42話 軍師、鎌をかける
ソルヘイムの衛兵詰所の一室。
その中にある監獄に、先ほどアキトたちが捉えた吸血鬼が入れられていた。
ひとしきり抵抗を試みた吸血鬼だが、拘束を解けないと悟ったのか今は腰を落とし大人しくしている。口に噛まされていた縄も外し、自由に喋ることができる状態だ。
アキトは檻の向こうの吸血鬼に問いかける。
「名前は?」
アキトの言葉をリーンが訳す。
しかし吸血鬼は目を瞑り、知らん顔だ。
当然、アキトも簡単に答えてくれるとは考えていない。
──だから、まずは喋らせる必要がある。
アキトはリーンと顔を合わせ頷く。
するとリーンは頷き返し、見る見るうちに姿を変えていった。
「っ!?」
それを見た吸血鬼は一瞬目を見開く。
無理もない。スライムが自分と同じ姿になったのだから。
しかし吸血鬼はすぐにまた目を瞑り、無表情を装う。
「こいつは、お前の姿に変身できる。お前の仲間を誘い出すために、動いてもらうつもりだ
アキトはそう言って、その様子をよく観察する。
……強がってはいるが慌てているはずだ。
吸血鬼が今考えているのは、自分の姿が利用されてしまうだろう、ということ。
とはいえ、姿だけだ。他の吸血鬼と話せば、すぐに正体がばれてしまうだろう。リーンが吸血鬼の姿でできることは限られるのだ。
この吸血鬼もそれは当然理解している。だから尚更、思うだろう。絶対に情報は明かさない、と。
しかし、吸血鬼はアキトのやらんとしていることを知った。自分に変身するスライムを使い、自分たちの組織へ何かしらの工作を行おうとしているのだ、と。
今は体も動かせない状態。しかし、機会があれば脱走したいし、少しでも人間側へ損害を与えたい。そこまでできなくても、この失態は帳消しにしたいはずだ。
ずっと黙って動かないよりは、向こうも何かしら手を打ちたがるだろう……アキトは、そう考えた。
だから、アキトは思ってもいない言葉を口にする。
「ずっと黙っているつもりか? ……仕方ない。少し痛めつけて、吐かせるとしよう」
その言葉に、シスイが棍棒を手に檻の中へと入る。そして試し打ちとばかりに、石の壁を棍棒を力いっぱい叩いた。
耳を塞ぎたくなるような音が響き、詰所自体がぐらぐらと揺れる。シスイの棍棒は折れてしまっていた。
吸血鬼もこれには思わず体をびくつかせる。
「ふむ……それがし、加減という物を知らぬからな。気を付けなければ」
そう言って新たな棍棒に持ちかえるシスイ。すたすたと吸血鬼の後ろへと向かう。
「それでは始めさせてもらう。よく歯を食いしばって──」
「待て! 待ってくれ!」
吸血鬼は突如、人の言葉でそう訴えた。
もともと人里に潜入するぐらい。人語を話せたとしても何もおかしくない。
……ようやく、口を開いてくれたな。
アキトは相手を上手く誘導できたと内心で喜ぶ。しかし表情は緩めない。
「突然、どうした?」
アキトが問うと、吸血鬼は焦るような表情で答える。
「こ、こんなやつに叩かれたら一瞬であの世行きだ! 俺はまだ死にたくない!!」
「だが、お前は俺の質問にも何も答えない」
「こ、答える! なんでも答える! そ、そうだ! 仲間の場所を知っている! そこにそのスライムを行かせればいい!」
「仲間がいるのか?」
「あ、ああ。近くに、仲間の拠点があってな。あまり大勢で接近すれば怪しまれるだろうが、一人なら大丈夫のはずだ。そのスライムは魔物の言葉も使えるし、上手く紛れることができるだろう」
アキトはその言葉に悩むような表情を見せる。
やがて、こう訊ねる。
「嘘だったらどうする?」
「嘘だったら殺せばいい。もっとも、俺は死にたくない。嘘なんか吐かねえよ」
嘘の可能性は限りなく高い。二回も自決を試みたのだ。彼は、目的のためなら自分の命を犠牲にすることができる。
リーンをそこへ誘い、殺すか捕まえるかさせる。当然、リーンが偽物であることは分かる。だから自分が捕らえられたか死んだか、いずれにせよ異常があったことを伝えられるというところか。
「分かった……ともかく、その場所を教えろ。シスイ、地図を」
シスイはアキトの声に頷くと、吸血鬼に地図を見せる。それから吸血鬼に、仲間の場所を指ささせた。
この場所に吸血鬼の仲間がいる可能性は高い……だが、もう少し鎌をかけたいところだな。
アキトはシスイから受け取った地図を見ながら言う。
「ここか。シスイ。今動かせる兵は、どれぐらいだ?」
その言葉に、シスイは一瞬不思議そうな顔をした。
しかしシスイはリーンを見てリーンではなく、自分に訊ねたということに気が付いた。正直に答える。
「百名ほど、でござる」
「そうか。おい。ここにはお前の仲間はどれぐらいいる?」
その問いに、吸血鬼はしばらく沈黙する。だがやがて、こう答えた。
「じゅ、十人ぐらいだな」
「なるほど。では、五十もいれば事足りるな」
アキトがそう言い放つと、吸血鬼は少し焦るように聞き返す。
「ま、まさかその拠点を攻めるつもりか?」
「相手が十人なら、五十人で十分勝てるだろうからな」
「ま、待て……嘘を吐いた! 仲間は千人いる! やめておいたほうがいい!」
必死の形相で訴える吸血鬼。
「その焦りよう……敵はやはり五十人以下、というところか」
「ち、違う!! 仲間は千人いる!! 十人というのは嘘だ!!」
「もういい。シスイ、檻を閉めろ。皆、行くぞ」
そう言ってアキトは詰所の牢獄を後にした。牢獄を出ても、さっきのは嘘だという吸血鬼の叫びが響く。
シスイは首を傾げながら訊ねる。
「つまり……本当に十人ということでござるか?」
それを聞いたリーンはこう答えた。
「いえ、十人ではないでしょう。アキト様がシスイ様に兵の数を聞き、その後吸血鬼に人数を聞いた時点で、あの吸血鬼は拠点を攻めるつもりだと判断したはずです」
アキトは頷いて答える。
「こっちの手勢は百と知っている。攻めさせたくないなら、最初から百以上の数を口にすればいい」
シスイはようやく合点がいったようだ。
「つまり、五十から百の手勢でも攻められると信じさせるため嘘を吐いた……拠点の戦力は少ないと思わせたかったわけでござるな」
「そういうことだ。全部、芝居だ。五十でも、百でも拠点に送ればいいと考えてな」
リーンは少し不安そうに言う。
「結構な戦力がいることは分かりました。ですが……そこに行けば、実際に人間百名以上の戦力が控えているわけですよね?」
「ああ。不思議でもない。一万以上のアンデッドが確認されているんだ。数百のアンデッドがいると見ていい」
「情報を得られたのはいいですが、一筋縄ではいきそうもないですね」
「そう、だな。だが、リーン。敵の特徴を思い出してくれ」
「……あ! そうでしたね。アンデッドを操る者、つまり吸血鬼を倒せばいいと」
「そういうことだ。吸血鬼自体は、そこまで多くないだろう」
それを聞いたシスイは拳を作って言う。
「某の弓で見事射抜いてやりましょう!」
「シスイ様とアカネ様がいれば、問題ございませんね!」
そう答えるリーンにアキトも頷く。
「加えて、俺の言う手勢百は、俺の師駒百名のことだ。皆が、第十七軍団の精鋭たち。戦闘面では何も不安はない。ただ」
「ただ?」
リーンが訊ねると、アキトは街の外のほうへ顔を向ける。
「アンデッドの中には、最近アンデッドになった者もいる。スケルトンだけでなく、生前の姿に近い者もいる。どうにも気持ちがな」
シスイも神妙な面持ちで頷いた。
「確かに、遺骨が相手でもなんだか罰当たりな気がするでござるからな」
「ああ。とはいえ、そうも言ってられない。それに吸血鬼を倒していけば、アンデッドとの戦闘は最小限で済む」
「某と師駒一同、尽力いたします! とはいえ、一つ気になったのですが、彼らを戻す手立てはないのでござろうか?」
「ネクロマンスの術が切れているのと、アンデッドになって間もないという条件が揃えば、治す薬はある。しかし、とても高価な上に希少だ……この西岸地域ではまず手に入らない」
「そう、でござるか。あ、いや、フィンデリア殿のあの癒しの術ならどうなのかなと思いましてな」
「フィンデリア……確かに、あの術なら」
可能かもしれない──
リーンが言う。
「私が呼んでまいりましょう」
「そうだな……だが、フィンデリアの力があれば、多くの人を救うことができるかもしれない」
アキトは頷いて言う。
「リーン、アルスへと飛んでくれ。ただし、セプティムスが無理と判断した場合は、フィンデリアを連れていくのは諦めてくれ。俺はこの後、エルハーゲンへと向かう。そこで落ち合おう」
「承知しました! それでは」
リーンはすぐさま鳥の姿となり、詰所の外へ飛んでいく。
「シスイ。今言ったように、俺たちは一度エルハーゲンに帰還する。拠点の周囲についてマシアスから情報を得たい。他の街の墓地についても知りたいからな」
「承知いたした!」
そうしてアキトたちはエルハーゲンへ、リーンはアルスへと向かうのだった。




