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75話 軍師、撤退を疑う

 二日ほどかけて、アキトは師駒たちとともに北魔王領の村を回った。


 ほとんどの村が騎士団の焼き討ちにあっていた一方で、中には大した被害が見られない村もあった。


 だが、どの村にも魔物の姿はなく、戦いも起こらないまま偵察は終わる。


 アキトたちはそうして今、騎士団が占領したレヴォドを歩いていた。


 レヴォドはこの一帯で唯一の都市。


 とはいえ、人間の都市とは大きく様相が異なる。簡単な土塁と低い柵に囲まれ、石造りの壁や建物は見えない。道は当然舗装はされていなかった。

 家の大半は焼け落ち、そこらじゅうに魔物の遺体が臥せている。


 都市の中央部には騎士団の天幕が密集していた。この都市に駐屯する五十名の騎士たちのものだ。


 彼ら騎士たちは土塁と市街を退屈そうに警備している。素行が悪いか反抗的な者たちが残されたのだろうとアキトは推察した。


 アキトたちは灰を踏みしめながらそんな街を歩いた。


 先頭で周囲を警戒しながら進むシスイとアカネは複雑そうな顔で言う。


「遠くのほうではまだ火種が燻っているようでござるな」

「屋根も屋戸もない。これでは、ここを守る理由は薄そうですね」


 アキトもその言葉に内心で頷いた。

 とても防衛拠点としては使えそうもない。使えるものも、他の村と同じく何も残ってないだろうと。


 ……この先の都市も同じような光景になっているだろうな。


 アキトはある不安を覚える。

 騎士団がもし北山脈の帝国軍と合流できなかった場合のことだ。撤退する際に逃げ込む都市や砦はほとんど使い物にならないのなら、リールまで撤退しなければいけない。


 とはいえ、騎士団のほとんどは騎兵。いざとなれば、撤退は容易。エレンフリートに注意をするよう手紙を送るまでもないと考えた。


 そんな中、アキトはリーンが戻ってくることに気がつく。


「アキト様! 魔物の遺体の数を数えてまいりました!」

「ありがとう、リーン。聞かせてくれ」

「はい! 数は千ほど。そのうちの五百名は、西門とその周辺に集中しておりました。武器の類なども、西門に多く散乱しておりました」

「つまり、レヴォドの魔物たちは西門で騎士団を迎え撃ったんだな」


 リールがあるのは、レヴォドから南西。真っ直ぐやってきた騎士団は、まず目についた西門を攻めたのだろう。


「他の門は?」

「南北の門にはそれぞれ百名ほどの遺体が。東には、数十名しかおりませんでした」

「そう、か。市街の遺体は?」

「焼死したと思われる者がほとんどでした……北寄りに五十名。南は二百名ほど見受けられました」

「南、か」

「はい、南です……今、ライル様が南門付近の足跡を探ってくれています」

「そうか。俺たちも向かおう」


 アキトたちはその後、ライルを探しに南へと向かう。


 目的の南門を出たところでライルを発見した。


 ライルは筆と紙を手に、地面に目をやっていた。


「ライル。どうだ?」

「はっ。足跡の全てを集計できたわけではありませんが、千名以上の者がこの南門から脱出しております。東門からも五十名ほど。しかし、どちらも向かった先は……」


 ライルは南へと体を向け、思わず天を仰いだ。


 その視線の先には高く聳える山脈があった。

 帝国人が北山脈と呼ぶ、天然の要害だ。


 山の連なりと呼ぶよりは、長大な壁と言ったほうが近いかもしれない。

 どの山も断崖絶壁となっており、山頂は雲をも貫くほどの高さにある。


 帝国中央部の人々にとっては、北の防壁と言って差し支えない。山脈中央部にわずかに存在する山道や峡谷を防衛するだけで、ほとんどの魔物の南下を防げるのだから。


 シスイは腕を組んで呟く。


「一見、逃げ込む先はなさそうでござるが」

「麓まで岩肌が露出していますしね。森も少ないですし」


 アカネがそう言うと、後ろから声が響く。


「あそこに魔物はいないはずだ。仲間がもう見てきた。しかし襲われることもなく帰ってきたよ」


 振り返ると、そこには鎧を着た騎士がいた。アキトは南門の門番だと察する。


「詳しく聞かせてくれるか?」

「ああ。エレンフリート様も南に多くの魔物が逃亡したことは把握していた。だから偵察を派遣したんだ」


 千名近くも同じ方向に逃げれば、誰もが疑問に思う。


 しかも、逃げ出した魔物は自分たちの後方を脅かす存在になる。エレンフリートも見逃すはずがなかった。


「そうか。それで魔物たちは?」

「すでに魔物の姿はなかった。山脈に沿って東へ逃げたんだろう。平地じゃ、馬に追いつかれてやられるだけだ」

「確かにそうだな」


 門番の言うように、東の平野を逃げていけば騎士に簡単に追いつかれてしまう。


 ……魔物たちも当然それを理解していた。あるいは、そういう場合に備えていたかもしれない。


 しかし、アキトの胸騒ぎは収まらなかった。


 レヴォドにしろ、周囲の村にしろ、あまりにも撤退が整然とし過ぎている……事前に南に逃げるよう打ち合わせていたとしても、それだけが備えだろうか? 


 あれだけの山脈。帝国領には抜けられないにしても、身を隠す洞窟や峡谷は無数にあるはず。そこへ潜み、反攻の機会を待つ……


 考えられない話ではない。


 アキトは皆に向かって言う。


「……直接、北山脈を調べよう。騎士殿、悪いが馬を数頭お貸し願えるか?」


 騎士はその言葉に顔を青ざめさせる。


「さ、山脈に敵がいるって言うんじゃねえだろうな?」

「分からない。だからこそ調べるんだ」

「そ、そうか。まああんたが言うなら、調べてもらったほうがよさそうだな……馬は天幕の近くに繋いであるのを使ってくれ」

「ありがとう」


 アキトは頭を下げて言った。


 すでに調べたのに何故とか、お前みたいな奴には貸さないと言われるとも考えていたアキト。しかし騎士は快諾してくれた。


 ある程度は自分を信用してくれているのだろうか。


 彼ら騎士団のためにもしっかり調べないとな……


 アキトは師駒たちと共に、馬で南へ向かうのだった。

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