第3話 出会い
「綺麗……」
ボロワール男爵邸は、街の外れ――郊外に建てられていており、その背後にはなだらかな丘が広がっている。
私はライズに案内され、そこに連れてきてもらっていた。
目の前には赤い花が咲き誇り、それが斜面一帯を覆い尽くしている。
花自体は何処にでもあるありふれたものだとは思うが、兎に角スケールが凄いのだ。
視界いっぱいに広がるその光景に、私は思わず言葉を漏らす。
「ははは、凄いだろ?君が来たら、是非見て貰おうと思っていたんだ」
「ありがとう」
ささくれ立った私の心が穏やかになって行くのが分かる。
本当に圧巻の光景だ。
私は素直に、感謝の言葉をライズへと送る。
「ねえ、アリス。初めて会った時の事を覚えているかい? 」
唐突な質問に、私は首を捻る。
彼とは昨日初めて会ったばかりなのだから。
「ははは。その様子じゃ、やっぱり覚えていないか」
ライズは楽しげに笑う。
その言いぶりだと、以前どこかで会っているのだろうけど……
「ごめんなさい……」
残念なが、思い出せそうにない。
どう頑張っても、彼とは屋敷の前が初対面にしか思えなかった。
「謝らなくていいよ、小さな時の事だし。僕、昔はヒョロヒョロのメガネっ子だったしね」
ちょっと驚いた。
ライズは背が高い。
体格も、ムキムキとまではいかないまでも、どちらかと言えばしっかりしている方だ。
そんな今の彼からは、子供時代のひ弱な少年の姿は思い浮かばない。
「僕は子供の頃、一度家出した事があってね。その時に君と出会ったのさ。そう、あれは10年前の事だ」
ライズは19歳で私は18歳。
10年前となると、9歳と8歳の頃に出会っている事になる。
だがそう言われても、やはりぴんと来なかった。
見ると、彼は懐かしそうに眼を細めている。
私と彼の間に、何があったのだろうか?
「君は転生を信じるかい?」
ライズは唐突に話題を変える。
「ええ。確か……前世の記憶を引き継ぐと言う、輪廻転生的な思想よね?」
「僕はその転生者なんだ」
転生者。
そう言えば、以前前世の記憶を持っていた少年と出会った事があった。
確か子供の頃に……
「あっ!」
思わず声を上げる。
確か、その少年は赤毛で眼鏡をかけていた。
そしてライズの髪は燃える様な赤だ。
「もしかして、あの時の子が……」
「思い出してくれたかい?」
子供の頃、私は一時期親戚の家に預けられていた事があった。
その時、森で出会ったのが赤毛の少年だ。
「頭の中に、知らない記憶が沸いてきて怖いって言ってた……」
子供の頃その話を聞いて、最初は何を馬鹿なと思った。
けど少年の余りに真剣な剣幕に、私は彼の事を子供ながらに励ました事を思い出す。
「うん、ちょうどその頃前世の記憶が覚醒してね。日々増える、覚えのない記憶が怖くて仕方なかったんだ。でも、家族は誰も僕の話を信じてくれなくってね」
それは仕方のない事だろう。
小さな子供が前世だ何だと訴えても、きっと周りは夢でも見たと流してしまうはず。
当時子供だった私ですら、初めはそう思っていたのだから。
「あの時、怯える僕に君はなんて言ったか覚えてる」
「えっと……確か、男ならドーンと構えて全て飲み干しなさい……だった様な」
我ながら、酷い内容の励まし方だ。
だが子供時代の未熟だった私には、それが精一杯だったのだ。
「それだけ?」
ライズが楽し気に、私の顔を除く。
それを見るに、どうやら他にも何か言っている様だ。
当時の私は。
けど、流石に10年も前の記憶である。
詳細なところまでは、思い出せそうになかった。
「ここからが重要なんだけどな」
重要?
私はいったい、彼になんて言ったのかしら?
「自分が化け物かもしれないって怯える僕に、君はこういってくれたんだよ。例え化け物でも、全てを飲み込む度量を見せたら……その時は自分の婿に迎えてやるって。だから、頑張って乗り越えて見せろって」
「えぇ!?」
そんな事口にしたかしら?
全く覚えていないわ。
「まあ落ち込む僕を励ます為だけに言った、子供のいい加減な口約束だったとは思う。でも、そのお陰で僕は頑張る事が出来たんだ」
化け物でも婿にする……か。
今や化け物は私で、そんな私を彼は引き取ってくれた。
ライズにとって、きっとこの結婚は私への恩返しのつもりなのだろう。
居場所のない私を引き受けてくれたのは有難い。
有難いが……
「恩返しだからって、私みたいな女と無理に結婚しなくても――」
急に唇に軽く指を押し付けられ、言葉を遮られる。
見ると、彼は少し怒った様な表情で私を見つめていた。
「君がベルマン家の子息と婚約したと聞いた時、僕がどんな気持ちだったかわかるかい?子供の頃の言葉を鵜呑みにする気はなかったけど、それでも僕はあの時の君の言葉を支えに頑張ってこれたんだ」
「ライズ……」
「だから、君には悪いけど破棄されたと知らせを聞いた時は小躍りしてしまったよ。これでまだ、僕にチャンスがあるってね」
そんな風に思っていてくれたのは、凄くうれしい。
だが今の私は醜く、自分で歩く事とすらままならない。
さぞや落胆した事だろう。
「このチャンスは正に天命だって。だからありとあらゆる手段を使って、僕は君を手に入れた。まだ式は挙げてはいないけど、君は僕の妻だ」
ロイズは熱にうなされたような、情熱的な瞳で私を見つめてくる。
そこまで言って貰えるのは、女冥利に尽きるわ。
でも……
「こんな姿でも……本当にいいの?貴方はいずれ後悔する事になるわ」
今のライズは子供の頃からの思いが強すぎて、自分に酔いしれているだけだ。
何れ正気に戻った時、彼はきっと後悔する事になるだろう。
式を挙げていない今ならまだ、私を返却する事も出来る筈である。
「例え君の姿がどんなものであろうと、僕の気持ちは変わらないよ。それに、君の姿は元に戻る。その足だってそうさ」
「え?」
ライズの言葉に、私は思わず目を丸くする。
彼は本気で言っているのだろうか?
私の火傷跡はかなり酷く、一生消える事は無い物だ。
足だってそう。
膝と股関節がやられてしまっていて、王都の高名な医者すら匙を投げた状態にある。
とても何とかなる様な状況では無かった。
彼は私を元気づける為に、そんな事を言っているのかもしれないが……
そんな希望の無い嘘は、私にとって辛いだけだ。
「信じていないみたいだね。でも言ったよね?僕は転生者だって。その証拠を見せてあげるよ」
そう言うと彼は目を閉じ、何かを口ずさみ始める。
その内容は私にはよくわからない。
「えっ!?」
彼が言葉を止め、その眼を開いたと同時に彼の右腕が青く輝いた。
ライズがその手を振ると――
「うそっ……」
丘の斜面に広がる赤い花が、彼の足元から流れる様に青色へと変わって行く。
いつしか私の視界は、空と花によって青一色に染め上げられる。
「転生チート。分かりやすく言葉にするなら、魔法って奴さ」
「魔法……」
目の前に広がる奇跡に、私は言葉が出ず。
只々、目の前の非現実的な光景に心奪われる。
「これで、少しは信じてくれる気になったかい? 」
そう言うと、彼は誇らしげに微笑んだ。
こうして私と、転生者であるライズとの物語が始まった。
それは全てを失った私に起きた、奇跡と魔法の恋物語。