32話 軍師、巡察を終える
ノルトアルス訪問を終えたアキトたち。
アキトはスーレと共に、領内西部の町を巡っていた。
やはりというべきか、西部の町は特に差し迫った脅威はなかった。アキトは、アルスや周辺との連絡体制の確立と兵士の訓練などの合意を取り交わすことに成功する。
吸血鬼や蝙蝠の魔物については、西部の町で情報を得ることはできなかった。
そうして最後の町の訪問も終わり、今はアルスへ続く街道を歩いていた。
スーレたちの先頭を歩くシスイが気分の良さそうな顔で言う。
「いやあ。どこもスーレ様を歓迎する声が溢れていたでござるな」
「ふふ、鼻が高いですね。よき主君を持つと」
アカネも上機嫌な顔で答えた。
二人が言うように、西部の町の者たちはスーレたちを歓迎してくれた。
これはアキトにとっても意外だった。
ノルトアルスやヴォルドほどではないにしても、嫌な顔をするものは皆無だったのだ。
先代までの統治のおかげ──アキトはそう考えたが、実態は違った。
アキトが以前フェンデル村を救ったことが、周囲の町や村にも広まっていたのだ。
大公が新たな軍師を迎えた。そしてその軍師がさっそく、領内の魔物を倒した、と。
つまりアキトたちへの評価が、スーレへの評価につながったのだ。
スーレもそれを分かっている。だからか、アキトにこう告げた。
「全部、アキトのおかげだよ。アキトって、やっぱりすごいんだね」
感心するような顔のスーレに、アキトは照れを隠せない。
「俺は……ただ、師駒の力を借りているだけだ。シスイやアカネ、他の皆がいなければここまで来れなかった」
その場しのぎの言葉ではない。アキトは良い師駒たちに巡り合えたことに感謝していた。自分は本来、無力だとも認識していた。
「今回、色々と街を巡っただけどまだまだ問題は山積だ。もっと頑張らないと」
しかし、アキトがそう感じるように、スーレもまた今回の巡察で自分の無力さを感じていた。
スーレは暗そうな顔を見せて続ける。
「アルシュタットよりは皆、元気に暮らしていた。でも、やっぱり大変そう。確かに、問題はいっぱいだね」
「それをなんとかしていく……スーレと俺たちが」
「私なんかに、できるかな……」
スーレにしては珍しく消極的。
アキトはそんなスーレを励まそうとするも、いい言葉が見つからない。
アキトはこう答える。
「大丈夫だ。スーレには俺たちがいる。それに、スーレも師杖を手に入れたんだ。新たな仲間を得られるかもしれない。エリオさんも、爺や大司教、それにコルベスのような仲間がいた」
スーレはその声に、自分が手にしている翼の飾りが付いた師杖に目を向ける。
「お爺ちゃんも……」
「ああ。エリオさんだって辛いことはいっぱいあったはずだ……でも爺たちがいたから頑張れた。俺たちも力を合わせて頑張ろう」
「……うん!」
スーレがいつものように元気よく答えるのを見て、アキトは安心する。
機会があれば、スーレに師駒石をあげよう……うん?
アキトは、シスイが足を止めることに気が付く。
「どうした、シスイ?」
「いや……ああ、これは仲間の足音でござるな。おーい!」
シスイが手を振り叫ぶと、やがて道の先から走ってくる人間の兵士に気が付く。アルスの伝令だ。
伝令はアキトたちの前で膝を突くと、息を整えながら報告する。
「スーレ様、アキト様! 大変です!!」
「どうした?」
「南魔王軍の使者を名乗る者が、アルシュタットの岸辺に待機していた漁師にスーレ様に手紙と宝石があしらわれた箱を渡してきまして!」
シスイが少し不安そうに言う。
「罠かもしれぬな……なぜ受け取ってしまったのか」
「いや、そこらへんの対応を伝えてなかった俺の責任だ……だが、セプティムスなら適切に扱ってくれているだろう。箱はどこに?」
「一ノ島ではなく、二ノ島に置かれているようです」
人の暮らしていない島で保管。さすがの対応だと、アキトは内心でセプティムスを褒める。
「分かった……箱も気になるが、まずは手紙を見てみよう。皆、急ぐぞ」
そうしてアキトたちは、急ぎアルスへ帰還するのだった。




