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第8話 元婚約者

「やあ、久しぶりだね」


ライズが伯爵位を賜り。

その式典を終え、サロンで貴族の御婦人方と歓談をしていると、背後から男性に声を掛けられる。

振り返るとそこには――


「お久しぶりです。ハイアット・ベルマン様」


元婚約者の姿があった。

式典に来ていたのは知っていたが、婦人同士の歓談の場に空気も読まず乗り込んでくるとは……

しかも破談の際、顔も見せなかった相手に平然と声を掛けられるその神経が信じられない。


まあ彼のおかれている窮状を考えれば、それも仕方のない事なのかもしれないが。


「ははは、そんな他人行儀な呼び方をしなくてもいいじゃないか。君と僕の間柄だろ?昔の様にハリーって呼んでくれて――」


「何か御用ですか?ハイアット様?」


まあ内容は聞かなくともわかる。

お金の工面だろう。


「ああ、いや。ここで話は何だし、どこか落ち着いた場所で二人で昔話でもどうだい」


体裁の悪い話だから周りに聞かれたくないのは分かるが、彼ってここ迄馬鹿だったかしら?

元婚約者の人妻と二人っきりで等と、周りに要らぬ誤解を招くだけだ。

少し考えればわかる事だろうに。


政略による婚約であったため、そこまで彼の人となりを深く知っていた訳ではない。

だが婚約していた頃はもう少し真面だった気がするのだが……まあそれだけ追い詰められているという事なのだろう。


この際、形振り構わず私を口説いて、お金を引っ張りだす腹積もりなのかもしれない。

勿論、そんなふざけた考えに付き合う積もりなど更々ないけど。


「御冗談を、お話ならここで」


私はにっこりと笑顔で返す。


「いや……その……あれだ……込み入った話で……出来れば……」


私の返事に、彼は面食らったようにしどろもどろになってしまう。


まさか私がすんなり承諾するとでも、本気で思っていたのだろうか?

そう考えると、なんだか腹が立ってきた。

どれだけ私の事を馬鹿にしているのよ、この男は。


「あらあら、楽しそうね」


突然横から声を掛けられた。

その姿を見て、その場の人間は全て椅子やソファから立ち上がる。


「おおおお、王妃様!?」


ハイアットが裏声を上げる。


「あらあら、おどろかしてしまったわね。皆さんも、そう畏まらず座ってくださいな」


そう鷹揚に告げられ、皆椅子に腰かけた。

王妃様に座れと言われて立っているのもあれなので、私も席に着く。


「わ、私は用事がありますので、これにて失礼します!」


だが只一人。

ハイアットだけは、お辞儀をして慌ててその場を去って行く。


「あらあら、見事な逃げ足ねぇ」


王妃の言葉に皆がくすくすと笑う。

彼は御禁制の品に私欲で勝手に手を出し、国に損害を齎したという事で王家から睨まれていた。

その為、この場から逃げ出したのだ


「逃げ切れるといいけど」


王妃様が意地悪っぽく笑う。

普通に考えれば彼のやった事は縛り首ものだが、侯爵家の人間というのもあってそれは免れていた。

但し、損害を丸々賠償するという前提の下ではあるが。


ベルマン侯爵家なら容易くとまではいかなくとも、支払う事自体は難しい額ではないだろう。

だが家名に傷をつけ、更には資産を目減りさせたとなれば、いくら長男と言えども家督を継ぐのは厳しくなる。

それを避ける為に、彼は金策に奔走しているのだ。


「此処だけの話、もう次男が跡を継ぐ事になってるのよねぇ。あ、此処だけの話にしておいてね」


王妃様は此方を見てウィンクしてくる。

まあ普通に考えたらそうよね。


高位貴族の夫人に手を出して。

それの示談金の為に御禁制の品に手を出して。

挙句国にダメージを与え、王家から睨まれたバカ息子に家を継がせる馬鹿など、いはしないだろう。


まあハイアット自身は、損害賠償さえ何とか出来れば家を継げるとまだ思っている様だけど……


「あれと結婚せずに済んでラッキーだったわね」


「ええ、本当に」


心から本当にそう思う。


「所で、例のあれの件だけど。もう少し何とかならないかしら?」


アレとは、ライズの作る美容薬の事だ。

私が以前飲まされていた激マズ薬の改良品で、美容効果がやばいと言う事で、今や貴族の御婦人方相手に売れに売れまくっていた。


只、作れるのは転生チート能力を持つライズだけ。

なので生産が全然間に合わず、現在は絶賛品薄状態となっている。


王妃様が態々ここ迄足を運ばれたのは、きっとそれを私に頼む為だろう。


「主人に伝えておきます」


只まあ約束は出来ないので、社交辞令的に返事を返しておく。


「本当!お願いよ!約束ね!」


そう言うと、王妃は私の手を取りにこにこと笑う。

どうやら彼女には社交辞令は通用しない様である。


「お待たせ」


「ライズ!?」


背後からの声に振り返ると、ライズが背後に立っていた。


「あら、本人の御登場ね。丁度いいわ」


「王妃様に置かれましては、御機嫌麗しく」


「そんな事はどうでもいいのよ!今アリスちゃんにお願いしてたとこなんだけど!」


「美容薬の事ですね。生産の目途がある程度立ちましたので、直ぐにでも皆様の手元へお届けできると思います」


「え!本当ですか!」


御婦人方が目の色を変えて、食いついて来る。

元々彼女達もその事をさり気無く頼みに集まって来ていた訳だが、生産の目途が立ったと聞いて色めき立つ。

もうこうなると、王妃様の前だろうと止まらない。

我先にと注文しようと彼女達はライズに群がり出した。


「ははは。そう慌てられなくとも十分な数は用意させていただきますので、御入用の際は商会の方をお尋ねください」


ライズに御婦人方が群がる姿を見ると、ちょっと腹が立つ。

私って実はヤキモチ焼きなのかも?


その後、何とかその場を収めて私達は帰途に就いた。

帰りの馬車の中、ライズが私の手を握って来る。


「ヤキモチやいた?」


「う……」


バレていた様だ。

どうも私は顔に直ぐ出る質らしい。


「嬉しいよ」


そう言うと彼は私を抱き寄せ、そっと口付けする。


「ライズ、貴方って本当に凄いわ」


どん底にあった私を救い出し、たった二年で伯爵位まで手に入れている。

それは心の底からの言葉だった。


「アリス、僕はまだまだこんなもんじゃないよ。君の夫は世界一素晴らしい男だって事、それを僕の側で見届けてくれ」


「ええ。愛してるわ、ライズ」


「僕もだよ。アリス」


今度は私から彼へと口付けする。


大好き。

私の王子様。

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