第12話 幸福
「え?母上、今なんと?」
アイズが不思議そうな顔で此方を見る。
声が小さかったかしら?
「ですから、王妃様から王女ルイーゼ様との婚約の打診があったと言ったのです」
「……え?」
もう一度言うと、今度は鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔になってしまった。
この子、こんなにユニークな表情をする子だったかしら?
暫く見ないうちにアイズも成長(?)しているのだと、感慨深くなる。
自分の手を離れ。
変わって行く息子を見るのは、嬉しくもあり寂しくもある。
私も随分歳をとった物ね。
そう痛感させられてしまう。
「あ、あの……御冗談ですよね?」
「王妃様はウィットにとんだ方だけど、婚約の打診を冗談で口にされる方では無いわ」
「い、いや。僕はまだ15ですし……婚約とかそういうのは……」
「ふふふ、15なら婚約に問題の無い年齢ですよ。照れなくてもいいのよ。貴方と王女様の関係は、王妃様からちゃんと伺っているから」
家柄。
年齢。
そしてお互いの感情。
これ以上ない良縁と言えるだろう。
息子はまだ子供気分でいたい様だけど、伴侶を得る事で更に一皮むけた成長を得るいい機会だわ。
お互い学生だから、まあ結婚はまだ先の話になるでしょうけど。
婚約するだけでも、心構えは随分違ってくる筈。
「あの……間柄って?」
「まさか王女様と恋仲だったなんて、お母さんに言ってくれればいいのに。水臭いわよ、アイズ」
息子がなんとも言い表せない様な表情で固まる。
どうやらバレたのが相当恥ずかしかった様だ。
それにしても、面白い顔ね。
こんな事なら、家から射影機――ライズの発明品――を持ってくれば良かったかしら。
息子の成長記録を残すチャンスを逃して、少々後悔する。
次からはちゃんと持参するとしよう。
「それじゃあ……これからお父様にこの事を報告しなくっちゃいけないから、私はもう帰るわね」
「え……あ……」
アイズがおろおろする。
ああ、本当にもったいない事をしたわ。
普段は冷静な、息子の可愛らしい姿を収めるチャンスだっていうのに……
「婚約する訳だし、王女様に嫌われない様にちゃんと努力するんですよ」
まあ息子なら大丈夫だとは思うが、一応釘を刺しておく。
別に媚を売る必要は無いが、女性を泣かせる様な真似だけはして欲しくないからね。
兄に簡単に挨拶をすまし。
屋敷の外で待たせてあった馬車に乗り込んで、私は愛する夫の待つボロワール邸への帰途に就いた。
「あの人、きっと驚くわよね」
自慢の息子が、王家からお姫様を頂くのだ。
きっと大喜びするに違いない。
その姿を想像して、ついつい笑みがこぼれてしまう。
ふと、小さくなっていく屋敷が目に入る。
一度焼け落ちた為生家ではないが、その外観は完全に再現されて修復されていた。
――あの火事の日から、約20年。
一時は、絶望に暮れる日々だった。
でも私は愛する夫と出会い、救われた。
今や侯爵夫人として、王妃の覚え目出度い立場にいるのも全ては彼のお陰である。
更に息子と王女様の婚約。
正に、人生順風満帆といっていい。
「幸せ過ぎて怖いわね」
馬車の窓から覗く空は青く。
何処までも澄んでいた。
かつては死にたいと思って向かったこの道を、今は幸福いっぱいな気持ちで馬車に揺られている。
人生とは不思議なものだ。
よし!
帰ったら久しぶりに、ライズにうんと甘えよう。
無性にそんな気分になってきた。
あの子ももう一人前だ。
もう一人位いてもいいかもしれない。
次は女の子が良いわね。
そんな事を馬車に揺られながら妄想しつつ、私は自らの幸福を噛み締めるのだった。
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