第9話 マザコン疑惑
「義弟君には、ついに並ばれてしまったな」
久しぶりに会った兄が朗らかに笑う。
父は数年前に亡くなり、クレイン侯爵家は兄がその後を継いでいた。
「しかしお前は本当に変わらないな」
顎に手をやり、兄が私を繁々と眺める。
兄だけではなく、よく周りからも凄く若いと言われていた。
勿論社交辞令も多少は入っているだろうけど、自分でも鏡を見てそう思う程度には若々しい積もりだ。
これも全て、旦那の作ってくれる特製スペシャルドリンクのお陰だろう。
「そういうお兄様は、老けましたね」
私より7つ上の兄は、今年で43になる。
一般的な43に比べれば全然若々しいものだが、やはり43にもなると、年相応の歴史と言う物が肌に出てきてしまう物だ。
多少老けたと感じるのも致し方ない。
「まあな。まあ他の人間に言われたら只じゃ済ませないところだが、その姿のお前に言われたんじゃ黙るしかないな」
「冗談ですよ。お兄様もまだまだお若くあられますよ」
他愛ない雑談を交わしていると、扉がノックされる。
兄が返事を返すと扉が開き、二人の青年が姿を現した。
「母上!お元気でしたか!」
息子が私に駆け寄り、元気よく私の手を握ってきた。
父親譲りの真っ赤な髪と目で微笑む姿は、夫に瓜二つである。
「これ、伯父様への挨拶が先でしょう?」
久しぶりに会えて嬉しいのは分かるが、ここは兄の家だ。
まずは家長である兄へ挨拶するのが筋である。
そう思い、私は息子を諫めた。
「あ、すいません。伯父上只今戻りました」
「ははは、父上等後回しで十分ですよ。叔母様、お久しぶりです。相変わらずお変わりなくお美しい」
「あら、ありがとう。アラード、貴方も一段と凛凛しくなったわね」
兄の息子であるアラードが、仰々しく私にお辞儀する。
そんな彼を見て、兄はしかめっ面を見せた。
兄は実直な人物だが、その息子は少し軽い。
それが目下悩みの種の様だった。
「聞きましたよ叔母様。ライズ卿が今度、侯爵位を賜るとか。おめでとうございます」
「ありがとう。アラード」
まだ内示されただけで正式には発表されてはいないのだが、どうやらもう皆の耳に届いている様だ。
「アイズ?どうかしたの?」
「なんでもありません」
息子は何故か、少しむくれた様な表情をしていた。
何か気に障る事でもあったのかしら?
「ははは、アイズは自分の手腕で将来侯爵になる積もりだったみたいですよ。それがライズ卿があっさり爵位を手にしてしまったから、目標が潰れてしまってむくれているんです」
侯爵位は事実上、最上位に当たる。
一応更に上に当たる公爵位も存在するが、此方は王の血縁に与えられる特殊な爵位で、努力や貢献でどうにか出来る物では無かった。
「別に、そんな事は気にしていない」
その口調は、言葉とは真逆を示している。
もう今年で15になると言うのに、しょうがない子だ。
私は軽く肩を竦め、話題を変える。
「そんな事より、学院での話を聞かせてくれるかしら」
息子は王都にある貴族学院に通う為、今は兄の屋敷に住まわせて貰っていた。
今日ここに来たのも、そんな息子の顔を見る為だ。
「勿論です!伯父上、母と積もる話があるのでこれで失礼します」
そう言うと私の手を掴み、アイズは有無を言わさず引っ張って行こうとする。
本当に困った子だわ。
「はぁ……お兄様、失礼致します」
「ああ、親子水入らずゆっくりするといい」
男の子は15にもなると、母親を煩わしがる様になると聞く。
だけど、うちの息子にはそんな様子は全く見られない。
まさか、マザコンじゃないでしょうね?
息子の将来に少し不安を覚えつつ。
私は我が子に引っ張られていく。