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25話 軍師、取引する

 ゴブリンが逃げ込んだ森は、ヴォルドから歩きで数時間という場所だった。リーンが丸一日帰ってこなかったのは、彼が確実な情報を得ようとしたためだ。


 ともかく、森はヴォルドから近かった。


 アキトはヴォルドの町長に蝙蝠の魔物の居場所が近くにあるかもしれないと伝え、一旦師駒のヴォルフを捜索に同行させることにした。


 森に入るヴォルフは、早速鼻を動かし捜索を始める。


 アキトは事前にヴォルフへ、ゴブリンがヴォルドの町で使っていた装身具を手渡しておいた。それに付いた匂いを頼りに逃げたゴブリンの後を追わせるためだ。


「ふむ。ほぼまっすぐに進んでござるな」


 シスイの言うとおり、ヴォルフは迷うことなく先へと進んでいく。それもまっすぐと。


 アカネも頷いて答える。


「ヴォルフ様の鼻もよろしいのでしょうが、あのゴブリンもまっすぐとどこかへ向かったというわけですね」

「そうだな。つまりは、ゴブリンには明確な目的の場所があるということだ。だが」


 アキトは一つ気がかりなことがあった。


 それはリーンが一日以上森の上空を飛行していたのに、蝙蝠の魔物の姿を全く見なかったことだ。


 伝令や偵察なら、もっと頻繁に行き来するだろう。ゴブリンがヴォルドが奪還されたことを伝えていれば、すぐにでもどこかへ報告に行くはず。


 ……ゴブリンが逃げ込んだのは、蝙蝠の魔物の巣ではないかもしれないな。


 それでも逃げた先がどこなのか確認しなければ、ヴォルドは万全とは言えない。


 森に入って一時間。ヴォルフはついに足を止める。


 そして無言でアキトに顔を向けると、すぐに鼻の先をある方向へ向けた。


 向こうか……


 アキトは皆と頷き合うと、その方向へ息を殺して忍び寄る。


 するとやがて、アキトたちの視界にある光景が飛び込んできた。


 あれは……他のゴブリン?


 解放したゴブリンは、別の二体のゴブリンと一緒にいた。


 しかしその二体のうち一体は随分と小柄だ。もう一体のゴブリンは、その小柄なゴブリンを抱き抱えていた。


 まさか……あのゴブリンの子供か? このような場所に家族を隠していたとは。あるいはこの地域に来て、家族ができたのか。


 アキトが困惑する中、シスイが小声で尋ねる。


「どういたしますか? お命じくだされば某とシスイが」


 敵に情けは無用。

 アキトにもそれは分かっている。あの子供が、将来アルスに危害を及ぼすかもしれない。


 だが、無用な殺生は避けるべき。

 アキトは、あることを思いつく。


「皆、手出しはするな。リーン。ついてきてくれるか?」

「承知しました」


 リーンを伴いアキトはゴブリンたちに姿を現した。


 当然、ゴブリンたちは驚く。解放されたゴブリンは近くに落ちていた枝を手にすると、他の二体を守るようにアキトたちの前に立ちはだかる。そして振り返って逃げるように促した。


 しかしアキトは両手を上げて言う。


「待て。戦いに来たんじゃない」


 その言葉をリーンが訳してゴブリンに伝える。


 もちろんゴブリンは戦闘体制を緩めない。


「正直に言おう。俺たちはお前を尾けていた。蝙蝠の魔物の場所を探すために」


 アキトの言葉を訳すリーン。


 ゴブリンはそれを黙って聞いていた。


「だが、お前は蝙蝠の場所に帰らなかった。しかし、俺たちは蝙蝠の魔物の場所の所在を知りたい」


 アキトの言葉を訳し終えると、リーンはゴブリンの声を訳す。


「つまり、場所を教えろと? と、言っております」

「ああ。交渉だ。俺はお前たちを、南へと安全に退避させる。その代わり、お前は蝙蝠の魔物の場所を教える」


 アキトの提案を聞いたゴブリンは、しばらく沈黙する。


 そもそも蝙蝠の魔物の場所は知らないかもしれない。あるいは所在を知っていたとして、仲間を裏切る行為をしたくはないだろう。


 普通であれば受け入れ難い行為であることはアキトにも分かっていた。


 しばらくすると、ゴブリンはこう答える。


「そもそも、お前たちが約束を守る保証はどこにある? 情報を得てさっさと殺すつもりだろう……と言っています」

「保証はない。だが、信じてほしい」


 ゴブリンはアキトの言葉をリーンから聞くと、おかしくなったのか笑い出す。それからすぐに、首を横に振った。


 信じられるわけがない。リーンが訳さずとも、アキトには理解できた。


 しかし、ゴブリンも自分が絶対絶命の状況であることは理解している。だからか、彼はこう提案してきた。


「俺たちをまず、森から出させろ。そうしたら、奴らの居場所が分かるものを渡してやる」


 ゴブリンはそう言うと、身につけていたボロ布から一つの牙のようなものを取り出す。そしてそれをヴォルフへと見せつけた。


 一方のヴォルフはそれを見て、体をぴくりと動かした。


 リーンはヴォルフの言葉を訳す。


「濃い血の匂い……血を吸う魔物の匂い、と申しています」


 ゴブリンはヴォルフであれば牙の有用性が分かると、取り出したのだ。


 その牙があれば、蝙蝠の魔物の場所まで辿り着ける、ということだな。


 当然、確証はない。そもそも大体の場所も分からないのだから。


 だが、アキトはこれ以上ゴブリンを問い詰めるつもりはなかった。


 遠い未来のことを考えてのことだ。アルシュタートの人間は魔物を拷問をしない……その話が南魔王軍に広がれば、降伏しても大丈夫と思う者も出るかもしれない。


 アキトはゴブリンの提案に乗ることにした。


 リーンから提案受諾を受けたゴブリンたちは、アキトたちが追ってこないことを確認しながら森をゆっくり出て行った。


 約束通り、牙を残して。

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