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第7話 不義

「伯爵夫人だと……糞が……」


いらつきから、汚い言葉が口を吐く。

(ゴミ)は物好きな男爵家の三男坊に売りつけた。

貴族の家系とはいえ、爵位を継げぬ男の妻だ。

しかも自身は二目と見れぬ姿に、歩く事すらままならない状態。


きっと生き地獄をだろうと、ほくそ笑んでいたというのに。


何がどうしてか、三男が爵位を継いで男爵夫人の座に納まり。

その男爵はあろう事か、今度伯爵位を受けると来た。

しかも娘の火傷は嫁ぎ先で生産されている美容品――現在王都で大人気――のお陰で、火傷の跡はほとんど消え、さらに自身の足で歩いているとまで言うではないか。


「ふざけるな!」


再び荒い言葉が口を吐く。

執務机に強く拳を叩きつけたためか、手が痛くてしょうがない。

それが一層私を腹立たせる。


どうしてこうなった?

あいつは地獄の様な、みじめな一生を終える筈だった。

それがどうして……


怒りに歯を食いしばり。

ギリッと奥歯が軋む音が響く。


その時、扉がノックされる。

私が「入れ」と返すと、扉が開き、息子――ゴルド・クレインが姿を現した。

彼は一礼すると執務室に入り、開口一番不快な名前を口にする。


「父上はお聞きになられましたか?アリスの嫁ぎ先が昇格――」


「知っている」


息子の言葉を遮り、不機嫌を隠さず答える。


「そ、そうですか。それで、どうしましょう?」


娘婿が昇格するのだ。

それも大幅に。

それに対しての祝いをどうするのかと、息子は私に聞いて来る。


正直祝いの品など送りたくはないが、流石に無視するのは不味い。

今やボロワール男爵家――いや、伯爵家か―は王妃の覚えもめでたく、此度の働きに国王から伯爵位を受けているのだ。

生家である侯爵家から祝いの一つも無ければ、周りに勘繰られかねない。


「お前に全て任せる」


私は息子に丸投げする。

私個人はその事に関わるつもりはない。


「御父上は、アリスに会われないのですか?」


嫁いで以来、あの女とは一度も顔を合わせてはいない。

醜く惨めな姿を拝みに行ってやっても良かったが、泣きつかれでもしたらうっとしいと思い、近づかないようにしていたのだ。


くそがっ……


何が伯爵夫人だ。

思い出したらまた腹が立ってきた。


「嫁いだ以上、あれはもう侯爵家の令嬢ではない」


そう言って、1年前の結婚式にも私は顔を出していない。

今回も同じ理由を付ける。


「それに私は忙しい」


あの女の話など、これ以上したくもない。

私は息子に部屋から出て行く様告げる。


「くそ……こんな事なら、あの時きちんと殺しておけば……」


息子が部屋を出て行き、一人になった所で独り言ちる。


あれは不義の娘だ。


私は妻を15年前に亡くしている。

彼女を愛していた私は、いつまでもその形見を処分する事が出来ずにいた。

だが娘が16になり、ベルマン侯爵家の子息との婚約が決まった所で、人生に区切りをつける意味も込めて妻の遺品を処分する事にしたのだ。


その際、彼女が大事にしていた絵の一つを処分しようとしたところ、その額縁から数通の手紙が出て来た。

内容が気になった私はそれに目を通し、絶望する。


手紙は妻が私の目を盗み、その絵を描いた画家と通じていた記録だった。

そしてその手紙の最後には、我が娘アリスの事を頼むと記されていたのだ。


そう、アリスは不義の末、出来た子なのだ。

あの女には、私の血など一滴も流れてはいなかった。


あの時、真実を知った私は怒りと絶望ではらわたが煮えくり返り、気が狂ってしまいそうだった。

復讐しようにも、不義を働いた妻はもう15年も前に亡くなっていて、手の出しようがない。

だから私は相手の画家を殺し、そいつとの間に出来たアリス(ゴミ)に制裁を加えたのだ。


屋敷に火を放ち。

最初は殺すつもりだった。


だが焼けただれた姿に、動けぬ足を見て考えが変わった。

殺すより、生かした方が苦しめる事が出来るのではないかと考えたのだ。

だからアリスに支度金代わりにメイドを付け、娘の自殺を絶対阻止するよう厳命しておいた。


「あいつは!苦しんで苦しんで!絶望して生きていく筈だったんだ!」


イラつきとストレスから私は吠える。

誰も聞いてはいないだろうし、仮に聞かれても大して問題はない。

叫んだだけでは収まらず、私は机を脚の裏で蹴り飛ばした。


「くそ……不義の!穢れた娘の癖に!」


「成程。それが理由だったわけですか?」


誰もいない筈の部屋に、突如男の声が響く。

驚いて振り返ると、そこには赤毛の男が立っていた。

体格はがっしりしており、無表情に此方を睨んでいる。


手に武器は握られてはいないが、暗殺者の類に違いない。

私は机の上に置いてあるベルを引っ掴み、それを鳴らす。

これは有事の際、外に合図を送る為の物だ。


小さなベルではあるが、特殊な加工を施されている為驚くほど大きな音が鳴り響……え?


「馬鹿な!」


私はもう一度ベルを振るう。

だがやはり音がならない。

どうなっているんだ?


私はベルを男に投げつけ、その隙に扉へと走った。

だが――


「なんだ!開かないぞ!?」


ノブを回すが、扉はピクリとも動かない。

まるで只の壁に、ノブだけ取り付けられている様な感覚だ。

焦りつつも私は扉を力いっぱい叩き、大声を張り上げる。


だが誰もやって来ない。

これだけ派手に騒げば、家の者が必ず駆けつける筈だ。

なのに――


「無駄ですよ。この部屋は魔法で封印していますから」


「魔法?封印?」


なにを言っているのだ、この男は……


「ん?お前は!?」


その時気付く。

その男の顔に、見覚えがある事に。

そう、一度だけあった事がある。

この男は――


「お前はアリスの!」


「お久しぶりです。ガーマン・クレイン卿」


そう、この男はアリスを引き取った男。

ライズ・ボロワールだ。

あの女の夫が何故ここに?


「貴様!一体何のつもりだ!」


「貴方を殺しに来ました」


「なんだと!?」


笑顔でサラリと、とんでもない事をライズ・ボロワールは口にする。

侯爵である私を、伯爵風情が殺すだと?

正気か、こいつ?


「の、つもりだったんですが……」


男は大きく溜息を吐くと、続きを口にする。


「残念な事に、アリスは貴方の実の娘です。今、魔法でDNAを確認しました」


「戯言を!あれは私の子ではない!」


だから始末しようとしたのだ。

我が子だったら、あんな真似は絶対にしない。


「いいえ、間違いなく貴方の子ですよ。まあ信じる信じないは、貴方の自由ですが」


そう言うと、ライズは此方へと掌を剥ける。

相変わらずその手に武器はない。


「実の親子の様なので、殺しはしません。が……彼女を苦しめた罰は受けて貰います」


奴の掌が青く輝く。

何が起こっているのか、私にはまるで分らなかった。


その光は――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お久しぶりです!お兄様!」


「おお、アリス!元気にしていたか!ライズ殿もよく来て下さった」


「お久しぶりです」


2年ぶりの生家。

正確には一度焼け落ちて立て直しているので正確には違うのだが、まあここが実家である事に変わりはない。


「すまなかったな。お前が大変な時に何もしてやれなくて」


「それはもう、1年以上前に謝ってくれたじゃないですか」


「いや、それはそうなんだが」


兄と会うのは1年前の婚礼以来だ。

父に強く止められていた為、兄は私に何もできなかった事を未だに謝って来る。


「それよりも、お父様の容体は?」


「ああ。体の方は大丈夫なんだが、頭の方が……な」


お父様は心労から倒れ、その際頭を強く打ったらしく……脳を損傷して呆け老人の様になってしまっているらしい。

私はその知らせを聞いて、夫と共に王都へと駆け付けたのだ。


「僕は席をはずそうか?」


父の部屋の前で、ライズが聞いて来る。


「ううん、一緒に……」


1人で受け止めるには重すぎる。

彼に傍に居て欲しい。

そう思い、同行をお願いした。


1度軽く深呼吸をし、扉をノックする。

「どうぞ」と侍女からの返事が返って来たので、私は部屋へと入った。


「お父様」


「お久しぶりです。クレイン卿」


父に声を掛ける。

暫く合わないうちに、父は驚く程老けていた。

まだ50代だと言うのに、その姿は完全に老人の様だ。


私達を見て、父は不思議そうに首を捻った。


「おやー、綺麗なお嬢さんだねぇ。お菓子を食べるかい?」


そう言うと、父がお菓子を手渡してくる。

どうやら私の事が、誰だか分からない様だ。


「もうじき花が咲くんだよ。そしたら私もねぇ……」


そう言って、何もない壁をニコニコしながら眺めて嬉しそうに父が話し出す。


「お父様……」


正直……父の事を恨んだ事もある。


何故死なせてくれないのか。

何故何もできない私を、家から追い出すのか。

そう父を恨んだものだ。


だが今は感謝さえしている。

父が私と(ライズ)を引き合わせてくれたのだから。

だから、もう恨んではいない。


「猫ちゃんも食べるかい?」


お菓子を手に取り、父が何もない空間にそれを突き出す。

そんな父の姿を見ていたら、なんだか無性に悲しくなってきて――


「おやおや……お嬢ちゃん、泣いちゃだめだよ」


ライズを見るが、彼は黙って首を横に振る。

彼の魔法や錬金術を持ってしても、今の父の状況はどうにもできない様だ


「人生笑って過ごさなきゃ」


「はい……はい……」


変わり果てた父の姿に、只々泣く事しかできなかった。

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