは活動を終了し、解散することになりました。
突然のお知らせとなり、申し訳ございません。
メンバーとスタッフ、共に話し合い、協議を重ねましたが、結果解散という結論に至りました。
これまで応援していただいたファンの皆様や関係者の皆様には、お礼を申し上げるとともに、心からお詫び申し上げます。
各メンバーの今後に関しましては、後日改めてご報告させていただきます。
2月10日のライブをもって解散となります。
残り少ない時間ではありますが、最後まで温かいご声援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
Roki-芸能プロダクション
× × ×
「貴方には申し訳ないことをしたわ」
いつもなら自信満々な社長の声色は、どこか弱弱しく、苦々しい色を乗せていた。
この社長室だって、日当たりがよく居心地のいい場所であるはずなのに、この時ばかりは暗く冷えている様であった。
「……しょうがないです。理解しています」
「熱愛、情報漏洩、未成年飲酒疑惑…… 今回の解散は、貴女以外のメンバーの管理・教育ができなかった会社の落ち度よ。本当にごめんなさい。貴方の人生に傷を作ってしまった」
私は下げられた社長の頭をボーっと見つめていた。生え際は白くなっており、それだけでもどこか痛々しかった。
私、桜井文香はアイドルグループRecorDのメンバーである。いや、元メンバー。元アイドルであった。私の所属していたRecorDと言うアイドルグループは、メンバーの熱愛脱退、コンプライアンス違反……により数日前に解散となった。
解散ライブは空席が目立ち、来てくれたファンの4分の1は罵倒を浴びせてくる、そんなさんざんな幕引きだった。
私のアイドルになるという夢は、叶ってから3年も経たないうちに、あっという間に死んでいった。
数秒、または数分頭を下げた社長は静かに顔を上げ、乱れた髪をかき上げる。その表情は険しかった。
「……本当に芸能界を引退するの? あなたほどの才覚があれば、女優でもソロ歌手でもやっていける。今回の件、貴方に非はなかったのだから私達だってバックアップするしーー」
「元々、アイドルを辞めたら、芸能界も辞めるつもりでしたから」
社長の言葉を遮り、無理やり笑みを浮かべる。泣きたい気分だったが、言葉自体に嘘はなかった。
私は“アイドル”になりたかった。それ以外はどうでもよかった。
歌って、踊って、みんなの羨望を浴びる……そして24歳の誕生日に泡のように消える。私の神様もそうだった。そんなアイドルになりたかった。
アイドルになるという夢自体は叶っても、夢を継続し続けることは難しかった。いつしか、他のメンバーとのモチベーションが乖離し、ジェンガが崩壊するときのように、あるいはドロドロになった春前の雪だるまのように、一気に段々と夢は朽ちていった。
黙り込む私を社長は目を細めながら見つめ、ゆっくりと頷いた。
「そう。まぁ、文香らしいわ。……そういう頑固なところが、貴女がアイドルを全うできた理由なのかしらね。貴女は本当に理想のアイドルだったわ。弱音を吐かず常に笑顔。事務所の言い分も理解してくれる。パフォーマンスにもストイック」
「……」
「そんな貴女に、一つ提案があるの」
そう言って書類を取り出した社長は、鬱々とした空気が少し晴れたようであった。それまでとの違いに、私は少し怯える。
何なのだろう。もう、ほっておいて欲しい。早く帰ってギャン泣きしたい。
しかしそう思っていても、体は社長を拒否することができず、書類を受け取る。
表紙には“Roki-芸能プロダクション・新時代アイドルオーディション”と書かれていた。
「……これって、今、うちの事務所でやっているオーディションですよね。その様子を配信とかもしてるーー」
「えぇ。うちの社運を賭けた新プロジェクトよ。世間の反応も上々……これのプレデビューセクションに貴女も参加して欲しいの。デビュー候補の事務所推薦メンバーとして」
このオーディションは、解散でバタバタしていた私も知っていた。
全国の13歳(中学生)から25歳までを対象とし、歌・ダンス・エピソード等、様々な方向性から一流のトレーナー・社員・視聴者の投票によってメンバーを絞っていく、多角的かつ複雑なオーディションは、世間にそこそこ受けていた。
しかしこれはーー
「これって、男性アイドルのオーディション、ですよね? メンバーってーー」
そう。これは男性アイドルグループのオーディションプロジェクトなのだ。女である私は参加すらできない。それに、もう既にオーディションは最終段階に差し掛かっており、配信番組も大盛り上がりだ。そんな中に、オーディションも受けていない女を入れる? そんなことしたら、大炎上間違いなしだ。
混乱する私とは反対に、社長はけろりとしていた。
「そうよ。もしあなたが頷いてくれるならば、貴女には男になってもらう」
「はい?」
「男装して、男としてメンバーになるの」
RecorDの解散で頭がおかしくなってしまったのだろうか。いや、言ってもこの会社はそこそこ大きな会社だし、その中の小さなアイドルグループなんて些細な事だろう。
考えを整理するうちに、ますます混乱していく。
「文香はこのオーディション配信、見てる?」
「一応。その、全部は見れてませんけど……」
「そう。……来週放送分で、オーディション突破者が決定する。それを見てもらえれば分かると思うけど、私は、才能はあるが“アイドルを分かっていない子”をあえて選んだ」
「……!」
貴女ならわかるでしょと言わんばかりの社長の視線が私に向けられる。
“アイドルを分かっていない子”
つまり、アイドル観がない子と言う意味だろう。
この世には2種類のアイドルがいると私は考えている。1つは「アイドルという職業を目指す」子。もう1つは「アイドルと言う生き様を志す」子。
見かけは変わらないが、前者の場合、ダンスや歌唱の技術が卓越していても、恋愛禁止だとかガチ恋のファンがしんどくなることが多く、壊れてしまうケースが多い。もちろん後者にも欠点はあるが、アイドルとして制御しやすいのは後者だ。
社長が言いたいのは前者。つまり今回のオーディションでは、歌って踊るアイドルという職業になりたい子を集めたのだ。
「でも、私達が作るのはアイドル。アイドルを分かってないのは困るの。すぐ辞められたり、反抗されたりね……だから貴女には、彼らが自分のアイドル観を作れるように、教育して欲しい。あとは、そうね……“起爆剤”にもなって欲しいわ。オーディションの合格後は浮かれがちだから」
「どう、やって?」
そう言った自分の声は、自分でも驚くほどに震えていた。
曰く付きの高額なお宝を目の前に出された時とでも言えばいいだろうか。そんな興奮とも不安ともいえる鼓動の音が、体を支配する。
社長の声も、甘美な毒のように聞こえ始めていた。
「このオーディションから4人のメンバーが選出される。その4人に、貴女ともう1人の事務所推薦枠2人を含め、6人をプレデビューメンバーとして決定する。その半年間のプレデビュー期間だけ貴女には男性アイドルになってもらい、彼らを鍛えてもらう。……そして本デビューでは、心か体の問題を理由に消えてもらう。よくある話でしょ?」
無茶苦茶な内容だ。
確かに半年間だけなら女だってバレないかもしれない。私は女性の中では背が高く、声も低めだ。しかし、絶対バレない確証はないし、“起爆剤”が私である意味が分からない。
そんな私の気持ちを見透かしたように、社長は私の視線を捉える。
「貴女ほど……桜井文香ほど、しっかりとしたアイドル観を持った人間を私は知らない。貴女には、彼らの傷になって欲しいの。貴女という傷は、きっと彼らをトップアイドルにする」
「……提案自体は理解できましたけど、私には……いえ、私だけでなく会社にも、リスクに見合う利益が無いお話だと思います」
「利益ならあるわ。今の時代のアイドルにはダンスや歌の技術だけでなく、ストーリーが求められる。近年オーディション番組が増加したのもこれが理由。オーディションからプレデビューまで盛り上がっても、デビュー後までその盛り上がりが続かないことも多い。そこで貴女の存在が、キーとなる。プレデビューだけ現れた謎のアイドル。出会いと別れ、成長。短期的な混乱はあれど、長い目で見た時に会社が被るかもしれないリスクに見合うだけの上澄みが期待できる。そもそもタレント育成なんてギャンブルのようなものだわ。……そして貴女の利益。それは、アイドルとして死ねること」
その言葉を理解した時、私は息をするのを忘れてしまった。甘い社長の声が、私の脳を揺らす。
「人並み以上のアイドルとしての理想をもつ貴女は、今回の解散……RecorDと言うアイドル人生で満足できたの? ……できなかったでしょ? 唯一、貴女と同じスペックを持っていた千紘は心が折れて早々に離脱したし、後の子たちは子供過ぎて壊れていった。……貴方はろくでもない最期を受け入れたようでずっと不満だった」
それは図星だった。
やっとアイドルになったのに、他のメンバーは部活ぐらいのノリで、私が求めているモノとは違った。唯一同じ熱量だった千紘はデビューしてからすぐに病んだ。
残ったのは私とそれ以外。でも、自分の意見を押し付けてはいけないと思い、ぐっと我慢した。そうしているうちにメンバーのいい点も見つかり、何とかやっていけそうだと思っていた。
そんな時だった。メンバーの致命的な欠点露出したのは。
仲良くなっても底までは知らない。友達の友達までは知る由もない。アイドルだからコイバナなんてしなかった。それを突きつけるかのように私の仲間はアイドルとしての禁忌を犯し、私のアイドル人生は崩れて消えた。
せめてアイドルとして卒業コンサートができたのなら、もっと満足できたかもしれない。でも、それも叶わなかった。
社長は妖艶にほほ笑みながら椅子から立ち上がると、私の背後に回り込み、私が持っていた書類の最後の部分を開いた。
「この子たちはね、デビュー直前にコンサートをする。……貴女の神様が引退したサツキアリーナで。貴女がもしこの話を受けたなら、貴女は一流のアイドル候補生として生まれ、そして貴女の神様と同じ舞台でアイドルとして理想のままに死ねる。これは貴女にとっての利益でしょ? 三流止まりだった現実を払拭し、理想を体現できる」
社長は厳しくも、優しい人だった。迷惑ばかりかけた、会社の中でも小さなアイドルグループの私という人間を把握するぐらいに有能で、その目はどこまでも先を見つめている。
しかし今この瞬間は、尊敬する社長が魔女のように見えた。
「どうする? 文香」
こんな提案、ハイリスクローリターンだ。
男性アイドルと女性アイドルを同じ事務所でプロデュースするだけでもアレなのに、男性アイドルグループに男装アイドルをぶち込もうだなんて、冷静な大人がすることじゃあない。
そんな混乱しつつも冷静な脳内と裏腹に、私の体は静かに頷いた。
私の夢はアイドルになる事。
アイドルになってファンやそのほかの人々の羨望の視線を浴びる事。
圧倒的なパフォーマンスで会場を焼き尽くすこと。
そして、美しい終わりを夢見ている。
お読みいただきありがとうございました。
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