69話 軍師、身を案じられる
エレンフリートが軍師を務める帝国騎士団は、北魔王領へ侵攻することとなった。
白獅子隊と黒龍隊を除いた全隊が意気揚々とリールを出陣。北東へ進軍した。
彼らを見送ったアキトはレオス砦で防備を整え始めた。
まず、マシアスら西岸北部の将たちにリールの守備の兵を要請。リールさえ守れれば他の方向から敵襲の心配は少ないと、彼らは新兵含む三千の兵をリールに配備してくれた。
騎士団が残した白獅子隊と黒龍隊は四隊ずつ分け、現在三隊が守備にあたっている。残りの一隊はアルシュタートなどで一週間の休息に向かっていた。今後は一隊ずつ交代で休息を取ることになっている。
また、アキトはリール攻めに参加した自分の師駒たちをアルシュタートへ帰還させた。
師駒の休息のためでもあるが、代わりに別の師駒をこのレオス砦に呼び寄せるためでもある。呼ばれたのは石の加工と運搬に長けたベンケーと工学知識のあるセプティムス、第十七軍団の者たちだ。
彼らはこのリールを要塞化するため、呼び出された。
すでに第十七軍団の者たちがマシアスが集めてくれた領民と共に石材などの物資の確保にあたっている。
またレオス砦ではセプティムスとベンケーが台にリールの地図を置き、改修案を立てていた。
アキトはそんな二人に声をかける。
「セプティムス、ベンケー、よく来てくれた」
「アキト殿」
ベンケーは手を挙げて応え、セプティムスは筆を置きアキトに振り返る。
「二人とも、突然呼び出して悪いな」
「いえ、私もベンケー殿も、軍団の者たちも、ようやく出番が来たと喜んでおります! それに戦況によっては、このリールがアルシュタートと大陸西岸の命綱になります。戦を制す以上の大仕事と心得ています」
セプティムスは力強い口調で答えた。
「ありがとう。セプティムスの言う通り、このリールは俺たちにとって生命線になると思う……もちろん、学長らの作戦が成功するならそれに越したことはないが」
アキトは少し不安げな表情で言った。
アキトとしてもエレンフリートら騎士団の活躍を祈っている。北魔王軍に大打撃を与えられれば、アルシュタートと西岸北部も北の脅威が和らぐ。
もちろん北魔王領全土の平定などは夢物語。エレンフリートは引き際を見極めなければならない。
上手くいくといいが……
セプティムスはそんなアキトの心中を察したようだ。
「どう結果が転ぼうと、常に最悪の事態を想定しておくべき。アキト殿はなんら間違っておりません」
その言葉にアキトはこくりと頷いた。
「そうだな。 ……砦の改修だが、マシアス殿が西岸北部の各地から追加で人手を集めてくれた。兵役は嫌でも力仕事ならと、二千人ほど来てくれるそうだ。まだまだ志願者が絶えないらしい」
「それはありがたい。一ヶ月もあれば相当な要塞を造れるでしょう。しかし、よくこんな短期間で集まってくれましたな」
「不死者の時のようにならないよう、皆できる限りで自領を守りたいんだろう」
「それも当然あるとは思いますが、アキト殿を信頼してくれてのことでしょう」
「ありがたい限りだが、責任重大だな」
「ええ。すでにスーレ様もアキト様も、アルシュタートの領民のものだけではない。だからこそ、アキト殿にも健やかでいていただかねば」
セプティムスが言わんとしていることを察し、アキトは首を横に振った。
「皆がここで要塞を築いているのに、俺が休息を取るわけにはいかない。俺もここに残る」
「すでに修繕や改築の案にも目を通していただきました。あとは人手を集めてくれるマシアス殿ら西岸北部の将、現場指揮官の私がいれば指示は出せます」
セプティムスの言う通り、アキトがここにいる必要性は少なかった。
要塞の改築や修繕は、見ての通りセプティムスが指揮している。
それにリールを守る兵はマシアスら西岸北部の将たちが割り振りを決め指揮していた。
セプティムスはそれにと続けた。
「アキト殿が不在だったことで、私は見落としていたアルスの問題が発生しているかもしれません。軍師の目が必要です」
アキトはその言葉を聞いてふっと小さく笑う。
「セプティムスは嘘を吐くのが下手だな。少しでも不安要素があれば、お前は必ず連絡を寄越す」
セプティムスはアキトになんとしても休みを取らせたい。そのための嘘だとアキトは見抜いた。
「買い被りすぎです、アキト殿。私の本分は前線指揮官です。本当に見落としていることもあるやもしれません」
真剣な表情を崩さないセプティムス。
無言でじいっと見てくるベンケーと共に、アキトに圧をかける。
アキトはやがて深く息を吐いた。
「わかった、セプティムス……南魔王軍の動きも気になる。一旦、アルスに帰還するよ」
セプティムスはベンケーと顔を合わせると、ほっと息を吐いた。
「……それがよろしいでしょう。また長い戦いになる可能性もある」
ベンケーもこくこくと頷いた。
アキトは二人に頭を下げる。
「二人とも、ありがとう。それなら、ありがたく休息を取らせてもらう」
もちろんアキトに休むつもりなどない。だが、二人を安心させるためにそう答えた。
そうしてアキトは不本意ながらもレオス砦を後にするのだった。




