52話 軍師、西岸を平定する
ドラッセンにおける戦いは、西岸諸侯領の連合軍の勝利に終わった。
以降、西岸各地を襲っていた吸血鬼たちは勢いを失い、一週間も経たずに連合軍によって殲滅される。
吸血鬼たちの主力はやはりドラッセンに集結していたため、すでに抵抗できる力を失っていたのだ。
危惧された北魔王軍の侵攻もなく、西岸にはようやくして平和が訪れたのだった。
しかし、西岸は多大な被害を被った。
多くの町や村が放棄され、田畑は荒れ放題。残された食料も乏しく、復興には相当な時間がかかることが予想された。
だが──そんな中でも、希望が残った。
アキトは今、占領されたドラッセン城にいる。
現在この城は、故郷を失った者たちが住めるよう修復や改築が進められていた。
そしてその一角に設けられた救護所では、この一週間、驚くべきことが起こっている。
「あれ……俺たち」
「アンデッドになったのに、なんで……」
目を覚ました者たちは、寝床の上で首を傾げている。
彼らはアンデッドと化し、吸血鬼に使役されていた者たち。
しかし、この一週間の間、フィンデリアが彼らに回復魔法をかけ続けた結果、皆すっかり元の人間へと戻っていった。
すでに五千人以上が、フィンデリアによって救われている。
「フィンデリア、辛くないか?」
アキトは、今も寝込んでいる人に回復魔法をかけるフィンデリアに声をかけた。
フィンデリアはドラッセンの戦いの後、休む暇もなくこうしてアンデッドと化した人々の治療を行っていた。
だが、フィンデリアは気にするなと言わんばかりに、元気そうな顔を見せる。
すでに、治療が必要な者も十数名ほど。皆顔色もいいから、回復も間近だろうとアキトは安堵する。
そんな中、マシアスが救護所へと入ってきた。
「本当にこれだけの人を治してしまうとは……アキト殿には驚かされてばかりだ」
マシアスは周囲の病床を見回しながら、アキトのもとへとやってくる。
「いや、前も言ったが、師駒たちのおかげだ」
「それは確かにあるが、このドラッセンを落とすまでの手腕……軍師など碌でもないやつばかりと思っていたが、アキト殿にはただただ感服させられた」
感心するような顔で言うマシアス。
先頭が終わってから、マシアスはずっとアキトのことを褒め続けていた。
アキトもそれ自体は嬉しい。
自分のやったことが評価される。
何より、多くの者を救えたことにアキトも喜びを覚えていた。
だが、あまり持ち上げられ頼りにされるのも困るのだ。
アキトはアルシュタートの軍師なのだから。
「そう言ってもらえると、こちらも来た甲斐があるというものだ。それよりも、何か話があって来たのでは?」
「ああ。先ほど、西岸全域で吸血鬼とアンデッドの駆逐が確認された」
「こちらも今さっき伝令からそれを聞いたところだ……これでようやく、西岸に平和が戻るな」
「ああ……! これも全て、アキト殿たちのおかげだ。あれだけの大軍を打倒し、こうして領民をアンデッドから治療してくれた。本当に礼を言う」
深く頭を下げるマシアス。
「マシアス殿、顔を上げてくれ。先ほどから褒めてくれるのは嬉しいが、大変なのはこれからだ」
「ああ。だが、それでもアキト殿たちには何か感謝の意を表したい……ノルデンの領民も同じ気持ちだ」
マシアスはそう言うと、救護所の外に目を向ける。
そこには、多くの木箱や樽が積まれた馬車があった。
「アキト殿たちには、あれを受け取ってほしい。ドラッセンの地下に隠されていた財宝だ。やつめ、今回のこの騒乱でまた財宝を収集していたようだ」
「財宝が……しかし、だとすればあれは戦利品だ。他とは、分配が済んでいるのか?」
「それだが、ノルデンの有力者だけでなく、他の諸侯領の者たちとも協議してな。満場一致で、アルシュタート公にお渡しするということで決まったよ」
「だが、貴重な軍資金になる。俺たちだけがもらっては」
マシアスは首を横に振る。
「戦利品はもちろん、皆で分けあう。この城にあった食料や武器などの物資などだな。そこは気にしないでくれ。それに……アルシュタート大公にお渡しするのは、意味がある」
深刻そうな表情で言うマシアス。
アキトはマシアスや他の将が懸念していることを察した。
財宝を持ち帰れば、やがて帰ってくるであろうノルデン伯ら領主の物になってしまう。彼らが領民のためにその財宝を用いることはない……
マシアスはさらにこう続ける。
「アルシュタート大公を頼りにするようで悪いが、もしもの時また力を貸してもらいたいのだ。今回のことで、我らだけでなく領民もアルシュタート大公を称えていてな」
スーレとしては悪い気はしないだろう。困っているなら助けたいと言い出すはず。
アキトもそれは分かっているが、あまりに頼られるのも問題だ。
だからこう返した。
「分かった……アルシュタートは西岸領の中では、最も大陸中央に近い。あの財宝で食料を調達し、西岸に送らせよう」
そう言うと、マシアスは少し驚いたような顔を見せ、小さく笑った。
「ははは。アキト殿は一枚上手だな……もちろん、自領のことが一番だ。何も、絶対に助けてくれとは言わないから安心してほしい」
「なら、そっちも安心してほしい。余裕があれば、俺たちは必ず助けに応じる」
「ありがたい言葉だ……ああ、我らの主もアルシュタート大公のような方であればな」
少し寂しそうな顔でマシアスはそう呟いた。
内心ではノルデン伯に愛想をつかしているのだろう。アルシュタート大公が主君なら、というのは本心に違いない。
とはいえ、アキトがどうこうできる問題でもない。
マシアスもそれは理解している。すぐにアキトへこう告げた。
「先ほど、ノルデン伯をはじめ各領主に、領地の安全を回復した旨、書状を送った。すでにドラッセンでの勝利も伝えてあるから、一週間もかからずに帰還するだろう」
「そうか。なら、俺たちも治療が済み次第、帰還するよ」
「承知した。私も、数日後にはノルデンに帰るつもりだ。アキト殿の師駒たちのおかげで、もう少しでドラッセンの修復も終わるのでな」
第十七軍団の者たちは、ドラッセンでの建築に当たっていた。
避難民のための家など、ここで居住できるように。
また、シスイとアカネ、ヴォルフは兵を率い吸血鬼たちの殲滅のため各地を巡っていた。
彼女たちのおかげで、これだけ早く吸血鬼が駆逐できたと言っても過言ではない。
リーンとシロは各地への伝令と、皆大忙しだ。
「俺も一度ノルデンに寄るつもりだ。ノルトアルスの兵たちとそこで合流するつもりだ」
「なら、ともに帰還いたそう。領民たちも、アキト殿たちに感謝の言葉を送りたがっている」
「光栄な話だが、大げさな出迎えなどはごめんだぞ、マシアス殿。ノルデン伯があとで聞いたら気を悪くするかもしれないからな」
「もちろん、特別なことはしない。私もあとが怖いからな」
マシアスが苦笑いを浮かべると、アキトも小さく笑う。
この数日後、アキトたちは全ての者たちへの治療を終え、ノルデンへと帰還するのだった。




