第2話 ボロワール男爵家
「やあ、ボロワール男爵家へようこそ!僕はライズ・ボロワール。君の婚約者さ」
車椅子に押されてやって来た私を、若い男性が笑顔で出迎えてくれた。
この人が私の婚約者……
――その笑顔をみて、最初に感じたのは哀れみの感情だ。
自分で歩く事すらできない。
化け物の様な見た目の私を、お金の為に親から押し付けられた可哀そうな男爵家の3男坊。
それが彼――ライズ・ボロワールだった。
「はじめ……まして……」
彼の差し出した手を、私は躊躇いがちに握り返す。
これからお世話になるのだ。
最低限のマナーは保たなければ。
死ぬ事はもう諦めた。
私の車椅子を押すメイドは、私の家に仕える優秀な女性だ。
侯爵家としては、娘が自殺する様な風聞は避けたいのだろう。
だからこれから死ぬまで、家から送られてくる人間が私の身の回りの世話をする事になっていた。
要は、見張りである。
「さあ、どうぞ」
彼の屋敷に案内される。
実家の屋敷に比べれば、かなりこじんまりとした建物だ。
だが作りは意外としっかりしている様に見える。
特徴的なのは、建物のあちこちに金属が見える事だろうか。
見た事のない様式の建物だ。
「我が家へようこそ。アリス・クレイン」
ライズに案内され屋敷のホールに入ると、歓迎の垂れ幕がかけられてあった。
そこにはようこそと描かれ。
その中央に立つ老夫婦が両手を広げ、笑顔で私を歓迎してくれる。
「ガイザ・ボロワールだ。此処を自分の生家だと思ってくれていいんだよ」
「妻のレイズよ。息子の事、よろしくお願いするわね」
ボロワール男爵夫妻が私に手を差し伸べる。
私が躊躇いがちに手を差し出すと、二人は笑顔で私の手を握って来た。
「アリス・クレインです。この様な体の為、ご迷惑をお掛けする事かと思いますが……どうかよろしくお願いします」
「私達はこれから家族になるんだ。些細な事は気にしなくていい。困った事があったら何でも言ってくれ」
「ええ、そうよ。気兼ねせずなんでも言ってちょうだいね」
「ありが……とうございます」
私は所詮、金で売りつけられた女だ。
だから相手側もいやいやに違いない。
けど、2人の笑顔はとても柔らかく温かい。
ひょっとしたら、この人達は本気で私の事を歓迎してくれているのでは?
そんな思いが胸中を過った。
そんなはずある訳がないのに……
荷物は私用に用意された部屋へと運ばれ、細やかながら私の歓迎会が開かれる。
上の兄弟二人は用事で出かけているらしく、歓迎会には姿を見せなかった。
三男とはいえ、その婚姻相手がやって来るのだ。
にも拘らず、兄弟が2人も顔を出さないのは……結局、歓迎されていないと言う事の表れだろう。
勘違いしてはいけない。
そう心に刻み込み、私のボロワール家での生活は幕を開けた。