第1話 婚約破棄と身売り
私は婚約していた。
相手はベルマン侯爵の子息、ハイアット・ベルマン様だ。
彼は貴族の子息ではトップ5に入るほどの人気者であり、そんな彼と婚約出来て私も鼻が高かった。
入院生活はもう2か月にもなる。
だが1度たりとも、私の前にハイアット様は姿を現してくれてはいない。
理由は単純だ。
――それは火傷。
酷い火傷を負った私の顔の左半分は醜く爛れ、自慢だった美貌も二目と見れぬ顔へと変わっていた。
「申し訳ありませんが、ハイアット様との婚礼は無かった事に」
黒いスーツを着た男性が、ベッドの脇で膝を付く。
彼はベルマン家からの使い。
その内容は、婚約破棄だった。
「わかり……ました……」
私は苦しげに答える。
辛くて胸が締め付けられる思いだ。
だが……仕方がない事だと諦める。
私の火傷は顔だけではない。
全身至る所にその跡が残り、こんな体では、誰も私を娶ったりはしないだろう。
しかも、私の足は飛び降りた際に関節部分が複雑骨折してしまっていて、もう二度と歩く事が出来ないそうだ。
「申し訳ありません」
そう告げると、使いの者は一度たりとも私に目を合わせる事無くその場を去って行った。
きっと今の私が、見るに堪えないのだろう。
「こんな事なら、あの時死んでいればよかった」
あれから何度も思っている事だ。
思うだけではない。
自分の姿を確認した絶望から、私は何度も自殺しようとしている。
だがその度に周りに邪魔され、失敗し続けていた。
「お気を確かに」
若い看護婦が、中身のない励ましを私にかけて来る。
何度も自殺しようとしたため、付いた見張りだ。
お陰で死ぬ事も出来やしない。
「放っておいて!」
そう強く言い放つと、私はシーツを頭までかけて潜り込む。
火傷の熱や痛みはこの2か月でかなり引いてきた。
歩けない事を除けば、もう普通に生活できるレベルまでは回復している。
でもそんな事はまるで意味がない。
早く死にたい。
そう、私は死にたいのだ。
扉がノックされ、足音が入って来るのが聞こえた。
誰だろうと思い、少し顔を出す。
そこには父が立っていた。
「おとう……さま……」
入院中、父が私の前に顔を出す事は今までなかった。
その父が、険しい表情で私のベッドの側に立っていた。
「ハイアット殿との、婚約破棄の話は聞いたな?」
「……はい……」
「正直……今のお前を引き取ろうと言うもの好きは居ない」
お父様は、厳しい言葉を私に投げかける。
やっと様子を見に来たかと思えばこの言葉。
所詮父にとって、私は政略の道具でしかないのだろう。
「だが、一か所だけモノ好きがいてな」
「え?」
「ボロワール男爵家が、お前を受け入れてもいいと言っている。だからお前はそこへ嫁げ」
「そんな!お父様!」
我が家は名門である侯爵家の家柄だ。
それが男爵家の様な低位貴族に輿入れなど、金で私の世話を押し付けた事など明白だった。
明かな身売り。
これ以上の恥辱、私には耐えられない。
「これは決定事項だ。口答えは許さん!」
そう無常に言い放つと、父は病室からさっさと出て行ってしまう。
――私が一体何をしたっていうの?
どうして、こんな仕打ちを受けなければいけないのか?
私は死ぬことも許されず、只々ベッドの中で涙を流す。