第10話 難しい年頃
「御機嫌斜めだな。アイズ・ボロワール侯爵家長男殿」
無神経な言葉にイラっときて、その言葉の主を睨み付ける。
彼の名はアラード・クレイン。
クレイン侯爵家の跡取り息子で、俺の従兄だ。
「悪い悪い。そう怒るなよ。それだけお前の親父さんが優秀だと言う証だろ。息子として堂々と胸を張ればいいさ」
彼はお道化た様に手を上げる。
「ふん」
父が立派だとか、そんな物はどうでもいい。
俺は立派な息子だと、母上に胸を張って欲しいのだ。
寧ろそう考えると、比較対象となるであろう父は無能なぐらいが丁度よかった。
しかし悔しい事に、父は優秀だ。
特に、他の人間には持ちえない魔法と錬金術のお陰で領地は絶賛繁栄中である。
父曰く、転生チートだそうだ。
俺もその力を父から引き継いではいるが、まだまだあの人には遠く及ばない。
口惜しい話だ。
「まあそんな事より、今夜のパーティーにはお前も参加するんだろ?」
「お前は俺を不快にさせる為だけに生まれて来たのか?」
次から次へと嫌な事を口にしやがる。
アラードが口にしたのは、貴族学院主催のパーティーの事だ。
家の事は忘れ、学生同士交流を深めると言う名目ではあるが、勿論そんな訳はない。
貴族しかいないのだ。
間違いなくそれは、将来を見越しての社交界になるのは目に見えていた。
まあそれ自体は別にいい。
問題は――
「でも、行くんだろ?」
「ああ、当然だろ……」
今回のそれは、事実上王女の歓迎パーティーだった。
普段なら面倒くさいと断るところだが、王女の為のパーティーに出席しないのは流石に不味い。
いくら懇意にして貰っているとはいえ、王家の威光の前には、新興の侯爵家など震える子犬に等しいのだから。
よって、実質強制参加だ。
「嫌そうにすんなよ。王女様のハートを射止めるチャンスだぜ?」
「そんなチャンスはいらん」
「なんでさ?顔はいいだろ?しかも王家の血筋迄ついて来る。こんな最高の物件、早々転がっちゃいないぜ?」
王女様を物件扱いとか。
人に聞かれたら笑い話ですまない事を、アラードは堂々と口にする。
ほんといい度胸してるわ、こいつ。
「遠慮しとくよ。お前ひとりで頑張ってくれ」
正直、王女の事はあまり好きではなかった。
顔は確かに可愛い。
綺麗所の多い貴族の子女の中でも、ダントツと言っていいだろう。
だが性格に難があった。
顔を合わせる度に俺を貶すような女など、お断りである。
その点母上は素晴らしい。
いつも笑顔で、決して人の悪口など口にはしない。
聖母とは、正に母の為にある様な言葉だ。
「俺は無理だなぁ。俺が王女とくっついちまったら、ファンの子達が泣き崩れちまうよ」
「ヘイヘイ」
アラードはかなりモテる。
勿論侯爵家という家柄も影響しているとは思うが、それ抜きでもかなりモテる方だ。
顔の出来がよく。
背も高くって、運動神経も抜群。
成績も俺程ではないにしろ上位に食い込むレベルであり、その上外面もいいとくればモテない訳がない。
「それに、お前に夢中の王女様に横恋慕するのもあれだしな」
「またその話かよ、馬鹿馬鹿しい」
アラードは事ある毎に、王女が俺に気があると言って来る。
本当にそうなら、毎度毎度顔を合わせる度にああも厭味ったらしい物言いはして来ないだろう。
毎回人の名前を呼ぶ前に、成り上がり伯爵家――昇格したので。これからは成り上がり侯爵か――とつけて来る徹底ぶり。
喧嘩を売ってるとしか思えない。
「まあ難しい年ごろなんだよ。優しくしてやれよ」
「何が難しい年ごろだよ。俺とお前の一つ下じゃないか。アラードは兎も角、去年の俺はもっとしっかりしてたぞ」
王族なのだから、もっとしっかりして欲しいものだ。
もし俺が陛下なら、もっと自分の子供は厳しく躾けるんだがな。
どうやら、陛下は娘には相当甘いらしい。
「マザコンが言ってもねぇ」
「マザコンの何が悪い!それだけ母上は素晴らしい方なのだ!」
世間ではまるでマザコンが駄目な様に言われるが、そんな事はない。
素晴らしい母親を慕う事を、恥じる必要などないのだ。
神に産み落とされた人類が、産みの親である神を慕うのと同じ様な物である。
「へいへい。まあちゃんと王女様の機嫌は取っとけよ。陛下は娘に激甘らしいからな。家の為だと割り切っとけ」
「分かってるよ」
ああ、憂鬱だ。
取り敢えず適当に挨拶をしたら、とっとと退散するとしよう。
流石の王女も、パーティーでウザ絡みはして来ないはず……
そう願うばかりだ。