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74話 軍師、敵地へ足を踏み入れる

 アキトは束の間の休息の後、リールのレオス砦に戻った。


 しかし、レオス砦や他の砦の様相は数日前と全く異なっていた。丸太の荒い防壁は、石造りの堅牢なものへと改修されていた。


 その他、防衛用の塔や装備、貯水池などの設備も整えられていた。


 今は、北魔王領側の丘に低くも長い防壁を築いている途中だ。


 セプティムスたちはアキトの予想以上に、迅速な改修を進めていた。

 西岸諸侯領から相当な領民たちが集まってくれているおかげもあるだろう。

 すでに北魔王軍が数万押し寄せても十分に守れるほど……アキトは安堵した。


 やはりリールのことはもう何も心配いらない。

 改修は引き続きセプティムスやベンケーたちに任せ、アキトは他の師駒と共に敵地への偵察に向かうことにした。


 偵察する範囲は、リールからレヴォドという北魔王領の都市の周辺。

 このレヴォドはリールとは徒歩で一日の距離にあり、すでに騎士団が陥落させたと伝令や輸送隊から報告が上がっていた。


 リールの防備に使える要素はないか、そして騎士団の後方を脅かす敵が潜んでいないか……それを探るため、アキトは自ら偵察に出た。


 防壁の建築が進むリールの丘陵を下るアキト一行。

 その眼下には、荒涼とした平原が地平線いっぱいまで広がっていた。


 丘を降りながらシスイが言う。


「見渡す限りの平野。絶景かな」

「ですが、山林が少なく暮らしにくそうですね」


 アカネは北魔王領をそう評した。


 その言葉通り、山林が極端に少ない。場所によっては岩が剥き出しとなっている場所まである。


 リーンはこう呟く。


「私からすれば、空からの偵察が非常に楽ですね。村や町の場所が一目瞭然ですし」


 平原には、恐らく魔物たちのものであろう村が見えた。


 ……どの村からも黒煙が立っている。

 竃から上がる煙ではない。舞い上がる煤のせいか空が黒い。焼き討ちにあったのだろうとアキトは察した。


 ライルが言う。


「仰るとおり視界もよく、馬が走るのにも適した地……重い鎧を着込み馬を駆る帝国騎士たちにとっては、この上ないほど戦うに適した土地。我らが戦った貧弱な装備のゴブリンやオークでは、とても進撃を止められないでしょうね」


 実際、アキトの耳にも騎士団の快進撃は随時伝えられていた。


 本当に北の魔王の本拠にまで侵攻できるかもしれない……アキトもそうなることを願っている。


 しかし向こうも存亡の危機がかかっている。

 南魔王領の者たちと比べ技術や戦術に劣る彼らだが、必ず策を弄してくるはず。アキトは不安を拭えないでいた。


 とはいえ、アキトにはまずリールの防備を万全とし、万が一に備えるという役目がある。エレンフリートや他の学友を信じ、目の前の仕事に集中することにした。


 リールを下り、アキトたちはまず近場の集落を目指す。


 平原を歩くと、生い茂る草は低く本当になだらかな土地なのが分かった。

 寒すぎず暑すぎず、しかも吹いてくる風は穏やか。


 見た目の荒涼さとは裏腹に、人でも暮らしやすそうな地だった。


 アカネは欠伸を響かせて言う。


「何というか、眠くなってくるほど長閑ですね。私たち師駒は睡眠がいらないはずなのに」

「アカネ。ここはもう敵地なのだぞ。気を抜くな」


 シスイが真剣な面持ちで言うと、アカネは不満そうに答える。


「別に気は抜いてませんよ。それに敵が近くなれば、私たちには頼りになるヴォルフさんとライルさんがおりますし! ね、お二人とも!?」


 その言葉に、ヴォルフとライルは力強く頷く。


 ヴォルフは魔物の匂いを嗅ぎつけることができる。ライルも魔物の気配を察知することができた。

 故にアキトも索敵に関しては心配していない。


 ライルが答える。


「お任せください。しかし魔物たちも棲家を焼き払われ、こちらに備えるどころではないかもしれません。どこか、別の場所に集まっているかもしれませんね」

「戦士を集めて狙うなら……まずはレヴォドの奪還となるでしょうか」


 リーンの声にアキトは頷く。


「主要な拠点を押さえ、こちらの輸送路を遮断してくる可能性はあるな……目の前の村を見るに、レヴォドが防衛拠点としてどれだけ使えるかは不明だが」


 アキトはそう言って、足を止めた。


 視線の先には、恐らく村だった場所があった。黒焦げた木材と灰しか残っておらず、元の建物がどんな形をしていたか知るのも困難だ。


 先ほど見た煙は、各所から上がっていた。この村だけでなく、他の村やレヴォドも同じ有様だろうとアキトは察する。


「火は落ち着いているようだな。中に入って、何がないか調べてみよう」


 アキトの言葉に皆表情を引き締め、頷いた。魔物たちがまだ残っているかも恐れがある。


 村の領域に足を踏み入れるアキトたち。動くものは見当たらず、残されたのは黒色か灰色をした何かばかり。


 ヴォルフはリーンに向かって、俺たちの知らない言葉をかける。


「アキト様。ヴォルフ様が言うには、煤の匂いは強いが、生き物の気配はないそうです」

「だろう、な」


 アキトは周囲に転がる黒焦げたゴブリンたちの遺体を見て言った。

 武器の類は少なく、逃げる時間がほとんどなかったことが窺える。


 人間の街や村もこうして北魔王軍に焼き払われてきた。アキトも何度か目にしている光景。悲しさは覚えるが、動揺はしていない。


 その後も村の廃墟を冷静に観察し、使えそうな物資や軍の指令書などがないか確認するが目ぼしいものは何も見当たらなかった。


 しかし、アキトはあることに気がつく。

 すぐに一体ずつ、魔物たちの遺体を確認していった。


「……村の広さからすると、遺体の数が少ない。残りは村から逃げたか」


 抵抗しても勝てないなら、逃亡は当たり前。戦える者以外は、即座に村から逃げただろう。


 ライルはアキトの考えを察して言う。


「騎士たちも追撃したでしょう。我々で周囲の遺体を確認いたします。他の村も同様に。遺体の位置から、魔物たちが逃げて向かおうとした方角を割り出せるかもしれません」


 ライルの申し出にアキトは即座に首を縦に振る。


「頼む。いくら騎士たちとはいえ、すべての村の魔物を殺すのは不可能だ。必ず、どこかへと向かっているはず」


 そうしてアキトたちは、魔物たちの逃げた先を調べることを念頭に、村々を回るのだった。

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